第7話  マジエスタ親分

「マジエスタ親分」


 稚内港を午前10時に出航する国際定期便「宗谷」は対岸のサハリン州コルサコフ

港まで運行時間が五時間半程度かかる。 現在は時差が年間通して一時間になつて

いるが、二年前には夏二時間、冬一時間の時差が生じていた。 サハリン州は本島

の他に千島列島全てが州の領土である。 それに伴い経度も広く時差が大きく設定

されていた。 ちなみに首都モスクワとは七時間の時差がある。

 

稚内を出ると蒼い海原が広がっている。 船は北北東の方角に進路をとる。 

1945年・当時にはこの航路は八時間もかかっていたと文献に書かれていた。

冬には、遠くロシア大陸を流れるアムール川からの影響でこの海峡は流氷に見舞わ

れる。 日本海とオホーック海をつなぐ海峡は好魚場に恵まれている。 特に蟹の水

揚げは東洋一であり稚内・紋別が、その恩恵にあずかっている。 それに伴い海産

資源は年々減少傾向にある。 減少の大きな理由は密漁である。 ロシア政府も資

源枯渇を防ぐ政策を講じているが、なかなか進まない。  同時に日本側も密漁対策

を強化しているが、これもこれと言った効力も発揮していないのが、現状である。


 船は、サハリン最南端の港 コルサコフに到着する。 この港はペレストイカ以前には、外国人の立ち入りを禁じていたのである。 ロシア海軍と国境警備隊「サハリン支部は西海岸ネベリスク市」の基地として栄えていたのである。 この港から東側に開発された地域に天然ガスの輸出基地がある。 コルサコフ市の人口は2万人であり海産基地としてサハリン一の水揚げを誇っている。  


 密漁は、マフィアにとっても大きな資金になるのである。 蟹にいたっては日本と韓国がお得意さんである。 両政府も取り締まりを強化して「蟹輸出証明書」の発行で対策を講じたが、偽造証明書が出回り何ら手が打てないのである。 そんな社会問題を取り上げた番組を早川は取り組んだ。 一番協力的な相手はチェチェの親分である。 トヨタ自動車の最高級車・マジエスタにのっているので以降「マジエスタ氏」と呼ぶことにする。

マジエスタ氏に相談すると「とても難しい。考えてみる。表に出ると我々は爆発る」と言う。

爆発とは、組織が崩壊する意味である。  

早川は当然マジエスタ氏の言い分に納得した。


マジエスタ氏の組織も蟹密猟に携わり大きな利益を挙げていた。 

彼のシステムは、地元の漁民らが、密漁した蟹と日本の中古車を交換するのでる。 

金は動かない。 何故かと言うと金が、動くと足が付きやすいとマジエスタ氏は説明してくれた。 

その為に日本側に協力者を雇い、毎日の北海道の蟹相場をサハリン事務所に送る役割

である。 相場が判っているから買い手も値段的に無理は言えない。 日本側の協力者に蟹の売り上げ金を任せて中古車の購入資金にする。その中古車を小樽港からコルサコフへ輸出される。  

当局は金が動かないから証拠がつかめられない。 密漁者が捕まっても組織が、表に出ないので法的には、立憲できないのである。 

この北海道で購入した車を密漁者に蟹代金の代わりに渡す。サハリンには、車が少なくロシア製の自家用車を注文しても二年も三年も待たされるのである。 マジエスタ氏はここに眼をつけてモスクワから乗り込んで来たのだ。

マジエスタ氏の物「蟹」は、正規輸出品としてサハリン税関が、許可した正式文書がありなんら疑いのない輸出である。 日本当局もロシア政府発行の文書には問題がないので輸入は認められるのである。

しかし、偽造証明書が発覚して検挙された組織も多くあった。 マジエスタ氏は言う「関係ある組織に金を使わないからつぶされたのだ」 

ロシアでは、「小さな穴を見つけて利用する。そして自分を大きくする」との格言がある。

小さな穴とは、法律違反のすれすれを考えてビジネス展開を行う事を意味する。

三位一体と言う言葉がある。 大きな傘にそれぞれの組織が加入している。 

行政マフィアと呼ばれる組織が存在する役所「公務員」ら職員による既得権益を振り回して金を得る。 

その手助けをビジネス・マフィア組織が支援する。 既得権益を金に換える組織である。

この二つを守る組織がある武装マフィアと呼ばれている。 この三者は同じ傘に属している。 これらが大きくなるとビックビジネスが生まれる。 新ロシア人の誕生である。


 マジエスタ氏と共にコルサコフ港の税関を訪ねた。 税関側に、早川を日本の蟹のブローカーであると説明していた。 配下の若い男が運転手する黒いマジエスタは港の鉄製扉がある施設に入った。 石造りの建物は風格が漂う。一緒に事務所に入る若い職員が一人椅子に座って挨拶した。 マジエスタ氏がその職員の机の上に分厚いルーブル札三束並べた。若い職員は、この金を持って姿を消した。上司へ届けに行ったものと思える。

