第59話

『次はどれになさいますか《ご主人様マスター》』

『そうだね。まずは

『承知しました』


 ディフェンスに回った僕はシルと会話しながら次に繰り出す新技を選んでいた。

 と言っても今までバスケットボールをあまりやってこなかったからどんな技があるのかうとく。

《導の魔眼》でNBAの超一流プレイヤーの映像をいくつかピックアップしてもらっていた。


 この映像の技を次々披露していくためには――、


 ――パンッ!!

「なっ――!」

 ボールを返すや否や、彼は有無を言わさないスピードで僕を抜き去ろうとする。

 たださっきも言った通りここからは僕だけが活躍する時間だ。佐久間龍之介という一方通行の看板が見えていないらしい。


 もちろんボールが床につく前にカット。

 ドリブルなどさせるはずがない。

 鬼龍院くんは勢いそのままに前に転倒。


 顔面を盛大にコートの床にぶつけていた。

 キュッと嫌な摩擦にの音がする。

 ボールを片手に振り返ってみると、そこには鼻を擦りむき、血を流している姿があった。


 僕はさっきのお礼をするために耳打ちすることに。

「……だっさ」

「なっ……!」


《繊細嗅覚》を行使するまでもなく殺意や憎悪を漂ってくる。

 今にも襲いかかってきそうだ。そうしないのは観衆の目があるからだろうね。

 言っておくけど、ギャラリーを集めたのは君だからね? 僕はむしろ目立ちたくなかったんだから。


「次はぜってえ止める! 俺に恥をかかせたことを後悔させてやる」

 どうやら闘志は十分。まあ、まだ9対1だね。向こうはドリブルするかシュートを一発防げれば勝ちなんだもんね。むしろこの程度で戦意喪失されたら興醒めだ。


 ☆


 そんなわけで次に繰り出す技も決まった僕だったんだけど、ボールを返すや否や鬼龍院はプレッシャーをかけてくる。

 僕と同じように瞬殺しようと迫ってきたんだ。

 ここで暗殺者お得意の魔法《本物偽装リアルフェイク


『潜入』や『諜報』が必須とする暗殺者にとって、暗殺した人物になりきることも求められるわけで。


 僕はシルがピックアップしてくれた選手のプレイを完全に模倣しにかかる。

 もちろんシュートを外すわけにはいかない。形だけを真似ても意味がないわけで。

《導の魔眼》で覗かせてもらった映像からだけでは読み取れない筋肉の動き、感覚などを脳に送り、焼き付けることで完全なる《本物偽装リアルフェイク》が完成する。


 僕はボールを受け取り、重心を残したまま前にドリブルするように見せかける。

 フェイントとは本来、仕掛ける側の最小限の動きでディフェンスだけを揺さぶることだ。


 鬼龍院としてもすぐにボールを奪い取るつもりだったらしく、前進を感じ取った彼はすぐにバック。けれどそんな対応は反対に僕はバックステップで元いた場所に戻り、彼との間にフリースペースができる。


 あとは有名選手のシュートフォームを完コピ+《導の魔眼》で軌道を演算してもらい、成功率100%のシュートを放つ。


 理想的なスピンと軌道でゴールに向かうボール。まるでブラックホールに吸い込まれていくようだった。

 ――パシュッ!

 と心地良い音と共にネットを潜り抜けるボール。ここからは一方的な展開しか待っていなかった。


 ☆


 気が付けば9対9。あれから鬼龍院はただひたすらボールをカットされ続けて僕の新技の餌食になっていた。


本物偽装リアルフェイク》によりアンクルブレイク(重心移動が追いつかず足がもつれて転倒すること)返し。


 僕を見上げる鬼龍院くんに、

「なんで休憩してるの?」と煽っておいた。

 我ながら嫌なヤツだなとおもうんだけど、こいつと同じ高校に通学するのだけは絶対に避けたいと思ってくれれば御の字だと思ってさ。


 あいかわらず顔をピクピクと痙攣させていた。

 そろそろ血管が切れないかどうかが心配だ。

 そんなわけで、これが僕の最後のオフェンス。

 

