後悔

 それは桜の咲く頃だった。

まだ、高校生になって間もない朱音、大学受験を控えてる桜介。

二人は同じ塾で出会った。

塾の帰りに二つ上のクラスで一人残り、勉強している桜介を見かけたのが始まりだった。

あまりにも熱心に勉強する桜介が気になって、朱音は時々、差し入れをするようになった。

今日も、朱音は桜介のいる教室にいた。

朱音がじっと見ているのにも構わず、桜介は一心不乱に勉強に集中する。

「ねぇ、少し休憩しようよ」

朱音はニッコリ笑って、手作りクッキーを机の上に置いた。

その甘くていい匂いに、桜介のお腹が鳴った。

桜介は恥ずかしそうにお腹を押さえる。

「お腹も休憩したいみたい。ジュース買ってくるね」

朱音は笑顔で言うと、教室から出て行った。

桜介はため息をついて、テキストを片づける。

朱音は缶ジュースを買ってきて、桜介に渡した。

朱音と桜介はクッキーをつまみながら、缶ジュースを飲む。

「ねえ、桜介は、どうしていつも塾の講義が終わってからも、塾で勉強するの?家で勉強しないの?」

「ここが集中できるから」

「そう…?」

「そうだよ」

本当は家に帰りたくなかった。

医者の父親は忙しくて家には帰って来ない。

母親は二年前に病気で亡くなっていた。

家に帰っても、亡くなったの母親の思い出ばかりの家に一人でいるのは辛かった。

「でも、いつもそんなに勉強してすごいね」

「医大に行くから、勉強しないと」

「すごい!お医者さんになるの?」

「そうだよ。一人でも多くの人を助けたいんだ…」

「えらい!」

「えらくなんかない…。母さんが亡くなる時、僕は何もできなかった。もし、僕が優秀な医者だったら母さんは…」

桜介は哀しそうに目を細めると、うつむく。

「もう、母さんのように誰にも死んでほしくないんだ。だから、医者になる」

「…すごいね」

朱音は穏やかな笑顔で言った。

「きっと、なれるよ。大丈夫!あたし応援する」

朱音はニッコリ笑って言った。

「…」

桜介は、そんな朱音を不思議そうに見ていた。

どうして、こんなに僕のために…?