マジエスタ氏が「早川さん。これから、ここのボスと面談がある。貴方は外の景気でも撮影していて下さい。」と以前に港の国境警備隊の船を撮影したいと要望した事があったのを彼は忘れていなかった。 この日のために小型ビデオカメラを持参していた。 

港が解放されても重要施設の撮影は禁止されていた。 特に国境警備隊の基地及び事務所が対象である。「税関にも、警備隊にも話は付けている」と言う。 今回は彼の要望で取材スタッフの同行は認められなかった。 早川の単独で行動である。 

これが今回のマジエスタ氏からの条件であった。

黒い警備艇が幾艘も並んでいる。 目立たないように撮影をする。 カモメが鳴いている。遠くの埠頭ではのんびりと釣りをしている人が眼に入る。 

すると、何者かが肩を叩く。 振り向くと警備隊員が無線機を手に「何をしている」と問う。

「撮影だと」答える。 「駄目だ」 「許可を取っている」と返答する。 無線機で何やら本部と通話している。 暫らくすると「その男は大丈夫」との言いその隊員は敬礼して去っていつた。内心、「シベリア送りか」と 脳裏をかすめる。

マジエスタの運転手が迎えにきた。  マジエスタ氏も門のそばで早川を待っていた。

あの金が税関職員への賄賂である。 日本円換算で300万円程度か。 公務員も給料の遅配が続き弱っている時分の金である。 月に一度の金額か水揚げ量で決まる金額か、詳しく聞けなかった。 この賄賂で正式な蟹のインボイスが発行されるのである。 

帰りに国境警備隊に寄った。 この建物は港が見える丘にあった。 正面には当番隊員が武装姿で監視体制でいた。 マジエスタ氏が私服姿の警備隊員に案内されて二階に向かった。 

早川は一階応接室に残された。 壁には歴代の隊長の写真が飾られている。 すると「こんにちわ」と日本語がする、ドアが開き五十年配の小柄な朝鮮系ロシア人の男が入ってきた。 警備隊の通訳をしている言って名刺を差し出した。 警備艇に乗船して日本漁船の臨検や拿捕を業務としていた通訳である。 名刺には ”ロシア国境武装隊 通訳 李「り」 キリロフ”住所と電話番号が明記された日本文字で書かれていた。 早川に対してとても愛想が良いのだ。 朝鮮系のロシア人は人によるが、いたって日本人には厳しく当たるが、彼はそうでなかった。 後で帰路、マジエスタ氏に聞いたところ「日本人と親しくして中古車が欲しいか、安く手に入れる魂胆ではないか」と説明してくれた。

札幌・小樽・それらの近郊でロシア向け中古車が売れ出した。 北海道はバブルが弾ける寸前で道民の車需要は、新車購入が盛んで中古車が余りだす傾向になっていた。 一台平均5万円程の車が飛ぶようにサハリンへ運ばれた。 サハリン税関も中古車には課税する税金も軽減され市民に歓迎された。 蟹密漁と中古車の関係はしばらく続いた。 密漁漁師は手にいれた中古車を現金で仲間や市民らに売った。 


その値段は原価の数倍・数十倍の利益を導きだした。 数倍でも数十倍でもサハリン島には車がないので売れに売れた。 蟹業者も中古車業者も多大な利益を生み出していた。 誰もが損しないシステムが構築されていた。 しかし、税金は1ルーブルも入らない財政状態になりつつあった。 ロシア経済の悪循環の始まりであり終わりでもあった。 指導者がエリッエンからプーチンに代わる時代が、間近に追っていた。


 納税がないのであるから国家予算が遂行できない。 賄賂がはびこり私金「悪銭」が堂々とまかり通る。 そんな経済の中、モスクワ市民は「明日の朝を迎えたくない」との主婦のコメントがテレビで放映されていた。 

恐ろしい大国に何とも思えない感情が増幅していた早川であった。


 我が日本にもこの様な状況が明日にも到来するかも知れない。 


  

 

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