54話「窮地」


 アレンたち四人で連携を取ったことで、二体のうち一体は既に討伐していた。

 四人の状態が通常のままであれば今も二体に挟まれて苦戦していたであろう。

 迅速にGランクもの敵を討伐出来た理由は単純―――四人が一斉にもの凄く強くなったからだ。

 「限定進化」――いくつもの修羅場を潜り抜けて経験を積んだ魔族に発現される大幅な強化。人によっては能力値が通常より十倍以上も上昇すると言われているものだ。


 「凄い、ルマンドもみんなも、いつの間に“限定進化”を!」

 「ふふっ。アレンと並んで戦いたいって気持ちと、アレンが言う里の復興に協力したいって気持ちで、私も…いえ、みんなもこうして高みへ上ったわ。アレン、私たちみんなでもっと強くなるわよ!里を滅ぼしたあのモンストールを殺すくらいに!!」

 「…!うん、なろう強く。みんなで!!」


 センの言葉にアレンは体の奥底からさらに力が湧くのを感じた。仲間が傍にいることの心強さ。今なら目の前にいる敵も容易に屠れると、自信が勝手についてくる。


 (みんなとこうして足並みが揃えば、こんな奴は敵じゃない!)


 “雷鎧エレク・アーマ


 全身に雷でできた鎧を纏って跳躍する。空中で構えを取る。それに気づいたモンストールはアレンに狙いを定めて「魔力光線」を撃とうとする。

 

 「アレンの邪魔はさせない!」

 「ちょっと幻を見ててね!」

 

 そのモンストールを阻むべくセンとガーデルが立ちはだかって同時に何かの攻撃を発動した。

 その直後、アレンに狙いを定めていたモンストールが突如方向を変えて、でたらめに光線を撃った。さらにまた別の方を見て光線を撃ったり魔爪を振るって空振りするなど、奇怪な行動をするようになった。


 「アレンさんたちとは全く別の方へ攻撃を?」


 その様子を不審に見ているクィンの疑問に答えるようにルマンドが解説する。


 「あの姉妹の種は“堕鬼インプ”。幻術という敵を惑わせる魔法を得意としているわ。知能が低い魔物やモンストールには効果が絶大なの。武術が得意な二人だけど、それと同じあるいはそれ以上に幻術も得意なの」


 モンストールは地面に向かって乱暴に攻撃を続けている。「幻術」にはレベルがあり、最大レベルが5とされている。センのレベルが3でガーデルが2となっている。現在の彼女たち一人ずつでの幻術では、このモンストールを幻術に嵌めるのは困難だったが、二人の幻術を掛け合わせたことでレベル5相当の幻術の発動を可能にした。


 (ありがとう二人とも……!!)


 隙だらけとなったモンストールに狙いを定めたアレンは、急降下して渾身の蹴りをぶつけた。


 “雷光矢エレク・アロー


 光の矢を思わせるアレンの蹴り技がモンストールの脳天に突き刺さる。モンストールは頭を勢いよく地面に陥没させた。


 「まだ、仕留めてない!」


 着地したアレンはすぐに追撃にかかる。雷が纏った拳を構えながら駆けて、飛び上がって拳を撃つ姿勢に入る。


 「俺も行く!!」


 その隣には両手に魔力をこめて魔法を撃つ姿勢に入っているギルスがいたアレンが拳を放つタイミングに合わせて魔法を放った。


 “雷槌らいづち

 “厄水やくすい


 アレンが力を溜めた雷の拳を振り下ろし、ギルスが闇属性と水属性の複合魔法を放った。

 二人の攻撃が放たれる寸前で態勢を整えたモンストールは、アレンの拳に牙を、ギルスの魔法に巨大な氷の結晶を撃って対応した。

 攻撃を相殺された二人は後ずさる。モンストールの猛攻を躱しながら反撃するも決定打に欠ける。


 「私たちもいるから!!」


 センとガーデルが再び「幻術」を発動するが、今度は早く破られた。二度目以降だと破られやすいのだ。


 「だったらさっきみたいに全員で殴って蹴りまくるわよ!ギルス、魔法でサポートお願い!」

 「ああ!」


 モンストールを四人で囲って猛攻を仕掛ける。


 「私も加勢します!」

 「まだ“神通力”は使える、一気に倒しましょう」


 クィンとルマンドも加わり、総力を以て青い鬣ライオン型モンストールを攻める。

 巨大な前足の一撃を二人がかりで弾いて相殺して、口腔から放たれる魔法や光線はルマンドとギルスが対応する。

 アレンとクィンが主だって攻撃を仕掛けるがモンストールも躱したり防いだりと防御してくる。

 攻防ともに優れているこの個体に全員苦戦したが、ようやく決着の時が来た。


 “神通力”


 「ギャアアアゥウウウウウ!!」

 「ハァ、ハァ……持って三秒ってところ!決めて!!」

 「十分!止め刺す!!」


 ルマンドが力を振り絞った「神通力」でモンストールの全身を拘束させる。そこにアレンたちが一斉に全力の攻撃を放った。

 

 “弩撃どげき

 “魔法剣まほうけん

 ““鬼拳突きけんとつ””

