19話「鬼娘との親睦」
アレンの言葉に俺は黙ってしまう。
復讐…。確かにあいつらのことは憎いと思っている。俺を嘲笑って虐げて理不尽にハブって、最後は見捨てやがったからな。奴らがここにいたら殺しても良いかもと思えるくらいは憎んでいる…と思う。
けどまあ、そうだな……
「確かに憎いって思ってるけど、わざわざこっちから出向いて捜し出してまであいつらを殺すのは…手間かかって面倒だって思ってるから、こちらからわざわざ殺しに行く気にはなれないな。あのクズどもの顔はもう見たくもないし、どうでもいいし。
結論として、復讐は考えてはないな」
「そう…」
もし今後、あいつらが俺の害になり得るのなら、その時は殺すと思う。遠慮は無い。あいつらに情の一つも湧くことはない。
「...私は、モンストールが憎い。散り散りになった仲間を襲った他の魔族も許せない。みんな、倒して、鬼族のみんなを集めて、また平和に暮らしたい...!」
アレンは復讐だけではなく、その後のことも見据えている。復讐と種族の再繁栄が彼女の今の野望か。
「俺はこれから洞窟を抜け、サント王国に入る。そこで冒険者登録したり、俺が探っている情報を得たりと、することがあるからな。
アレン、しばらくの間、手を組まないか?その状態でのままでこれから上位以上のレベルのモンストールどもと戦うのはきついだろうし、また金目当てで狙ってくる馬鹿どもとやり合うのもめんどいだろ?俺といれば、安全に体を休めることができるし、復讐は…分からないが鬼族復興の援助くらいならすこし手伝ってやれるかもよ?どうする?」
元の世界に帰る方法を探すという旅の途中だが、その旅はすぐに終わらないどころか何年もかかるかもしれない。手がかりを探す一方でアレンの手助けをしてやるのもありかもな。どこかで彼女が俺の旅に役立つ時が来るかもしれないし、組んで損は無いだろう。
アレンは俺の提案にしばらく逡巡したが、やがて俺をしっかり見据え、
「うん、コウガと一緒に行く。一緒に連れてって?」
と手を差し出した。俺はよろしくの意を込めてその手を握った。
アレンの食事が終えた後、サント王国方向へ洞窟を進む。
「鬼族は獣種の魔物とか、人も...食えたりとかするのか?」
そういえば何気に獣の魔物を生で食っていたことをスルーしてたが、鬼族ってそういう食習慣があるのだろうか。
「蟲以外なら、肉は基本何でも食べられる。でも人族はあまり食べない。さっきの殺した冒険者もひとかけらも食べてない。鬼族には、人族は食べないって決まりがあったから」
さっき言ってた魔族と人族の相互不可侵というやつか。人族との争いを避けるためだろうな。ただでさえ今はモンストールとも争っている時代。下手に敵をつくらないように不干渉でいようという姿勢か。
道中飛び出してくる獣種、蟲種の魔物を軽くいなし、出口へ向かう。その間、雑談も少々はさみながら。会話しているうちに、お互いすっかり打ち解けられ、アレンの表情も和らいでいるように見えた。
「世界が平和になって仲間が集まったら、村…ううん、里を復興させるんだけど、コウガも、よかったら一緒に暮らさない?鬼族じゃないけど、コウガならみんな歓迎してくれると、思う」
「そうかぁ?俺なんか動く死体の元人間の得体の知れない何かだぞ?まぁ一応、血は通っているし、心臓も動いている。この体の構造は俺でも全く分かってねーんだよなぁ...。理性もあるし、あの瘴気に死体をこうやって動かす成分か何かあったのかもな」
するとアレンが俺の服の中に手を入れて胸あたりに触れてきた。
「アレン...?ナニヲナサッテルンデ?」
思わず片言になる俺をよそにアレンはしばらく胸に手を当て、やがてゆっくり手を引いた。少し頬を赤らめてこっちを見ながら、
「コウガの体、死んだように冷たい。けど、心臓はちゃんと動いてる。血も冷たいのかな?変わった体...ふふ、面白い」
と笑いかけてくる。
いつぶりだろうか。クラスメイトどもの悪意のある笑みではなく、こんな屈託のない、無邪気な笑顔を向けられたのは。元の世界でも、この世界でも向けられなかった笑顔を。
冷たくなっている体にほんの少し温もりが感じられた気がした。知らずのうちに俺の口元にも笑みが浮かんでいた。ずっと孤独だった俺にいつぶりかの親しくなれそうな仲間ができた気がした。
*
ひたすら進み、ようやく光が見えてきた。出口が近い。
と、一歩進めたその時、地響きがして足元が揺れた。何だと思うより先に後ろに跳ぶ。すると地中から、何かが飛び出してくる。土属性の魔物かと思ったが、すぐに違うと気付いた。
なぜなら…地底で嫌という程あてられたあの瘴気が発生したからだ。
「想定外の事態に備えてはいたが、ここで出てくるか...」
やがて土煙が晴れ、飛び出した奴があらわになる。そいつはあの暗闇の地底で何度も戦ってきた奴と同じだ。隣にいるアレンがかすかに動揺しながら呟く。
