間話「サイド:ラインハルツ王国」


 皇雅たちがサラマンドラ王国での滞在を始めた日から十日程前。


 この世界の最南端に位置するデルス大陸。空上から見るとΔデルタの形に見えるこの大陸に位置する人族の大国「ラインハルツ王国」には、ドラグニア王国が召喚した日本という国の男女で結成された対モンストール組織、救世団のメンバーが五人派遣されている。

 

 「見渡す限り海だね、ここは」

 

 セミショートの茶髪の女子、曽根美紀そねみきは大型船から降りるなり伸びをしながら景色を見回している。職業は盾戦士。


 「ドラグニア王国よりも暑いね。沖縄みたい」


 セミロング黒髪の小柄な女子、米田小夜よねださやは暑さのあまりに上着を脱ぐ。額にはうっすら汗をかいていた。職業は呪術師。


 「今日からこの大陸や海にいるモンストールを定期的に討伐するのが、俺たちの当面の任務だったよな。選ばれた俺たちが!」


 茶色の短髪男子、堂丸勇也どうまるゆうやはやる気満々といった様子で船から降りる。職業はガンシューター。


 「テンション高いわねー。私は今日は休みたいなー。船で少し酔ったかも」


 堂丸とは正反対のテンションで船から降りたのは、黒髪ロングの眼鏡少女、中西晴美なかにしはるみ。職業はプリースト。


 「では皆さん、まずはラインハルツ王国の王宮までご案内致しますので、私についてきて下さい」

 「よろしくお願いします。みんなも観光とかは国王様への謁見の後にしようね」


 そして案内人の指示を聞いて四人をまとめようとするセミショートの黒髪少女は、高園縁佳たかぞのよりか。狙撃手だ。


 ドラグニアの国王であるカドゥラによる短~中期の滞在任務を任命された縁佳たちは、この日から南の大国ラインハルツ王国に滞在することになった。

 数日前までは縁佳はこの任務には不服の意を示していたが、今は何とか割り切られるようになった。

 今の自分の力では皇雅を救いには行けないと認めてしまった以上、いつまでも引きずるわけにはいかないと決意した縁佳は、堂丸程ではないがこれからの任務にやる気を出すのだった。


 案内人の手引きでラインハルツ王国に入国する。海に近い国だからか、町には魚介関連の市場があちこちにある。道ゆく人々は皆半袖半パン(ミニスカート)といった格好だ。この国は年中気温が高い地域であるため、外にいる人々は基本こういった格好でいる。

 縁佳たちを見る人々は皆好奇の視線を向けてくる。縁佳たちが救世団のメンバーだということが前もって知らされているからだ。国民たちはそれなりに彼女たちに期待しているようだった。

 案内人に連れられて王宮に入った縁佳たちは、国王に謁見する。


 「遠路はるばるよく来てくれた。私はこの国の王、フミル・ラインハルツだ」


 灰色の髪のやや低身長の中年男の見た目をしているフミル王は簡単な自己紹介を済ます。


 「その若さで災害レベルのモンストールを討伐し得る実力を持つ君たちが来てくれたこと、非常にありがたく思っている。君たち救世団と我が国の兵士団が合わされば、今後はさらに我が国の戦力向上が―――」


 「まだ不足しているな……」


 フミル王が目を輝かせながら縁佳たちを称えて国が安全になるだろうと嬉々として騒いでいるところに、冷や水をかけるような一言が割って入った。

 全員声がする方に顔を向けるとそこには袴姿の兵装をしている黒髪の男がいた。顔年齢は40後半はあろうかという相貌で腰に剣……と言うには少々変わった形をした武器を二本差している。


 (あれって袴…?それに腰に差している武器、あれは剣じゃなくて…“刀”?)


 兵士の姿を見た縁佳が彼の普通の兵士とは違った見た目を不思議に見ていると、フミル王が「ラインハート兵士団長…」と呟くのを聞いた。


 「能力値は普通の兵士や戦士と比べて高いな。固有技能もまあ優れたものを持ってるそうだな。

 が、それだけって感じだな。力があるだけで経験がまだ全然足りてないってところか。今のお前らじゃまだ頼りにはできないな」


 つかつかと歩いて縁佳たち一人一人を鑑定するように見やってそう評価する。その言葉に悪意はなく、ただ真実を淡々と告げるものだった。


 「お、おいっ!彼らに向かっていきなり何を言ってるんだ!?」


 フミル王がラインハートを諫める。が、そんな王にフンと鼻を鳴らすだけだった。


 「あんたはもう少し人を見る目を鍛えるべきだな。こいつらの目を見れば分かる。まだ戦士の目じゃねーよ全員」


 ラインハートの王に対する言葉遣いはかなりフランクで敬いに欠けているものだった。しかし彼の言動をフミル王は咎めることはしなかった。同席している王族たちも同様だった。その奇妙な様子に縁佳は困惑した。


