第7話 呼び名。

SSランクの《超越者》の冒険者シルバー・アイズ。

──《大戦の英雄》にして《魔導の王》。


世界に四人しかいない最高位の冒険者。尋常ではない魔法使いとして有名だが、ローブで普段から姿を隠している。素顔どころか特徴も少なく、被るフードから薄っすら見える銀の髪と銀色の瞳が彼の数少ない特徴だった。


彼が表舞台に現れたのは、四年前の大戦の時。魔法使いの真似ごとのような姿で、現れた小柄な子供だったが、常識外れな未知なる魔法で戦場を蹂躙する。たった一年あまりの介入によって、荒れ狂っていた大戦を終結へと導いた。


さらに魔法使いとしての腕も評価された。魔法師としてそれまで名を上げていた者たちをごぼう抜きすると、最速で魔法使いの頂点へと君臨することとなった。


そして大戦時には、敵は疎か味方からも恐れられた彼は、周囲から畏怖の念を込められ様々な異名、通り名で呼ばれた。


すべてを消し去る存在──《消し去る者イレイザー》。


止まることのない銀色の悪魔──《銀眼の殲滅者ジェノサイダー》。


《魔導王》とも呼ばれ、魔導の果てに辿り着いた魔法使い──《大魔導を極めし者マギステル》。



様々な意味深い呼び名で呼ばれ……。


そして消えた。


その後、一度も姿を見せることはなかったが、彼は伝説の冒険者として、歴史にその名を残すことになった。



◇◇◇



「うぐっ!?」


(なんか胸が痛い! チョットした回想なのに心が深く傷ついた気分!)


ジークは彼の……というか、もう一人の自分について少し回想して……勝手に傷ついた。


「ふふっどうした? そんな死ぬほど苦い茶でも飲んだ顔をして?」

(何故茶で例える。死ぬほど苦い茶ってどんな茶だよ)


目の前でニヤニヤ顔をして座る女性とのたわむれと言う名の暴露話。心は折れそうになる彼だが、ここまで来てしまば、もう開き直ったほうがマシかもしれないと疲れた息を零す。


(かつての名も称号も意味なんてないんだけどなぁ)


四人目の超越者SSランクして最強の魔法使いシルバー・アイズ。

それは彼の冒険者としてのかつての名。鍛えてもらった師匠と師匠の仲間から勧められ、冒険者になったのがきっかけだった。


の異名を持つ師匠から借りたが、まさかこの名が広まるなんてな)


そもそも彼はここまで目立つつもりなどなかった。

最初の頃は修業も兼ねて師匠のパーティーに入り依頼を受けた。だが、成長期だったこととパーティーでの連携、仕事に対してなにかやり難いと感じたか、次第に一人で引き受けることが増えて、気がつけばソロでの冒険者となっていた。


変装して名前も変えたのは、妙なしがらみや貴族などとのトラブルを回避する為。魔法で顔を変えフードを被ってはいたが、保険として偽名で登録した。当時は子供だったこともあり余計に注目を集めたので、その保険も少しは役に立った。


(やり過ぎないようにしたつもりだが、どうも目立ってしまったんだよな)


そしてシルバー・アイズことジーク・スカルスは、四年前の永く続いていた大戦を終結させる。大戦を終わらせる為に全力を尽くしただけだが、その影響は彼の予想を遥か超える事態へと発展した。


彼のチカラは周囲を圧倒した。その結果、戦争は終わりを迎えたが、その反面、彼は……やはりというか目立ち過ぎてしまった。


噂は止まることを知らず、貴族どころか国──王都のエイオンに居る王族にまで目を付けられた。その際に色々と問題があったが、結果的に良好的な関係を持ち、お陰で公の場に出なくても済むように配慮をしてくれた。


(けど、その所為で余計に面倒も増えた気がしたが)


思い返してみるとどこか心が枯れた気持ちになる。いや、既に枯れた心がポロポロと欠けていく気分であった。……回想もほどほどに思考を閉じることにした。


「はぁ……」


そして話は戻るが、なぜ彼の正体をギルドマスターが知っているのか。単純に本人が話したからだ。この街で協力者を求めて掛け合った。


(今になって思うが、この人に話して……本当に良かったか?)


しかし、後悔しなくもない。まさか弄られてネタにされるとは、と心の中でどんよりとした気持ちになってしまう。


「はぁ……」

「うん?」


再び溜息を吐く彼の視界では、椅子に踏ん反り返ってるがいる。視線を合わせると軽く首を傾げて、その仕草が少し可愛いと思ったが、調子に乗られるので口にはしない。


(ていうか、見た目が幼女過ぎて犯罪臭しかしない!)