 最後はドリブルでレイアップを決めようとゴールに向かって行ったわけだけれど、さすがに負けるわけにはいかないと踏ん張った彼のディフェンスの圧が思いのほか強く。


 僕はコート外に弾かれかけていた。

「ハッ。最後の最後で残念だったな佐久間。これで終わりだ」

 ブロックが完全にシュートのタイミングと一致する。

 もともと長身ということもあり、凄まじいプレッシャーが襲いかかってくる。


 けれどまあそれも全部こちらの計算通りであるわけで。

 僕は最後に『今度こそシュートが外れる!』という淡い希望を抱かせてあげようと思っていて。いや、それが性格悪いことはもちろん承知しているんだけど。


 勝利を確信した鬼龍院くんをよそに僕はバックボード下からシュートを放つ。

「「「「なっ!」」」」

 それはギャラリーを含めた全員が驚く離れ業だったらしく。全員が口を揃えて驚愕の声を漏らしていた。


 バックボード下とはいえ、綺麗な弧を描いたそれは一ミリ足りともズレることなく、網の中へ。

 ようやく見えた一筋の光明も闇と消えたわけだ。

 鬼龍院くんは膝を落として「そんなバカな……」と落胆を隠せない様子。


 僕は彼の傍に立ち、

「この場でバスケットボールが最も得意なのが自分だといつから勘違いしてたのかな? 慢心にもほどがあると思うんだけど。でもまあ約束通り不合格ということで。お疲れさんでした」


「ざっっっっけんじゃねえ! こんな、こんな賭け試合無効だ、無効! そうだ! お前この学校の差金だろう! 俺を無理やり不合格にするための! そうだ! そうに違いねえ!」


 いよいよ妄言を吐き出した鬼龍院くんから暴力を振るう前の《闘争》を嗅ぎ取る。

 目の前にはこの学校の理事長や試験員、さらには女子生徒たちがいる。

 正当防衛とはいえ、露骨に仕返すのは躊躇われるよね。もちろん今となっては彼がアウェーにはなっているけどさ。


 だから僕はアンクルブレイクを直接身体に教え込むことにした。

 こちらに向かおうとしてくる軸足をすぐに踏んで胸を軽く叩いてあげる。重心移動が前後に揺さぶられて身体が間に合っていない彼はドスンと尻餅をつく。


 僕はギャラリーに見えないように暗殺術の一つ【心臓掌握】で彼の胸の中に手を入れて心臓を握る。

 医者でもない人間から――それも意識がある状態で心臓を握られる感触を味わったのはきっと彼が初めてじゃないかな?


 良かったね貴重な体験ができて。

「このまま心臓を握りつぶされたくなかったらさっさと僕の前から消えてくれるかな。芸能界でのし上がりたい気持ちはわからなくもないけれど、には僕もそれなりに恨みがあってさ。三井を思い出して手加減できないかもしれないんだよね? 僕の言っている意味わかるよね?」


 どくどくと鼓動を重ねるそれをちょっとだけチカラを入れて握ってみる。

 鬼龍院くんは「ああっ!」と短い悲鳴をあげて額から滝のような汗をふき始めていた。


「まさかとは思うけれど、この高校を諦めればいいだけ、なんて考えていないよね? 君の夢を邪魔する権利は僕にはないからこの道を諦めろ、とはいない。けれど次もしも嫌がる女の子に無理やり欲望をぶつけるようなことをしたら――」


 ――いま握っている心臓を握り潰してあげる。僕の目の届かないところでなら何をやってもいいなんて思わないことだね。


 目に涙をためてこくっ、こくっと頷く鬼龍院くん。よしいい子だ。

 恐怖で他人を支配コントロールすることが善――正義であるはずがなくて。

 そんなことは僕が十分承知している。けれど女の子に肉欲をぶつけることしかできないならそれはもう人間じゃなくて猿だ。害悪の害獣だ。容赦を加えるつもりはない。


 なにより僕は正義の味方になりたいんじゃない。他人が持っていない異能を行使して、良い行いをしたという悦に浸りたい偽善者だ。事実、いまだって気持ちいいからね。爽快感を覚えてる。残虐非道をし尽くした魔王軍幹部を捻り潰したときと似ている。