 「俺たちの力を疑っているって言うのかよ、そこの兵士さんよ?」


 堂丸が不愉快そうな顔をしてラインハートにつっかかる。曽根や中西も彼と同様の表情をしていた。三人とも自分は選ばれたと自負しているゆえに、ラインハートの発言に気に障らずにはいられなかった。

 ほら言わんこっちゃない…と小声でぼやくフミル王の傍に立ったラインハートはああと肯定する。


 「はっきりいってお前ら程度じゃあ、俺と同じくらいの働きは全然見込めないな。良くてGランクのモンストールをを二体程度ってところか。それじゃあダメだな」

 「言ってくれるじゃないですか…!だったら試してやろうか?俺たちが役不足かどうかってことを…!」


 堂丸が怒り混じった声でラインハートに対し喧嘩をふっかける。


 「堂丸君!気持ちは分かるけど今は謁見中だから、抑えて!」

 「高園……。けどよぉ、あんなこと言われて黙ってるわけには…!」


 不穏な空気を察した縁佳が慌てて堂丸を諫める。米田はあわあわとした様子で二人とラインハートを交互に見ている。


 「ふむ、言われっぱなしじゃ男としては引けないよな?丁度いい、これから模擬戦をやってみるか。俺も実際の力を知っておきたいしな。異世界から来たお前らの実力を」


 ラインハートは不敵な笑みを浮かべてそんな提案をする。


 「フミル王、あんたも興味があるんじゃねーか?彼らがどんなものか。うちの部下たちも気になっているそうだったしな」

 「む、う……」


 フミル王は少しどもって、やがて溜息をついてから首を縦に振った。


 「分かった。互いに合意の上でなら模擬戦を許可する。ただしあまりやり過ぎないでくれ。これから仲間となる彼らなのだからな」

 「承知。で、どうする少年たち?やるか?」

 「ったりめーだ。俺たちが強いってことを分からせる絶好の機会だ!」


 そして急遽、救世団とラインハートによる模擬戦が行われた。


 結果は……




 「はぁ、はぁ……嘘だろ?」

 「つ、強い……!」


 兵士団が使っている道場にて、縁佳と堂丸は汗だくで体の所々に傷がつけられた状態で床に倒れ伏していた。二対一という構図での模擬戦ということで縁佳も参戦したのだが、結果は二人の惨敗だった。


 「堂丸はともかく、縁佳までもが赤子のようにあしらわれるなんて……っ」

 「すごい力…そしてすごく速い……」


 観戦していた曽根と米田はラインハートの実力に驚愕していた。


 「ま、やっぱりこんなもんだったか。これは俺が直々にみっちり鍛え直す必要があるな」

 

 床に倒れている堂丸のもとへしゃがみ込んだラインハートはにやりと笑った。


 「討伐任務はしばらく後だ。五日程お前たちを鍛えてやる。甘くするつもりはないから覚悟しろよ」

 「ひっ……っ」


 ラインハートの威圧に堂丸は畏怖した。縁佳たちも同様に顔を引きつらせた。


 「よ、よろしくお願いします……」

 「ああ。ようこそ、ラインハルツ王国へ」


 こうして縁佳たちはラインハルツ王国での滞在任務を始めたのだった。




 「ここの兵士団のレベルめちゃくちゃ高いな。やっぱりみんなもラインハートさんのしごきを受けたからかな……」


 任務が始まってから三日後。縁佳たちは今日もラインハートによる鍛錬でヘトヘトになっていた。


 「ドラグニアの兵士たちよりもかなり強いよね。精度が違うっていうか。私、二日前までは普通の兵士にも苦戦しちゃった」


 曽根がやや苦い顔つきでラインハルツの兵士団について話す。彼女たちが本格的な鍛錬を始めて約1週間程でドラグニアの兵士団の誰よりも強くなったのに対し、ラインハルツの兵士団には普通の兵士たちには勝るものの、副兵士団長以上のクラスにはまだ勝ち星をつけられずにいた。