肩書きはギルドの長なのに、ビックリするほどの幼女なギルドマスター。口調や目付きからは、まったく子供ぽい雰囲気はないが、見た目だけはどう見ても“偉そうな幼女”なのだ。


(なのに歳だけは俺の倍以上。それこそ二〜三十掛けて足りないくらいの超高──)


「シルバーシルバーシルバーシルバーシルバーシルバー」

「ぎゃああああああああ!? なに連呼しての!? あ、ああああああ分かったっ! もう歳のことは言わないからその名だけはやめてくれーーぇぇ!!」


悲痛な願いを叫ぶ元大戦の英雄。幼女の前で低姿勢でお願いする姿など、なんとも言えない絵面でとても英雄の姿には見えなかった。というか、誰が見ても絶対に彼を英雄とは信じないだろうが。


「なんだぁシルバー?」

「だからやめてくれって……」


不機嫌そうにして必要ならもっと言ってやる。そんな姿勢の彼女に彼も早々に降参する。そして大量に汗を噴き出しながら懇願しつつ、心の中で歳のこと厳禁だと改めて触れないと決意した。



◇◇◇



「ふふっ、少しからかい過ぎたか?」

「変なことを考えてすいませんでした。本当に頼みますから勘弁してください」

「いや、すまんすまん」


ヘコヘコする彼を見て彼女も少々やり過ぎたか、と彼が隠している名を連呼したことを反省する。盗聴防止として防音壁などが敷かれているが、漏れる可能性も一応ある。もちろん盗聴しようなどと無茶なことを仕出かす者など居ないだろうが、それでもからかいで言うにはリスクが高い名でもあった。


(もう四年も前に終わりにしたけど、もし自分の正体が露見したりしたら、…………終わるなぁ)


乾いた笑みで彼は呆然とする。本当に気が気じゃないのだ。原因が自分なだけに。


「何処から漏れても間違いなく騒ぎになるんで、あんまり言わないでください」


面倒ごとは回避しなくてはならない。先の見えない未来に嘆きながら彼は呟く。面倒ごと、とくに貴族絡みのことが大っ嫌いな為、もしバレた時のことなども考えたくないし、想定もしたくなかった。


「だったら余計なことを考えないことだ。女性の歳に触れる奴に慈悲などない」


彼の心情などお見通しか、ふんっと鼻息を吐き偉そうに脚を組んで座る金髪の幼女。


「あははは……、す、すみません」


絶対に似合わないが、舌を軽く出し詫びるジーク。少し居づらい気分だったが、その憤慨した様子に少しだけ場が和んだ気がした。


「で、いつまでそこで立っているつもりなんだ? 座らないのかシルバー?」


そこで訝しげな顔をしたギルドマスターが言う。こちらから弄りが始めたとはいえ、ずっと入り口から一歩も動いていない彼に、さすがに呆れた様子で置いてあるソファーに手を向けるが。

尚も別の名で呼ぶ彼女に困り顔になるジークが口を開こうとしたが。


「だからその名で「いいから座れ」…………失礼します」


強引に促されてしまい、仕方ないと取り敢えず座ることにした。いい加減しつこいといった不満そうな顔をして。


「では私はコッチだ」


ギルドマスターもその場を立つと、彼と向かい合うようにソファーへ座りこむ。


絵的には青年と幼女という図になるが、その表情、目付きからは、とても見てくれ通りとは思えない威圧感がある。

歴戦の猛者のみが発する空気。同じ強者でなくても彼女の瞳を見れば、たとえ頭の悪い命知らずなバカでも間違いなく気付いていただろう。


だがそれよりもジークにはくどいようだが、直してもらいたいことがあった。失礼ながら小さな容姿の彼女を見下ろして睨むように見つめる。


「そろそろ勘弁してもらえないですかね? ギルマス。俺たちは協力関係の筈でしょう?」

「ああ、だが……そんなお願いの仕方じゃあ止めないぞ。シルバー?」


しかし、尚もシルバーの名を口にするギルドマスター。

両手で後頭部に絡めてグーと上半身を椅子にもたれながら睨み返す。別に彼女も呼び名については本意ではない。だが、協定の話をチラつかせた彼に対して彼女もその対応は協定とは違うのではないかと、遠回しではあるが指摘したのだ


「え、ええと」


睨み返す彼女に対して、彼は困惑した顔で頰を掻いて視線を逸らしてしまう。惚けている訳ではないが、理由が理由なだけに困っている。


(頼み方が違う。……つまりそういうことだよな)


見方によっては怒っているようにも見える彼女。いや、大半の人間がそう結論づけるだろうが、同時に彼は気付いた。いや、気付いてしまった。


鋭い瞳の中に、僅かながらに浮かび上がっている不機嫌オーラ。

怒っているというよりも不満で一杯といった感じが正解かもしれない。


(どちらにせよ怒ってるよな)


