第8話 訪問
8-1 事前申し込み
翌日も当然の如く、葵や楓は捜査一課に出勤した。
既に、スマートフォンの検証からわかっての通り、斉藤美紀、菊池誠二、その他の人々から事情を聴く必要があった。更には、克雄の行方を知る必要もある。
葵は自身のデスクにて、通信記録にあった美紀のスマートフォンの住所を再度確認した。その上で、訪問日程を調整し、事情を伺う準備をした。
「よし、後は美紀さんに上手く会えれば」
そう思いつつ、デスク上のパソコンに向かった。
正面で同じデスクのパソコンに向かっていた楓に、本山からの声がかかった。
「塚本君、藤村克雄の件だが、どのように行方を捜すかね」
「難しい問題でしょうね。スマートフォン会社等に色々、問い合わせて、電話番号なり、住所なりが分かれば良いのですが」
「割り出せそうか?」
「やってみます。今、私のパソコンで、警察として、各、通信会社にも連絡してます」
その後、数時間が経過した。
楓としては、電子メールにて、各方面に連絡している他、電話でも、連絡を入れている。準備が整えば、昨日と同じく、出向かなければならない。その楓の前で、葵は、
「美紀さんに会うためには、暫く、張り込まんとな」
とつぶやいた。
「はい、私・・・・・」
楓は相変わらず各方面に電話している。
楓が持ち帰った通信記録によると、美紀は都内某社の社員である。一般的な会社員であれば、葵と同じく、午前9時頃に出勤、午後5時~6時頃に退勤、電車を乗り継いで、午後7~8時の帰宅だろうか。
とりあえず、この時間帯を狙っての、張り込みが必要と思われる。それで捕まらなければ、彼女の職場を訪ねるしかない。但し、プライバシーの問題もあるので、最初から職場を訪ねるのもどうかと思われた。
「本山警視、それでは、佐藤美紀氏への事情聴取に向かいます」
「分かった。遅い場合は、とりあえず、直帰して、明日、私に報告してくれ」
「はい」
葵は自宅への直帰となった場合に備え、デスクを片付けると、立ち上がった。他方、楓も数社から捜査協力への準備ができたとの連絡を受けた。
「警視、私も、都内数社のスマホ会社にあたります」
「うむ、気を付けて」
その言葉を背に、2人は捜査一課を出た。
本庁舎を出たところで、葵が楓に言った。
「じゃ、今日は遅くなるかもしれないので、私は直帰かもしれない。塚本警部補も頑張って」
「了解です、山城警部補」
2人は桜田門駅の改札を通り、その後はそれぞれ、別の列車に乗った。
8-2 準備
通信記録にあった美紀のアパートは、都内の郊外の住宅街の一遇にあるようである。似たようなアパート等も多く既に調べてあった美紀の住所には、
<203>
とあったことから、この地区のどこかのアパートの2階の3号室に住んでいるよう状況であろうか。
桜田門の地下鉄から乗り継いだ電車から降りたばかりの葵は、駅近くのファミレスを見つけた。とりあえず、昼食兼事前確認である。
「いらっしゃいませ」
ガラス戸を押し開けると、店員の元気のよい声が響いた。早速、店員の1人が、
「おひとりさまですか?」
と月並みに、聞いて来た。文字通り、何処にでも見られる
<ルーティンワーク>
である。
「ええ、そうなの、席は空いているかしら」
「かしこまりました。こちらへ」
店員に誘導されて、葵は、窓際の席についた。
別の店員がグラスに入った水を盆に載せて、持参し、注文を問うた。
「ナポリタンのセットで」
「かしこまりました」
そう言うと、店員は引き揚げた。
グラスの水はほんのりと、レモンの味がした。店内の冷房が心地よい。葵は予定を整理し始めた。
「まず、聞くべきこととして、藤村夫妻の人となり、お兄さんの克雄さんのこと、まず、この辺をしっかり聞かんとな」
窓の外には、行き交う人々の中に、子供連れの若い親と思われる人々もいる。
「藤村さん夫婦も、若い頃はああやって、子供である美紀さん等を連れていたんやろうな。美紀さんの下にも、既に、楓が持ち帰った資料等をもとに、彼女の近所の交番からご両親の死亡については、連絡を出した。辛い思いをされてるやろうに、訪問せんならんとは」
そう思うと、何か、気が重くなる。誰か、身内に相談するとなると、実母・真江子しか思い浮かばない。
「せやけど」