それから、勉強を重ね、大学受験の時期になった。

その時期なると、朱音は教室には姿を見せなくなった。

大学受験の殺伐とした空気がいやなのか、桜介に飽きてしまったのか…。

受験日の前日、納得のいくまで勉強した桜介は塾から出てきた。

時間は夜の十時を過ぎていた。

一月の夜ということもあり、空気は冷たく吐く息は白かった。

塾の玄関を出て、すぐのところに朱音が立っていた。

コートを着てマフラーをして、寒くて赤くなった頬でニッコリ笑っていた。

「久しぶり。最近、教室に来ないから心配してたよ。風邪でもひいたんじゃないかって」

「受験近いから、勉強に集中してもらおうと思って行かなかったの。でも、今日は、どうしても会いたかった。だから、待ってたの」

「待ってたって…。いつから、そこに…」

言いかけて、桜介は朱音のクラスが八時には終わっていることを思い出した。

「まさか…塾が終わってから二時間も、ここに立ってたのか?」

「うん…」

朱音は笑顔で言った。

「これ」

朱音は手袋をつけた手に握っていたお守りを差し出す。

「このために…?」

「応援するって言ったでしょ?お守りしかあげれないけど。明日の試験、頑張ってね。絶対、合格して医者になってね!」

朱音はニコニコしながら言った。

「…そのために」

桜介は嬉しくて目を潤ませた。

そして、朱音からお守りを受け取る。

そのお守りは冷たくて、朱音がどれだけの寒さの中でまっていたのかが想像できた。

「朱音。ありがとう…」

桜介は涙を堪えるように瞼を閉じた。

「僕、絶対、医者になるから…」

「うん」

桜介が震える声で言うと、朱音は笑顔で答えた。

そして、桜介は見事、志望した大学に合格した。


 月日は流れ、桜介は大学に入学し半年が経とうとしていた。

桜介は、その日の講義が終わると街にある図書館に向かう。

その図書館は、図書館内にカフェがあり自由に飲み物を飲みながら読書ができた。

桜介はカフェでキリマンジャロを買うと、いつもの窓際の席に座った。

テキストを広げると勉強を始める。

勉強を始めて一時間ほどすると、いつものように朱音がやって来る。

授業が終わって急いで走ってきたのか、息を切らしながら笑顔を見せる。

「また、走ってきた?」

「うん」

「急がなくても、僕はいなくならないよ」

「でも、急がないと一緒にいる時間は短くなるのよ」

朱音は笑って言った。

「一緒にって、勉強を教えるだけだよ」

桜介は、ため息をついた。

「それでも、一緒にいるでしょ?」

朱音は嬉しそうに笑った。

何を言っても駄目だと、桜介は自分のテキストを閉じた。

「さあ、朱音のテキストを出して。勉強を教えるから」

「うん」

朱音はテキストを出す。

「僕は飲み物買ってくるから、何がいい?」

朱音は桜介の飲んでいるキリマンジャロを見た。

「キリマンジャロ!」

「だめだよ。また、残すから。飲めないのに僕のマネしないの。朱音はオレンジジュースね」

「はーい」

朱音は舌を出して、返事をする。

しばらくすると、桜介がオレンジジュースを買ってきて、テーブルに置いた。

そして、朱音の向かい側の席に座った。

「さあ、始めようか」

「うん」

桜介が大学に合格した後、朱音も桜介と同じ大学に行きたいと言って聞かなかった。

しかたなく、桜介は朱音に勉強を教えることにした。

桜介は大学の講義が終わってから、朱音は高校の授業が終わってから、この図書館で待ち合わせして、桜介が勉強を教えるようになっていた。

桜介に会うのを楽しみにしている朱音は妹のようで可愛かった。

だけど、桜介は時々思う。

どうして、僕なんだろう?

僕なんて勉強しかできなくて、一緒にいて楽しいとは思えない。

そんなことを考えながら、桜介は勉強に集中する朱音を見ていた。

「…朱音。朱音は、どうして僕と一緒にいたいの?楽しいとは思えないけど」

朱音のように明るくて元気で素直なら、まだしも…。

朱音は勉強の手を止め、顔を上げると、桜介の顔を見る。

「桜介は一人でも多くの人を助けるために医者になるんでしょ?だからよ」

「え?意味がわからない?」

「自分のためじゃなく、他人のために頑張ってる桜介と一緒にると気持ちが温かくなる。もっと、一緒にいたくなるの」

朱音は笑顔で言った。

「…」

桜介は何も言えず、朱音をじっと見つめていた。

そんなことを言われたのは、初めてだった。

一緒にいて気持ちが温かくなる…。

桜介は自分の知らない一面を朱音によって知らされる。

僕にもいいところがあったんだ…。


 桜介が大学に入学して一年が経ち、桜介にとって朱音はなくてはならい存在になっていた。

桜介はいつものように図書館で朱音が来るのを心待ちにしていた。

今では朱音が来るのが少しでも遅いと、心配でしょうがない。

というのも、最近は天の羽という宗教団体の魔女狩りが活発化していた。

天の羽の魔女狩りは二年前から始まっていた。

最初は人々が恐怖するほどの勢いはなかった。

警察も機能していた。

しかし、二年経った今では、警察の力も及ばないほど、その活動は活発化している。

毎日、当たり前のように誰かが魔女狩りに遭って命を落としていた。

窓から外を見ると、暗雲が立ち込め今にも雨が降りそうだった。

朱音は傘を持ってるだろうか?

