第6話 駆り立てられる想い

ㅤㅤㅤㅤㅤ―― Side なつ ――



――わたしの呼びかけで、自分の部屋から出てきたこう


 会いたかった。


思わず口について出てしまいそうになった。


リビングに着たこうは「寝てた」と言って、わたしが座ってる三人掛けのソファーの横が空いているにも関わらず、距離のある一人掛けのソファーに座った。


今迄はすぐ隣に座ったはずなのに、

意図的にでないと離れて座ったりはしないだろう。

心の距離。


自分が思った以上にショックを受けた事に気付いた。


少し涙が残る赤い目が何を物語っているのか。


こうが遠い。



ほんの少し朱が走る頬と汗ばんだ首筋は非情に蠱惑こわく的だった。

思わず生唾を飲む。


感傷している気持ちとは裏腹に、本能は素直だな。



久しぶりにこうと話した。

避けられてはいたけど、案外普通に話してくれる。

実はそれ程わたしのことを想ってなかったんじゃないかと思わなくもないけど、さっきのドアの向こうで泣いていたのは気のせいじゃないと思う。



ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ≫≫≫≫≫≫



「彼氏とキスした」


わたしはこうにそう告げた。

こうに反応が見たかった。


「え」


こうは驚い後複雑な表情をした。

それからしばらく話し込んだ。




「――相手の気持ちも大切だとは思うけど、何より自分の気持ちが一番大事だと思う」

「自分の気持ち・・・・・・か」


わたしの気持ち・・・・・・。


こうとの問答の結果は、『好きになったら触れたりしたくなる』『好きでなかったらそうならない』というものだった。

でもこう曰く『必ずしも、好きでもそうならない』というもの。

わたしの場合、彼氏に対してそうはならない。

それは性欲がないか極端に少ないということか。

では『好きでもそうならない』という場合に当てはまるのか?

それは “NO” だ。

なぜなら、わたしはその感情を既に抱いている、こうに対して。



今目の前にいるこうに触れたい、キスをしたいと思いうのは、友人、親友への感情を超えてる。

 “そうなる” 相手がいる以上『好きでもそうならない』には当てはまらないと思う。

じゃあ、 “そうなる” のはなぜか?