「あのアホな真江子のことや。うちが思ってもみんようなアホな台詞を吐くだけやろう」
なので、
「せやから、この件は責任ある仕事として、うちが自己責任で何とかせんならん。半ば、縁切った毒母に負けんためにもね」
そのように、自身に言い聞かせているところに、
「お待たせしました」
と声がかかり、ナポリタンのセットが運ばれて来た。
「さて、腹ごしらえをした上で、出陣や」
外は今日も曇天であった。
8-3 張り込み
「ありがとうございました」
店員の声を背後にファミレスを出た葵は、あらかじめ、メモしておいた方向に向かって歩いた。周囲には一戸建ての家、アパートも多く、所々、田畑も見られる場所である。
「ここか」
葵は、メモした住所と思われるアパート前に着いた。2階建ての白いアパートであり、2階へは建物の脇を通て、上がる仕組みである。葵は階段を通って、2階へと上がってみた。数室があり、そのうち1つが
<203>
であった。表札には、
<佐藤>
とあった。いきなりで申し訳ないことではあるものの、扉は呼び鈴を鳴らし、又、戸を叩いて、
「失礼します。佐藤美紀さんのお宅でしょうか」
と問うてみたものの、中からは、返事はない。居留守でもないようである。
「しゃあない、暫く、外の日陰で待たせてた頂きますか」
時計を見れば、午後4時を過ぎていた。葵は、日陰でスポーツドリンクを飲みつつ、白いアパートを睨んでいた。
「せやけど、こんなところで、日陰に隠れて、1棟のアパートをにらんでいたら、うちの方が、不審人物や、思われて、警察に通報されるかもしれへんな」
そう思うと、思わず、苦笑せざるを得なかった。本日は曇天ということもあり、気温そのものは多少、低いようではあるものの、何かしら蒸し暑い。立っているだけ、というのはやはりかえって疲れる。
葵は、衣服が汚れるのが気になりつつも、電柱にもたれ、そのまま曇天を見上げた。
「佐藤さん、苗字が変わってはるの、やはり、結婚しはったからやろな。お子さん、いはったら、身内が犯罪に巻き込まれたんを、どう説明されるんやろ」
そう思うと、やはり、辛いものがある。曇天が、何だか、今の葵の心境を象徴しているかのようでもある。
張り込んでいるうちに、時間が経過していた。改めて、腕時計を見ると、
・17時半
であった。佐藤美紀らしき人物はいまだ現れない。
「もう少し、後、1、2時間かそこら、粘ってみるか。普通の会社員やったら、帰宅が午後7時頃でもおかしくないはずやから」
葵は自身にそう言い聞かせた。
しかし、午後7時頃になっても美紀らしき人物は現れない。
「無駄やったかな?」
しかし、そこに、1人の女性が歩いて来た。黒い女性用スーツを着ている。会社員らしい。先程、葵が上って行った階段を上ろうとしていた。
葵は彼女に近づき、声をかけた。
「おそれいります。佐藤美紀さんでしょうか」
「はい」
何かにおびえたような小声の返事が返って来た。
「お忙しいところ恐れ入ります。私、警視庁の捜査一課の山城葵と申します。お忙しいところ重ねて、恐れ入りますが、ある件で少々、お話を伺いたく、参りました」
「なんでしょう」
その口調から、何か困惑し、しかし、何か思い当たる節がないでもない、というものを葵に感じさせる表情であった。
「既に御存じかと思いますが、ご両親の藤村弘さんと和子さんの件でお伺いしたいことがありまして、うかがいました」
「分かりました」
既に予測していたといった態度で美紀は言うと、
「すみません、少し待っていただけますか」
と前置きし、自身のスマホで電話した。
「すみません、△△保育園でしょうか」
と声をかけると、
「はい、ええ、いつも、お世話になっております。そちらで預かっていただいている祐也の母の佐藤美紀ですが、ちょっと、事情がありまして、迎えに行くのが数時間遅れるかもしれません」
このように言い、相手の反応を確認してか、
「はい、はい、ありがとうございます。すみません、お忙しいところ重ねて、恐れ入ります。宜しくお願い致します」
と言い、スマートフォンを切った。
「さ、どうぞ、中へ」
美紀は、葵を自宅に招き入れた。
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