そんなことをボンヤリと考えながら、窓の外の景色を見ていた。

桜介のいる席の窓から見える景色は、様々なショップの並ぶ道を人混みが埋め尽くしている。

この辺りにあるショップは高級ブランドではないが、雑誌に取り上げられることが多く客が押し寄せてくる。

そんなショップ街にある図書館は場違いに思えるが、外装はカフェに見える造りなので違和感はなかった。

早く朱音が来ないか…と、人混みを見ていると、急に人混みから悲鳴が聞こえた。

人混みが割れ、そこから誰かが走って来る。

肩まで伸びたサラサラの黒髪を揺らしながら、ブレザーの制服を着て走って来る少女。

「朱音!」

その後ろからはローブを着た天の羽達が追いかけてくる。

よく見れば朱音の服にはナイフで切りつけられた後があり、腕や肩から血が滲んでいた。

桜介は思わず図書館から駆け出す。

図書館から出ると、桜介に気づいた朱音が涙を零しながら走って来る。

「桜介!」

「朱音!」

桜介も朱音に駆け寄る。

しかし、朱音は天の羽に捕まってしまう。

「やめろー!」

桜介は朱音を捕まえた天の羽を殴り倒す。

しかし、他の天の羽に後ろ手に抑え込まれる。

「離せー!」

朱音は天の羽に捕まる。

「朱音!」

桜介は朱音を助けようともがく。

桜介のあまりの力に抑え込むのも限界のようだ。

「ちっ!ここでやるか。その娘を殺せ!今、ここで!」

桜介を抑え込んでいる天の羽が言った。

「やめろ!させるか!」

桜介は更にもがく。

「早くやれ!」

桜介を押えている天の羽が叫ぶと、朱音を捕まえていた天の羽が朱音を羽交い絞めにし、もう一人の天の羽が朱音の胸をナイフで刺した。

そう、それは心臓のある辺りだった。

「うっ…!」

朱音の体から力が抜けていく。

「朱音ー!」

それを見た桜介は天の羽を振り払い、朱音のもとに走った。

桜介は朱音を刺した天の羽と、朱音を羽交い絞めにしていた天の羽を叩きのめすと、朱音を抱きかかえた。

朱音の胸にナイフは刺さったままだった。

抜いてしまえば、朱音は出血多量で死んでしまう。

桜介は持っていたスマホで電話し、救急車を呼んだ。

その頃には天の羽達は姿を消していた。

「朱音!朱音!」

「桜介…」

涙の流れる瞳で、朱音はやっと桜介の姿をとらえる。

「あたし…死ぬの?」

「そんなこと、させない!僕がなんとかする!」

「ありがとう」

朱音は嬉しそうに笑った。

「最後にその言葉が聞けて嬉しかった」

「最後なんかじゃない!僕が朱音を死なせない!」

「…うん」

朱音は自分が死んでしまいそうだというのに、幸せそうに笑った。

桜介が必死になってくれたのが嬉しかった。

それだけ、大切にされてる。

朱音には、それだけで良かった。

幸せな気持ちに包まれ、朱音は瞼を閉じた。

しかし、朱音は、この後奇跡的に命を取り留める。



 その日は澪の義体が出来上がり、屋敷に帰る日だった。

義体の施設の処置室で義体を取り換えていた。

澪のいる処置室は特別な処置室だった。

体全てを義体に取り換える、手術室にも似たような特殊な機材のある処置室だった。

体全ての義体を取り換えるという特殊な内容から、高度な技術と時間が必要となる。

そのため、澪は朝九時に処置室に入り、午後一時を過ぎても処置室から出てこない。

澪が処置室に入る時に付き添い、それかれらずっと慎は処置室近くの待合室にいた。

一緒についてきた仁も同じだった。

希道は仕事で立ち会うことはできなかったが、慎がいるなら大丈夫と安心して仕事に行った。

仁は待合室のソファーに座り、テレビを見ている。

テーブルに置いてあるコーヒーカップの中は、すでに空っぽだった。

慎はというと、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

目の前のテーブルのコーヒーカップのコーヒーには、ほとんど口をつけてなかったようで、カップの中にはコーヒーがほとんど残っていた。

「なあ、慎。もう午後一時だぞ。腹減らないか?」

仁がため息交じりに言った。

「食べてきていいよ。俺は、ここで待つから」

慎は穏やかな態度で言った。

「…なんだかな。その態度。急に大人になったみたいで変な感じだな。この前まで、いじけてたクソガキだったのに」

「それ褒めてる?言葉にトゲしかないけど。もしかして、ケンカ売ってる?」

慎は仁を睨む。

「いやいや。寂しいのさ。おまえの保護者として、おまえをずっと見てきたのに、俺の知らないところで大人になりやがって」