 ならばわたしは――




「・・・・・・その、こんな時にあれだけど、今更だけど、ごめんなさい」


重大な結論を出しかけたわたしに、突然こうから、ずっと言えなかった、と謝られた。

何を謝られてるのか解らない。

わたしは困惑の色を浮かべてこうを見返すしか出来なかった。


まさか例の男子のことだろうか。

付き合う事にしたとか。

わたしは、今までだってこうのやりたい事には反対した事はなかったし、我儘も全部許容してきた、って言っても滅多に我儘言われたことないけど。

何かする時はこうに一番に聞いて、こうの意見を優先していた気がする。

今思えばすごく激甘だなわたしって。

だけど、こればかりは許容出来ない。


生半可な気持ちの奴にこうを渡したくない。

わたし以上こうを想ってくれる奴でないと。

いや、そんな奴はいない。

わたし以上の奴なんているはずがない。

ここに来て他の奴にこうを取られるなんて・・・・・・。


何より自分の気持ちが一番大事だとこうは言った。

なのにこう自身が自分の気持ちを一番大事にしていないじゃないか。

それならわたしは、こうの気持ちを一番大事にしたい、それがわたし自分の気持ちだ。

わたしはこうが言った通り “自分わたしの気持ち” を一番大事にする。

異論は認めません。




・・・・・・しばらく待ったけど、こうは話し出さない。

わたしの出方を待ってるみたいだ。


何についての謝罪か聞こう。


「あー、何の事?」


まずい、怒ってるみたいに言っちゃった。

そりゃ例の男子のこと考えたらイラつきもするけど、なるべく棘がないように話さないと。


「いや、あの・・・・・・、無理矢理付き合わせた事。恋人にって」

「?? それってわたしは承諾したよね?」

「そうだけど、・・・・・・なつは私の事気遣って付き合ってくれたんでしょ? その後もずっと、私に付き合わせて、キスまでしちゃった」

「キスだってこうはいつもしていいか聞いてきたよね? わたしもその都度了承してたと思うけど」

「う、うん。そうだけど、なつもファーストキスだったでしょ? 私だけ好きでもなつはそうで無かった。そういうの不誠実だと思い至ったんだ。ズルいよね、私って。」


今更だけど、とこうは眉根を寄せて自嘲めいた。

先に訪ねて考えさせてくれるだけずっといいのに。

わたしがもし拒めばこうはしなかっただろう、それ位の信頼はわたしにもこうにある。


「一応、ちゃんと考えたんだけど? キスしていいか、いやあの場合、されていいか、だけど。それでこうならいいって思ったんだ」

「それも含めて、結局私はそういうなつの優しさにつけ込んだんだよ」


つけ込んだようには思えない。


こういうと恥ずかしいけど、ただ純粋に求められてただけだと思う。

そしてわたしも嫌だと思わなかったからそれを受け入れた訳で。

こうならわたしが嫌がることはしない。

ただ、何が嫌か聞かないと自信が無かったから事前に確認をとってたんだと思う。

わたしはこうと付き合ってた時『嫌だけど、こうならいっか』と譲歩したことはない。


結局わたしの、件の悩みの行きつく先はそこなのだろう。


わたしはこうにキスをされたり触れられる事が嫌じゃなかった。

彼氏にされたキスは不快でしかなかったのに。


「一方的に気持ちを押し付けて、そのくせなつの事見てなかった」


わたし自身、自分の事が解ってなかった、自分の事見てなかった。


「散々振り回して、勝手に終わらせて、一杯我儘に付き合わせて、ごめんなさい」

「それは全部わたしも了承したから良いんだよ。それにこうはいつも優しかったしわたしを気遣ってくれてた。謝る必要なんてない」

「でも私と付き合う前から彼氏さんの事好きだったんでしょ? もっとなつの事考えるべきだった。私は不誠実だった」


え?

わたしが彼氏の事好きだった?

こうと付き合う前から?

どうして?

ちょっと気になってただけだし、そんな話しした事もないのに。

いや仮に私が他に好きな男子がいる事知ってたらこうの事だから私に告白なんてしなかったと思う。


「だからごめんなさい」


こうが頭を下げた。

そんな事して欲しい訳じゃないのに。

っていうか話しが見えない。

何処からわたしが前から彼氏を好きだった事になったんだ。


「わたし、彼氏を好きだって言ったっけ?」

「ううん。聞いてない」

「ならなんで?」

「・・・・・・なつがよく彼を見てたから」


顔を下げたまま答えるこう

――わたしはそんなに彼を見てただろうか?

こうと付き合いだしてからは、彼が気になる事もなかった。

ん?

待てよ?

確か、自分の気持ちが解らなくて、彼が未だに気になるだろうかとチラチラと見た事がある。

それの事を言っているのだろうか。

いやきっとそうだろう。

それなら勘違いをさせたのはわたしだ。

付き合っているのに、彼女の目の前で他の人を何度も見る方が不誠実だ。

謝るのはわたしの方――


「――わたしが他に好きな人がいるから身を引いたの?」

「あ、う、いや・・・・・・。やっぱりそういうのは良くないと思って」

こうのが優しいじゃん」

「違うよ、私のはただのエゴ。自己満足でしかないよ」


こうは少し顔を上げたがまだ俯いている。


「それ言い出したらきりがないよ。わたしは嫌じゃなかった。それが全てじゃない?」

「でも他に好きな人が」

「違うよ」


こうが漸く顔を上げた。

 

 わたしが誰を想っているかを伝えないと。




「ねえこう――」

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