第3話 馴染めない日常と憂鬱な幼馴染の日常。

『くっ、おのれ……死神がァ……』


茶色のブロックで出来た通路で、黄金の魔物シャドウは押さえながら、壁に体を寄せて傾けている。

すぐにでも行動を起こしたかったが、肉体が休息を必要としていた。


『ッ、グゥ……!』


一瞬のことであった。

あと少し遅ければ被害は腕だけには止まらなかった。


『はぁ、はぁ、はぁ』


悪魔のような形相で疲れが見える。

この空間でならシャドウの怪我も自動的に治療されて、体力も徐々に回復していく筈なのだが、……その兆しは一向に現れない。


『我々のような非存在を拒絶するチカラ。まさかこれほど厄介だとは……』


零の槍によって溶かされたのは、左腕手首から肘の部分まで。

ギリギリそれだけで済んだが、まるで毒のように溶けた部位から激痛が駆け巡り、シャドウを苦しめていた。


『ッ、まだだッ、まだ終われない!』


フラついてしまう体を無理やり起こす。

シャドウは痛みから額に汗を流しながら、先の見えない通路の先を睨む。

まるでその先に何かがあるかのように。


『王の玉座では終われない。神の玉座を必ず手に入れる。……その為には』


視線を横に向けて壁の先を見下ろすように睨み付ける。

その直後、通路全体が微かに揺れて、シャドウは目的の場所に到着したことを認識した。





「おっしゃー! 食っていいぞ。龍崎家特製のカキ氷だぁーー!」


『わぁああああああいぃぃーー!』


出来上がったカキ氷を配り終えると、待ちわびっていた子供たちが一斉に食べ出す。

各々好みの味を選んで勢いよく口の中にかき込むが、そうして食べ始めた時点で俺や祖父、見守っていた保護者たちはこの後の展開に予想が付いていた。


『〜〜〜〜〜!?』


予想通りカキ氷をかき込んだ子供たちの全員。次の瞬間には頭を抱えてうずくまった。

クルクルと道場の床を転がって行く子や足をバタつかせる子もおり、俺たちは苦笑して見ながら手元のカキ氷を頬張る。


「っ」

「うむ、これぞ甘味だのぉ」


冷たくて美味しい。暑いから余計に美味しく感じる。

シンプルなメロン味だがそれが良い。最近は色々と手の凝ったの物が多いが、正直好かない。

祖父も同じか、トッピングであんこを乗せた抹茶味にして、美味しそうに笑みを浮かべていた。


「む、やはりイチゴが一番です。美味です」


と、さらに祖父の隣で綺麗に正座でしている黒髪の女性が一人。子供と間違われてもおかしくない程の小柄な容姿だが、彼女は立派な大人である。決して間違えてはいけない。


「絶品です。何杯でもいけます」


無表情に近くクールで人形のような印象がある。清楚な白のワンピース姿ではあるが、鋭利な刃物のような鋭い眼差しで、手元のカキ氷を見つめて頬張っている。


(可愛らしい見た目はともかく中身が問題だけどな)


まるで美食家のような雰囲気だ。そんな鋭い目つきの所為で近寄ろうとしていた子供たちが怖がってしまう。遠くから見ている形となっていた。


(本人はまったく怖がらせるつもりはないけど)


それは清楚で綺麗な容姿だからだろう。

特に子供でも男の子は気になってしょうがないか、溶けそうになる手元の氷にも気付かず、視線を彼女に向けている。女の子も少なくはないが、一緒に食べていた男の子まで視線を向いて不満そうにしていた。


……中にはよそ見している隙にイタズラしたりする子も居て、気付けばイタズラされた子の器にあった氷が消えている……なんてことが起きていた。


まぁ、とりあえず……。


「おーい? まどか。喜んでるみたいで嬉しいけど、目付きがなんか仕事人みたいになってるぞ?」

「このカキ氷に感激しました。今すぐ転職します」


ただ顔が怖いからやめて欲しかっただけなんだが。

迷いのない瞳で即答された。


「別にカキ氷一筋とは言いません。料理全般興味があったので、ゆくゆくは個人でお店を開くのも悪くありませんね」

「悪くありますよ? せっかく資格まで取ってなれたのに勿体ないことしないで」


本当に辞めそうだから怖い。

真顔だから余計に冗談に聞こえない。

お願いだからやめてね? 辞めることを。


「はぁ、偶には笑顔を振り撒いたらどうだ? そんな無表情な冷徹教官みたいな顔しないでさぁ」

「無表情なのはデフォルトのようなものです。というか貴方に言われたくはありません。 特に貴方の場合、常に怠そうにしているから余計に悪いですし、先程の『おっしゃー!』についてもボー読みに近かったではありませんか」