仁は苦笑いしながら言った。

「親離れしたんだよ」

慎は笑って言った。

「まあ、胸につっかえてたものがなくなったからだろうけど」

それは希道とのことを示していた。

「…かもな」

慎は微笑んだ。

その時だった。

待合室の壁に設置されたスマートフォン型の通信機から呼び出し音が鳴る。

慎が画面に触れると、通話がオンになる。

「澪様の義体取り換えが終わりました。待合室隣の待機室に澪様は移しました」

「わかった。ありがとう」

そう言うと慎は通話を切った。

仁が立ち上がり、嬉しそうに背伸びをした。

「やっとか!メシだ!」

「その前に澪だよ」

慎はため息をつきながら言った。

慎と仁は待合室から出ると、隣の待機室に行った。

そこは義体の取り換えが済んだ後に正常に動くかを診る場所で、そこで問題がなければ澪は帰れる。

待機室に入ると、椅子に座った澪の足を曲げたり伸ばしたりしている男性の技師がいた。

「これはどうです?前と違和感ありませんか?」

「大丈夫」

澪は答えながら、慎に気づく。

「慎!」

澪は嬉しそうに笑う。

慎の目の前の澪は義体が壊れる前と変わらない姿でいた。

まるで、義体が壊れたのが嘘のようだった。

「よかった。体はすっかり元通りみたいだ」

慎は穏やかな笑顔で言った。

「うん」

「で、どうなんだ?澪の義体の状態は?」

慎は技師に聞いた。

「不具合はないようです。家に帰られて大丈夫ですよ」

技師は穏やか笑顔で言った。

「やったー」

澪は嬉しそうに言った。

「じゃあ、帰ろうか」

「いや、待て」

そう言ったのは仁だった。

「まだ、昼を食べてない。この施設には食堂があっただろ?俺、そこで食ってくる」

「そんなにお腹空いたのか…?」

慎は呆れたように言う。

「おまえは大丈夫なのか?」

「限界過ぎたら、平気になった」

「大人だな~。でも、俺は無理だ」

「わかったよ。行ってこいよ。俺は澪と中庭でも散歩してくるよ」

「お!言ってこい!」

仁は元気に言うと、食堂に向かった。


 しばらくして、慎は澪と施設にある中庭を歩いていた。

屋敷の中庭とは違い東屋はなかったが、遊歩道に沿って綺麗に整備された花壇と木々が植えられ、見渡しのいい場所だった。

「希道さんから聞いたよ。大丈夫?」

澪は心配そうに言った。

「うん。本当のことがわかってよかったよ」

慎は穏やかな笑顔で言った。

それは今まで自分の心を縛っていたものから解き放たれたからこその笑顔だった。

「なんか…。慎、変わったね」

「そう?」

「うん。一緒にいると落ち着く」

このまま、一緒にいられたら…。

慎は澪の手を握る。

「慎…?」

「一緒にいて落ち着くなら、このまま一緒にいればいい」

慎はニッコリ笑って言った。

そして、その後は何も言わずに澪の手を握ったまま歩いていく。

澪も、何も言わず歩いていく。

言葉はいらなかった。

ただ、二人で一緒に歩く、この時間が心地よかった。


 慎達が屋敷に帰ると、光樹が待っていた。

光樹は応接室に通され、ソファーに座り待っていた。

慎達が応接室に入って来ると立ち上がる。

「慎…!」

「光樹。どうした?急に?」

慎は落ち着いた様子で言った。

「澪のことが気になってたのか?」

仁はからかうように言う。

「何言ってるの。光樹さんは、慎に大事な用事があるのよ。そうでしょ?」

澪は光樹を見て言った。

「そうなんだ。急を要する事なんだ」

光樹は重苦しい表情の顔で、ため息をつく。

「何があった?」

光樹の表情から、事態の重さを察した慎は極めて落ち着いた声で言った。

「また、術後の定期検診にきた患者が行方不明になった」

「またか…」

「今度は八歳の子供だ」

光樹は今までになく辛そうな顔で言った。

「八歳の子供が…」

宮野悠真みやのゆうま小学校二年生の男の子だ。昨日、母親が定期検診の後に交番へ駈け込んで来た。桜介さんの患者で、術後の検診のが終わり、母親が会計をしている間にいなくなった」

「目撃者は?」

「捜査員を全て動員して調べたがいなかった。病院の監視カメラも調べたが映っていなかった…。とういうより、桜介さんが証拠隠滅した可能性は高いが…」

「そうか。もし、その子が連れていかれるなら、朱音のいる場所のはず。おそらくだけど、今までの被害者の心臓がなくなっていたことから考えると…朱音には心臓移植が必要で、今まで朱音の体に適合する心臓の人間を殺していたんじゃないか?」