 「この国の兵士たちは凄くレベルが高いね。大国でいちばん兵力が強い国だってミーシャ様から聞いたことあったけど、本当だったんだね」

 「そりゃ当然よ。みんなラインハートにみっちり鍛えられて育ったのだから」

 「あ……マリスさん」


 いつの間にか縁佳の隣に青みがかった黒のセミロングヘアの女兵士がいた。

 彼女は副兵士団長のマリス。高身長でスラッとした体型に四人の少女たちは憧れを抱いている。

 そのマリスの首部分には、人族にはあるはずのない“エラ”がついている。さらに腹周りには鱗があり、背中には背びれがついている。

 そう、マリスは人族ではない。彼女は約五年前にモンストールによって絶滅してしまった「海棲族」の生き残りである。モンストールから逃げ延びて瀕死のところをラインハートに救われてラインハルツ王国の兵士団に入った。誰よりも多くモンストールを討伐した実績を認められて、入団してから1年で副兵士団長に任命された……と、他の兵士から聞いている。


 「仲間たちも私も……モンストールを殲滅することを常に考えて今を生きてきている。みんな、覚悟が他の国の兵士たちと比べて強くて重い。ラインハートによる育成も強さの秘訣だけど、いちばんは気持ちってところね」

 「覚悟……」


 縁佳たちはマリスの言葉に考えさせられる。兵士たちと比べて自分たちはどうか?学生気分は抜けられているか?戦士としての自覚はあるか?

 縁佳は特にそのことを考えさせられた。最近までの彼女が強くなろうとしていた理由は、地底へ消えてしまった皇雅を救いに行くということがいちばんだった。

 もちろんモンストールと戦って殲滅して国や世界を平和にさせるという理念もあったが、その気持ちは果たしてマリスたちと比べてどうであるか。今の縁佳には彼女たち程の覚悟はある自信がない状態だ。


 (それでも私は……)


 縁佳はマリスをじっと見つめて「私も……」と言葉を紡ぐ。


 「私も今はマリスさんたち程ではないけれど、いつかはマリスさんたちのような強い覚悟と気持ちを持って戦います。私にはかつて救うことができなかった仲間がいました。私に彼を救うだけの力がなかったばかりに彼を諦めることになってしまって、無事を祈ることしか出来ません。

 今度はそんなことにならないように強くなって、仲間を誰一人も死なせたくないと、今はそう思ってます」


 縁佳の言葉に四人は彼女が皇雅のことを言っているのだと気づく。自分たちの安全と引き換えに皇雅を犠牲にしたことを、少なくとも曽根と米田は申し訳なくは思っている。

 堂丸は「まだ甲斐田のことを…」と内心嫉妬に近い感情を抱いていた。


 「その年でそこまで言えるのは中々だわ。大丈夫、きっと私と同じかそれ以上の戦士になれるわ、いつかは」

 「はい、これからさらに頑張って強くなります、もっと…!」


 マリスからアドバイスをもらった縁佳は、気持ちを新たに鍛錬に励むのだった。


 そして滞在十日目。あれから五人はラインハートやマリスから厳しくも実りのある修練を積んで、モンストールの討伐任務にも加わって、勝利を収めて成長を遂げていった。



 しかし任務を終えて王宮に帰還した縁佳たちに、ドラグニア王国から急報が入った。


 「Gランク以上のレベルのモンストールが大量出現……!?」


 五年前以来の大規模な侵攻が起ころうとしているとのことで、縁佳たちにドラグニアへの帰還が命じられたのだ。国に戻って残りの救世団のメンバーたちとともにモンストールを迎撃して討伐せよ…と。


 派遣期間がまだ終わっていないこともあって縁佳たちを帰還させることを少々渋ったフミル王だったが、縁佳たちの懇願に折れて船を提供した。


 「ここからアルマー大陸に戻るのに数日はかかるが、それでも行くか?」

 「はい!私はもう、クラスの誰かを死なせたくないんです!!」

 「分かった。俺やマリスはここから離れるわけにはいかないから、部下を数名同行させる。友達を助けてやれ」

 「ラインハートさん、ありがとうございます!またこの国に滞在する機会があれば、鍛錬のお相手お願いします!ラインハートさんやマリスさんにはまだまだ及ばないので」

 「そんなことないわ。少なくともヨリカは私と張り合えるレベルになれてるのだから」


 港でラインハートとマリスに見送られながら、縁佳たちを乗せた大型船はアルマー大陸に向けて出航した。

 

 「異世界から召喚された若者たち……か。、また彼らをこの世界の敵と戦わせるのか…。そういう宿命なのか」

 

 ラインハートは遠ざかる船を見つめながらそんなことを呟いた。

 マリスは彼の発言に不思議そうにすると同時に、ふと部下の誰かが自分にこんな話をしてくれたことを思い出した。




 ―――ラインハートはいったい何歳なのか誰も知らない。高齢を理由に退役した元兵士たちがまだ新兵だった頃から、ラインハートは兵士団長を務めていたらしい……と。


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