それを見て冷や汗を流すが、やはり迷いもある。だが、このまま放置するとさらに不貞腐れるか、グレてさらに厄介なことを言い出しかねない。そう確信して少しの間だけ考え込むと……。


(いや、どのみち選択を潰したのは俺だし、協定違反も俺だ。可能な限り深入りしたくはないが、ここはお互いの関係が大事か)


諦めたような息は吐いて、逸らしていた視線を彼女の視線に合わせた。


「我々は対等の立場だ。そう決めた筈だろう? シルバー・アイズ」


「…………分かった。これで良いのか?」


さっきまでと打って変わり、ぶっきら棒な喋り方と名前呼び。

しかも、呼び捨てでシャリア彼女と話し出す。低姿勢だった動きも態度も変わって、目上の者を見るような目ではなく、対等の存在を見つめるものになっていた。


もし他のギルド職員がいたら卒倒しそうな場面だ。


「まったく、最初から普通に呼んでいれば良いものを……! 途中からヘコヘコしおって」


「禁句をふんだんに使ってきたアンタの所為だろう。無茶を言うな」


彼の言葉遣いと呼び名が変わったことに苛立ち半分、満足半分といった表情をするギルドマスターことシャリア。だが、すぐにそうしなかったことへの不満が残っているようだ。


「以前にも言った筈だ。話す時は──“名前で対等に話をする”ようにと。これで何度目だ? こうやって注意をするのは……ジークよ」


「幾ら周りに言ってあるからって、色々とやり難いんだよ。今のお互いの立場を考えようぜシャリア」


「その為の協定条件だろう。まったく」


溜息混じりに自分の心情を吐き出す彼に、シャリアは協定の意味がないではないか、と不満顔を隠さず、ふと過去の記憶を思い返した。


『ジーク・スカルス……お前の事情は理解した。まさかそなたがあの《消し去る者イレイザー》とはな。……噂と違って髪は黒か。それほど強い魔力も感じられないのが、ちょっと不思議だが』


今と同じくこの部屋で協力を結ぼうと密談していた時だ。


『まさかこの街に来ていたとは。噂では死んだとも言われていたが……』


彼の話を聞き、驚きを隠せず狼狽した表情のシャリア。既に引退していたが、それでもやはりSSランクであるシルバーの名は知っていた。


だから当然、彼がこの街にやって来て自分に正体を明かした時は、驚きつつも疑っていた。だが、それも持っていたギルドカードが出てきた段階で晴れることになる。本人しか扱えないギルドカードは、彼がホンモノだと証明するのに十分な効果を持っていた。


『条件を呑もう。ギルドマスターの名に懸けてそなたの秘密については、一切口外しないことを誓う』


そして協力を結ぼうとした際に彼が提示した条件。シャリアは少し考える素振りをしたが、意外にもあっさり承諾をした。


だが、条件を呑む代わりに彼にも条件を出した。

一つは非常時に力を貸し出すこと。ジークが面倒くさがり屋である為、常時戦力として数えるのは難しいが、SSランクである以上は非常事態の際の助力は絶対に必要なのだ。


そしてもう一つ。意味があるのか、提示された際は不思議だった条件。


『友になって欲しい。“対等の立場”として偶にでいいから仕事以外でも来て欲しい』


知り合ってまだ間も無い筈の彼にシャリアはそんなことを言った。最初は何故なのかと疑問に思っただろうが、とくに文句はないのか、彼もその条件も受け入れることにする。が、その際あまり深く考えていなかった為に、今になって条件内にある“対等の立場”の部分が彼の悩みになっていた。



(やっぱり──)

「ん? 何か読み取りづらいことでも考えているのか?」


「読み取られないように頑張ってるんだよっ!」


表情から僅か情報を読み取れそうになる。やはり表情の読み合いでは、向こうの方がずっと上なので全然気が抜けれない。


(魔女の洞察眼って超怖え……、もう魔眼の一種だろう完全に)


言われてゾクッと鳥肌が立ったが、表情を緩めないように神経を集中して気を引き締める。やっと持ち直せたのにこのままでは、また振り出しに戻ってしまいそうで恐ろしかったのだ。


魔女の瞳が健在の間は、警戒をフルで行うしかない。覚悟を決めて彼はいよいよ本題に入る為の話を彼女に振った。


「何故俺を呼んだ? 仕事ならもう済んだだろ?」


この階に上がる前から抱く疑問をそのまま彼女に投げた。その結果、これからさらに話が長くなることを、薄々感じながら内心溜息を零した。


(どうせ話すなら今度は普通に会いに来るか久々に。せっかく隠しごとなしで語れる相手だ。付き合いは大事にしないとな)


何気に今度はと心の中で呟きつつ、彼女と喋ることに少なからず楽しみを覚えていた。

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