さて、シャーミィが必死に言語を覚えようと格闘している頃、マサルはといえば喜ばしいことに自分の料理を料理長に食べてもらうことが出来る機会に恵まれていた。



(料理を料理長に振る舞える。なら結果を出さないと)


 料理をふるまうことになるのは、もっと先のことになるだろうと思っていただけにマサルは嬉しくて仕方がなかった。




 この世界にやってきて、シャーミィやイガンの街の騎士団には食べてもらっていたが、料理人としてお客さんに料理を出すということはまだしていない。



 日本で料理人として生きていたマサルはお客さんに、自分の料理を出したかった。そして美味しいと言ってもらいたかった。――異世界でもその機会がやってくるかもしれないと思うと、胸が高揚した。



「何か作ってみるか」



 そう言われただけで夢かと自分も願望が見せた幻影だろうかと思ったほどだった。



 いざ、それが現実だと知り、マサルは何を作ろうかと悩んだ。レストランで保管されている材料で何が出来るだろうか。



 米があれば米を炊きたい所だが、この世界では――というよりこのあたりでは米を食べる文化はないようだ。日本人としては米をこの世界で探したいものである。



 米がないのならば、カツでもあげようかとマサルは考えた。お肉や小麦粉、卵などは此処にある。何の肉かは一目みて分からなかったが、この世界特有の生物のお肉だろうか。肉の性質的に牛に似ているようには見えるが。



 味は少し異なるかもしれないが、カツというものは万人受けする者だと思う。特に運動部が好むイメージもあるから、冒険者には人気になるのではないかととマサルは考える。



 この店ではカツは置いてないようなので、カツが出てきたら喜ぶのではないかとそんな打算もあった。



 米がないからカツ丼には出来ないが、それでもカツは美味しいものだ。マサルにとってもそれは大好物である。



 そんなわけでマサルはカツを作ることにした。



 使うお肉は牛に似た肉。マサルはその肉に塩こしょうをふりかけていく。店に置かれていたチーズを使ってもいいということなので、お肉の間にチーズもはさむ。卵を割って、卵を溶く。地球で使っていたものよりも、大きな卵は養鶏している魔物の卵だという話だ。小麦粉やパン粉をつけて、フライパンであげる。



 大量の油をフライパンに入れて、高温にしていくマサルに周りの者達は驚いていた。このあたりでは油で揚げるというのが広まっていなかった。焼く、煮るといった行為はしていたものの、揚げるというのをしてこなかった異世界人たちにとってマサルの行動には驚きしか感じられなかったのだ。



 そんな高温では、事故が起こるのではないかといった不安も大きいのかもしれない。



 それに魔物の脅威に常に去らされているこの世界では、食事はシンプルなものが多い。料理に対する工夫をするだけの余裕はよっぽどの都会ではなければ出来ないのである。そんな事情はマサルは理解していない。


 高温にまであげた油でカツをあげ終える。カラッと揚がった牛カツもどきはとても美味しそうだった。

 マサルはこの世界で牛カツを見たのは初めてだったので、美味しそうだと思わず笑みが零れる。



「美味しそうだな、マサル。しかし油は高価なものだぞ。メニューには加えることは難しいだろう。今回はお試しなので問題はないが……」

「あ、はい。……すみません。そこまで考えていませんでした」




 日本にいた頃は揚げ物というのは一般家庭で食べられるものであった。だから油が高価であることなどは失念していた。日本では一般家庭にある油が、此処ではそこまで流通しているわけではないらしい。



「それにこの高温にあげた油はどう処理をする気だ? 油を処理するろ過機はあるものの、これだけの量ではろ過機を通すのも時間がかかるだろう」

「あー……すみません。そこまでは考えていませんでした。でもそれなら油は俺が持ち帰ります」



 神様から受け取ったチート能力は《時空魔法》だけではないので、それを使って油はどうにかすることにした。こういう油などの処分を間違えてしまうと環境問題につながるだろうから、そのあたりはちゃんとしたいマサルである。

 色んな問題はあるものの、店主はカツというものは気になっているので、早速口にする。




「美味しい」

「そうですか、よかった!」



 店主が美味しいという言葉を口にしたので、思わずマサルの顔にも笑みが浮かべられる。マサルは自分の作った料理を美味しいと言ってもらえることが嬉しくて仕方がないのだ。



 料理人として、自分の作った料理を誰かに美味しいと言ってもらえるのならばそれだけで幸福を感じるものだ。料理人がどういうことで喜びを感じるのかというのは人によるだろう。マサルが喜びを感じるのは、美味しいと笑ってくれることだ。




「これは油を大量に使う問題はあるが、美味しいな。庶民に出すのは難しいかもしれないが、王侯貴族に出すのならばよいかと思う」



 店主はそう言いながら残りのカツを他の従業員たちに食べさせている。そんなに量が多いわけではなかったので、カツはすぐになくなった。店主以外の人たちも美味しいと口にしてくれたので、マサルの顔は益々喜びに満ちる。



 とはいえ、地球では一般家庭で食べられる料理であったカツが王侯貴族でしか食べられないということにはがっかりしてしまった。



「美味しい」

「これは美味しいな。マサルは凄いな、こんな料理を知っているなんて」



 そんな風に言ってくれる言葉はマサルは嬉しかった。



 けれど、店主の言葉を聞いて、こういうレストランで出すのならばもっと万人が食べられるようなものが重要だろう。マサルは異世界にやってきたとはいえ、まだまだ日本での感覚がマサルは抜けていない。そのことを、カツのことを指摘されて改めて実感したのだ。



 異世界と日本は違う。違いがおおくて、分かってるつもりだったことだけど、分かっていなかったことを実感したのだ。



「もっと一般家庭でも食べやすい料理を作ります。幾ら美味しくてもこういう料理だと売れないですよね」

「ああ。そうだな。このカツだと料金も高くなる。そうなると中々売れないだろう。もう少しお手軽に作れて、安いものがいいだろう。最も油を安定して手に入るようになるなら別だが……もしそうなったらそうなったで油の価値が下がってしまえば、専門職が大変なことになるだろうが……」

「そうですね……。もっとそういう事も視野に入れようと思います」



 マサルの言葉に店主は頷く。それを聞いて、マサルもやる気に満ち溢れた表情を浮かべるのであった。

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