「やめてくれ。思い出すと辛くなる」

「それにさっきの『我が剣技を!』とか……大丈夫ですか?」

「真顔で言わないで? 泣きそうになるから」


盛り上げようとしてもどうも空回りしてしまう。子供だけならまだウケることが多いけど付き添いの親たちなんて苦笑いが多いからな。……偶にフォローされて泣けてくる。


「これでも少しはマシになったつもりだけどな。どうも昔の感じが抜け切らない」


『わぁああああああーー!』


そして食べ終えた子供たちが道場の外の庭で遊ぶのを眺める。保護者の男性陣も混ざって遊びに付き合っているが、無尽蔵な子供たちの体力だ。


30分も遊びに付き合っていると次第にバテていく大人たちが増えていき、日陰で呆れた様子で眺めている奥さん方が映っていた。


「……」

「平和ですね」


隣に座るまどかの言葉に俺は頷く。

そんな日常の光景を何気ない風に眺めるが、内心は少し複雑だった。


「そう、だな」

「抜け切れませんか? ……それも仕方のないことだとは思いますが、このような休日くらいは肩の力を緩めてもいいのでは?」

「分かっている。……筈なんだけどな」


何気ない日常の光景な筈なのに俺自身まだ、それを実感している気がしなかったから。


まだ意識があちらに向いているような。

まどかに言われながら内心ダメだなと、静かに吹く風に身を委ねながら気持ちを切り替えようとするが……。


「刃よ、携帯が震えとるぞ?」

「ん?」


祖父に言われて視線を向ける。すると邪魔にならないように隅に置いていたスマホがブルブルと震えていた。





(暑い、暑い過ぎる)


肩に触れるくらい明るい茶髪。服越しからでも分かる豊満な胸元。スカートから伸びるスラっとした脚。そして明るい雰囲気がある表情を見れば、男性なら誰もが振り返って吸い寄せられてしまうだろう。生憎と絶賛不機嫌な顔をしているが。


(もし男が寄って来たら叩っ斬ろう)


腰にある愛刀を撫でながら物騒なことを考える。

刃の幼馴染である白坂しらさか桜香おうかは、学生でありながら魔法関連の事件を担当する治安部隊『魔法警務部隊』に所属している。


刃の父が隊長を務めている部隊。実力を評価され中学の頃に誘われて以来、桜香はこれまで色々な事件に関わってきた。

ただの調査がメインの任務もあったが、【魔法剣士】の階級を持つ戦闘力に期待されていた。その為に武力行使が必要な血の気の多い仕事の方が増えていき、本人もまたそっち向きだと皮肉気味に思っていた。


「白坂さん、特異な魔力反応があったのは……こっちですね?」

「監視班の話だと魔物の反応とは違うそうですが」


今回もまた桜香向きな仕事であった。同じ部隊である女性の先輩と共に反応があったという地点へ向かう。まだ不明な点もあるが、どうも手荒なことになりそうな予感がしていた。


(はぁ、まさか休日まで駆り出されるなんて)


警務部隊に所属している彼女に平日も休日も関係ない。暑い中、本日も着たくもない警務部隊の制服姿で外に出ていた。


(デザインは良いんだけど、こう厚着だと参るわね)


黒を強調とした赤のラインが入った物だが、生憎と夏冬同じな為に分厚い生地で出来ている。下は女性感があるスカートではあるが、脚を守るように履いているストッキングが問題だった。


身に付けている制服全ての防御力を上げる為に魔法繊維で編み込まれている。さらに物理的な攻撃に対する防弾用にして全て厚着となっていた。


仕方がないといえば仕方がないが、ただ可能であれば、夏用も用意して欲しいのが桜香の本音だ。日差しを遮る帽子も被っているが、汗で蒸れてくるので正直辛いの一言だった。


(て、言っても戦闘の際に危険だとか、経費が削減だとかで無理でしょうけど)


後者については実費で可なら自分で作りたいくらいだが、恐らく前者が大きな理由であろう。


夏服らしく繊維を薄くするか、腕の部分などが出るようにすれば、それだけ戦闘の際の危険も増える。

さらに手傷を負う可能性も高くなるので、暑いという理由で夏用を作れる筈もなかった。

その代わり事務作業を担当する時は、普段着でもオーケーとなっているので、彼女としては出来れば夏はそちらに回りたかった。


「? どうかしましたか、白坂さん?」

「いいえ、流石にちょっと暑いな、と」


ああ、と先輩の女性が頷く。暑そうな額の汗を拭ってスマホのような探知機を見つめている。


正確に魔力を探知出来る特殊な機械だ。彼女たちも魔力を感知できないことはないが、特異な魔力が発生してから随分時間が経過している。

残滓が残っていても感知できない場合がある。その為にこういった精密な機器を用いることが多いのだが……。



────。



「──ッ!」


ちょうど反応があった裏路地に着いた時だった。


暑さで流れる額の汗を拭い、険しい顔で何か鋭い気配がした路地の奥を睨む。身を僅かにかがめて、腰に差している刀に手を掛けいつでも抜けるようにする。


探知機に反応はなかった。だが、同じく何か気配を感じ取った先輩の女性も探知機をしまって、警棒のようなものを取り出して一気に伸ばす。さっきまで穏やかな表情をしていたが、戦闘体勢に入ったか目つきを鋭くして身構えていると……。



「どうやら先に着けたようだ」



奥の物陰から男の声が聞こえた。

重みのある声音で彼女らの耳に入った瞬間、周囲の暑さが一気に上がった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る