「どうしてここに、モンストールが...!?」
体長5mはあるモンストールが俺たちを睨み、大きく吼えた。
これまで、イレギュラーな展開に散々遭いまくっていたため、この洞窟で本来現れるはずのないモンストールが今、目の前にいるという状況でも、俺の心は全く揺らがなかった。アレンは若干動揺していたが。
このモンストールの形は、手足に鋭い爪、見えてなさそうな目、全体像の形からして、モグラ型だろうか。強さは、5mサイズっぽいから、ギリ上位レベルか。
どちらにしろ、本気出す相手じゃないな。あ、そうだ。
「アレン、こいつと戦える?」
「......これなら、今の私でも勝てる」
「なら、ここは任せていいか?」
せっかくの機会だ。アレンの実力を知っておきたい。ま、敵のレベルからして本気にはならないだろうが。
「?別にいいけど。じゃ、倒してくる」
そう言うと、アレンは一瞬でモンストールに接近した。「神速」か。
アレンの急接近に反応できずにいたモグラは、ガードする間もなく、彼女にボコスカ殴られる。鬼族の拳闘術は、荒々しい動きだが確実に臓器にあたる部分を打ち抜くものと先程の雑談で聞いたが、こうして見ると嵐のような打突だ。適当に殴っているように見えるが実際は正確に急所を射抜いている。俺のイメージしていた鬼とえらい違いだ。
最後に、止めと言わんばかりに、電撃を纏った拳の強烈な一撃で、顔面を砕いた。約10秒間でモグラ型モンストールが斃された。体力を消費しているにも関わらず圧勝した。強いな。拳闘術といい、最強の戦士の称号は伊達じゃない。
「お疲れ様。何つーか、カッコいい拳闘術だった。特に最後の一撃、電撃纏ったやつ。ああいうの良いな!」
戦闘を終え、長く息を吐くアレンに労いの言葉と称賛の言葉をかける。するとアレンは、慣れていないのか、くすぐったそうに身を捩り、頬を赤らめた。
「『
赤面になりながらのその仕草は、年相応でかわいい。少しドキッとした。
「次は、コウガの戦っているとこ見たい。コウガの強さ、まだ全く分からないから...」
「オーケー。冒険者登録して適当にクエスト行った時に、な」
そう約束して、俺たちは洞窟を抜ける。
結局、モンストールがなんでここに現れたのかは明らかにならなかった。生態変化か何かだろうか。最近俺が地底で災害レベルのモンストールをかなり討伐したことと何か関係しているだろうか。考え過ぎか。
分からないものは分からない。この件はもういいや、先へ進もう。
*
洞窟を抜けるとそこはサント王国、なんてことはなく、林道が続いていた。空は、洞窟に入る前より少し暗かったが、太陽の位置を見るにどうやら朝になったばかりだ。洞窟内でアレンと談笑して休んでいたからほぼ1日経っていたみたいだ。
林道を歩いていると、途中で小さな池があったので、自分の姿を見てみることに。そういえばゾンビになってから一度も自分の顔を見たことなかったな。
水面に映った男の顔は、ぼさぼさの短い黒髪で、肌の色は生きていた頃より白くなり、眼球は地底で遭遇した人型のモンストールと同じ、黒く瞳は黄色になっていた。肌や目が変わると、別人みたいだな。
いつの間にかアレンも俺と同じように、水面に映る顔を眺めていた。彼女もあの瘴気の暗闇にいたため、長い間自分の顔を見てなかったのだろうか。
小休止を取った後、のんびり歩くこと数分。サント王国に着いた。
アニメでよく見るような背景だ。防壁が王国を囲んでいて、入り口を通ってしばらく歩いた先には、大勢の人々が歩き、屋台がいくつか並んでいる。前を見ると王宮っぽいのが見える。
因みに、王国に入るには、通行証が必要で、入り口に検問を務める門番にそれを見せなければならない。
「アレンこれを。通行証が無いと入れないそうだからな」
「ありがと」
この通行証は、洞窟で見つけた髭冒険者パーティから手に入れた物だ。金ついでに取っておいて良かったぜ。死んでなお世話になったぜ、髭。
ここでまずすることは、アレンの服選び、かな。女の服選びなんか知らねーよ、でも今のアレンの格好はみすぼらしいので、買わねば。
「まず、アレンの服をどうにかしないと。鬼族ってどういう服を着ていたんだ?」
勝手に選ぶわけにはいかないので、鬼族の民族衣装を参考に聞いてみる。だが、返事は...
「私の村では、服を着る習慣はあまりなかったなぁ。男は基本半裸で下はパンツだった。女はさすがに上下とも服着てたよ。薄着だけど」
「さいですか......」
男はほぼ裸族暮らしだった。女は着てはいるけど万年露出度の高い格好での生活か。さすが鬼族、そういうとこは元の世界の昔話なんかと一緒かよ…。
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