 ゴブリンキングあいつも異世界で女を攫っては、数の暴力で犯し続け、息絶える寸前の女体を盾に拘束するような外道だった。


 魔王軍はほぼ例外なく屑ばかりだったけれど、あいつは唯一僕が記憶を抹消してでも存在を葬りたい存在だ。

 もちろん今も贖罪させている。《無限地獄》で拷問されている。リゼが生み出した術中でも群を抜いてヤバい最凶瞳術だ。


 死霊術でこれまで性の道具にされたあげく盾として拘束されるなど、人権を踏み躙られた女性たちの魂を呼び起こし、同意の上で《無限地獄》の中に入ってもらった。


 中には恋人や家族を犯された親族も入っているから、その拷問は想像を絶するものだと思う。リゼによれば現在は拘束されたゴブリンキングの肉を刃物で永遠に削ぎ落としているらしい。


 犯した罪の重さが違うとはいえ、鬼龍院くんのやったこと――これからまた手を染めるかもしれないことを踏まえれば心臓を一度や二度握られても文句は言えないよね?

 異論はもちろん認める。けどやめるつもりはさらさらない。


「――わかった! わかったよ! 二度とお前の前には姿を現さない!」

 うん? いやいや何を言ってるのさ。僕が聞きたいのはそんな言葉じゃなくて。

「視界に入ることを禁じたいわけじゃないよ。僕が君の口から聞きたいのはその腐った女癖を控えろって言ってんの。もしかして鬼龍院くんも肉を削ぎ落とされたいの?」


「ひぃっ!」

 にっこりと微笑んだにも拘らず、まるで化け物でも見たかのような反応。 

 なにそれ。解せないんだけど。


「というわけでとりあえず下野くんに謝ろっか。そしたら立ち去ってもいいからさ」

 僕の注意を耳に入れた鬼龍院くんは早くこの場から立ち去りたいのか。とても俊敏な動きで彼の前に立ち「悪かった。このとおりだ!」と頭を下げてからずかずかと足音を立てながら体育館を後にした。



 理事長の拍手を皮切りに響き渡る喝采。

「おめでとう。合格だ佐久間くん。久々に爽快だったよ。実に面白いものを見えてもらった。あえて下手くそな演技をしていたんだね? もしかして俳優志望かね?」

「あっ、いえ僕は――」


 ――スタントマン希望です。


 堂々とそう告げた次の瞬間、

「すげえな! どうやったらあんなプレイできるんだよ!」

「俺にも教えてくれよバックステップシュート! マジで反則すぎんだろ!」

「ねえねえ佐久間くんだっけ……? もし良かったら試験後に打ち上げ行こうよ」

「あっ、私も! 私も! 行こ行こ佐久間くん!」


 ドバッと僕を取り囲むようにできるひと盛り。なんだろう。嬉しいような手のひら返し乙のような……。複雑な心境だよ。

 まあ、アウェイが反転したらこんなもんなんだろうけどさ。

 とはいえ、中には最初から僕のことを応援してくれていた人もいて。


 鬼龍院くんに連続で点を取られ続けていたときに「諦めんじゃねえ!」とか「頑張って!」と声援を送ってくれた人もいた。


 というわけで、その、なんというか、はい。合格しました。鳴川さんと同じ高校に。OBである源さんと同じ高校に。


 というわけでお礼も含めて二人にメッセで報告したのだけれど、


『合格祝いをしましょう――私の家で』

『すごい! それじゃ合格祝いだね! お姉さんの家でパーティしようよ!』


 そして、

『待たせたな佐久坊。招集だ。警察庁長官室に来い』

 と九条さん。連絡先はあの日、長官に伝えていた。まさか娘さんの方から招集されるのは予想外だったけど。


 さて、これで新たな学舎が決まったわけだけど。

 次は新住居だ。いくつか目星は付いているし、早いところ内見しよう。

 僕の表と裏の生活が本格的に稼働し始めた瞬間だった。

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