 “黒炎砲こくえんほう


 アレンが大弓を思わせる拳の一撃を、クィンが嵐属性の魔法を纏った剣撃を、センとガーデルが同じ拳闘技を、そしてギルスが闇色の炎の砲撃をモンストールに全てぶつける。

 断末魔を思わせる絶叫を響かせた後、青い鬣ライオン型モンストールは灰となって消えた。


 「これで、私たち側のモンストールは全て倒した…!」


 アレンはやや疲弊しながら勝利を口に出す。センとガーデルは互いに手を叩いて労い合う。


 「ですが……この村にはまだ四体ものモンストールがいます。他の冒険者や兵士の方々に任せていますが、心配です。すぐに他の場所へ…!」

 「そうだね…。進化はもう維持出来ないから解くけど、出来る限り戦う」


 「限定進化」を解除したアレンたちは、携帯していた治療セットで傷を応急処置程度で治し、竜人族からもらった体力と魔力を少々回復させる丸薬を飲んで体力を少しでも戻す。

 全員足並みを揃えて分断されている他のモンストールの群れへ移動する。


 「………!これは……っ」 


 アレンたちが見た光景は、凄惨なものであった。


 「このままでは冒険者さんたちが全滅してしまう…!」


 分断されている二つの戦いはともに人族側が窮地に立たされている。それぞれの群れを担当している冒険者たちの数はどれも半分を切っている。よく見ると村の駐屯兵として滞在していたドラグニアの兵士たちは一人もいなかった。


 「とにかく、私たちも二手に分かれて加勢しましょう!」


 クィンの言葉に従って、アレン・クィン・セン、ルマンド・ガーデル・ギルスとで分かれて再び戦場へ駆けていった。


 「加勢に来ました!まだ諦めないで下さい!」


 クィンたちが来たことに冒険者たちは歓喜するも、状況の悪さが変わらないことを自覚して苦しそうな顔を見せる。


 「すまない……俺たちが連携を取れなかったせいでこのざまだ」

 「人のせいにするのはどうかと思うんだが言わずにはいられない…………あの駐屯兵どもが勝手な行動を取ったせいで連携が破綻したんだ!」

 

 どうやらドラグニア兵たちが手柄を占領しようと暴走して、冒険者たちとロクに協力もしないで勝手を振舞ったようだ。結果彼らはモンストールに返り討ちに遭い全滅した。


 「兵士だから冒険者より上の立場なんだって思う兵士はいるって聞いてたが、この村にいたあいつらはその思想が特に酷かった。俺たちの言葉を全く聞き入れない馬鹿どもだった

 ってそんなことはもうどうでもいいな。俺たちも限界が近い……早いとこ奴らを討伐するぞ!!」


 この場を取り仕切っている男冒険者に同意して、アレンたちは二体のモンストールと戦い始める。

 先程の四体ものモンストールの群れとの戦いの疲労とダメージが残っているアレンとセンは「限定進化」を発動出来ないでいる。クィンも「魔法剣」の威力が落ちている。

 ライオン型モンストールたちに挟まれながらの戦いが続き、徐々に追い詰められていく。 

 

 「ぐぉ……!すまない、これ以上前へは…………っ」

 「ぐっ……!」


 一人また一人と味方の冒険者たちが倒れていく。アレンたちはさらに窮地に立たされる。

 ルマンドたちも同様で、かなり追い詰められている。


 「っ!クィン!!」


 赤い鬣ライオン型モンストールとの打ち合いに敗れて体勢を完全に崩してしまったクィンのところへ、後ろにいた紫のライオン型モンストールが牙を立てて追撃しにかかった。

 牙がクィンを襲う寸前、アレンが身を挺してクィンをモンストールの攻撃範囲から逃がした。しかしアレンはその攻撃を避け切ることが出来ず、モンストールの牙がアレンの右脚に刺さった。


 「あぐ…………っ」

 「ア、アレンさん!!」


 刺さった牙から黒い魔力が溢れてくる。闇属性が付与されているようだ。闇属性は体力と魔力を削る特性がある。

 その牙をくらったアレンは、力が抜けていくのを感じてしまう。


 「く……起き、上がれないっ」


 深刻なダメージを負ったアレンはすぐに起き上がれないでいる。その彼女に紫ライオン型モンストールは大口を開けてそこに魔力を集中させる。


 「まずいわ………“幻術”」


 センがアレンの前に立ちはだかり、モンストールに「幻術」をかける。しかし嵌められたのはほんの数秒で、すぐに彼女たちに照準を定める。


 「くっ、魔力が弱いせいで全くかかってくれない…!」


 疲弊して地面に手をつくセンは忌々し気にモンストールたちを睨みつける。アレンはふらふらになりながらも立ち上がる。戦意はあるもののかなり重傷だ。闇属性による体力の大幅減少が痛い。


 「く……“魔法剣”でどうにかっ」


 「魔力光線」を撃とうとしているモンストールの前にクィンが「魔法剣」を構える。


 (私を庇ってくれたアレンさんに代わって私がこの攻撃を凌がないと…!)


 自分にそう言い聞かせるが、今の自分の力量ではあの攻撃を凌ぐのは絶望的だということは明らか。


 「こんな、理不尽に…私は負けたくありません……!モンストール無き世界にする為に、ここで負けるわけには………っ」


 剣に紅蓮の炎を纏わせてモンストールと同じくらいの炎の剣を顕現させる。全ての力を出し切って挑むつもりだ。

 モンストールは闇色の「魔力光線」を放つ。徐々に向かってくる光線にクィンは涙を浮かべながら剣を振るう。

 拮抗したのは5秒程か、クィンの炎の剣がかき消される。

 数秒後には全員光線に焼かれて消される、そんな悲惨な想像をしたその時、


 背後からさらに極太い光った「魔力光線」が、闇色の「魔力光線」を一瞬でかき消して、紫ライオン型モンストールをも消し去った。


 「こ、れは……」


 呆然とするクィンたち。アレンだけがどうにか後ろを振り返り、そして安堵した笑みを浮かべた。


 「コ、ウガ…!」

 

 



 脚を大怪我してふらふらになりながらも俺を見て嬉しそうに笑うアレンに、俺はしっかり応えた。


 「お待たせ」

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