「桜介さんは自分が手術をした患者の中で、朱音に適合する心臓を持っている患者をターゲットにしていたってことか…」

「だが、すべて適合しなかった。だから、連続殺人へと発展したってことか」

ふいに慎と光樹の会話に入ってきた仁が、ため息をついた。

「朱音には可哀相だけど。これ以上、誰かが殺されるのを黙って見てるわけにはいかない。光樹、すぐに子供を助けに行こう。俺に、こんな話をしにきたってことは、朱音のいる場所は特定できてるんだろ?ただ、警察が踏み込む決め手がなくて、警察が踏み込めない。そういうことだよな?」

「さすが、慎」

光樹は穏やかに笑った。

「朱音が言っていた。海の見えるところ…。桜介さんのいる病院は院長兼理事長である、桜介さんの父親が経営する医療法人阿久津グループの経営する病院の一つなんだ。他にも同じ阿久津グループ経営の病院が幾つかあって、その病院の院長は他の人間に任されている。その阿久津グループの傘下に海の近くにあるホスピスがある。たぶん、その場所のことだとは思うが、何しろ決め手になるものがない」

「場所がわかってるなら早い。すぐに行こう。何かあっても、もみ消してくれるさ。あの人…」

慎は言いかけて、言葉を止める。

「いや…父さんがだ」

慎は穏やかな表情で言った。

「なんか…バカ息子の言葉に聞こえるな。そのままだと」

仁は苦笑した。

「本当に」

光樹も笑った。

澪は、何も言わずに慎を優しい眼差しで見ていた。


 それから、しばらくして慎達はホスピスの駐車場にいた。

そこは海の見える丘の上に建つホスピス専門の病院だった。

そこから見える海は澄み渡っていて、潮の香りと海鳥の鳴き声が心地良く、着いたのが夕暮れということもあり、ゆったりとした気持ちにさせる。

殺伐とした現実を忘れてしまうような癒しの空間だった。

人が穏やかな最期を迎えるにはうってつけの場所に思えた。

慎は車から降りると、ホスピスの病棟を眺める。

「あそこに朱音と行方不明の子供がいるのか…」

「で、どうする気だ?朱音のいる場所の目星はついているのか?」

仁は光樹を見た。

「それが、さっぱりだ」

「らしくないな…」

仁はため息をついた。

「いや…この前、桜介さんの病院で見たような機材を置ける場所がないんだ。手に入れた設計図を見る限り。もし、設計図にもない地下があるとしても、探すのは至難の業だ」

「…そうでもないかも」

そう言ったのは澪だった。

「道案内が来てるわよ」

ニッコリ笑う澪の隣にホログラムの朱音が立っていた。

「朱音!」

「きっと、来ると思ってた。本当は知らせたかったんだけど、あたし動けなくて。この前、外に出たのが桜介に知られて、敷地内から出れないように設定されてたの。でも、来てくれて良かった」

朱音は嬉しそうに笑った後に沈んだ表情を見せる。

「今度は子供が殺される。あたし、子供を犠牲にして生きるなんて嫌よ」

「わかってるよ。だから、みんなで来たんだよ」

澪は優しく笑った。

「ありがとう」

朱音は嬉しそうに笑った。

「あの、やっぱり、これまで殺された人は心臓を君に移植するために殺されたの?」

光樹は優しく尋ねる。

「そうよ。あたしがどうやって生きてるのかは、自分でもわからない。医学には詳しくなくて。でも、心臓全ての代わりになる人工心臓はないらしいの。心臓の補助をできる人工心臓ならあるけど。だから、心臓を移植するしかなくて…」

「どうやって生きてるか、わからないって、どういう意味?」

話を聞いていて、その言葉が引っかかっていた慎が言った。

「あたしの体には心臓がないの」

「心臓が…?でも、生きてるよね?」

「そうよ」

「特別な装置を開発して使っているのか…?」

光樹が考え込むように言った。

「金なら、ありそうだからな。ま、桜介に聞くのが一番だろ」

仁はホスピスを見ながら言った。

「そんなことができる人が殺人なんて…。他に方法を見つけられるかもしれないのに…」

澪は朱音を労わるように見る。

「そうね。でも、桜介にできないのなら、最初から無理なのよ」

朱音は哀しそうに言った。

「さあ、行きましょう。案内するわ」

朱音は元気に言って、歩き出す。

「待って!朱音」

澪は朱音の隣を歩いていく。

その後を慎と光樹、仁が歩いていく。

『ねぇ、澪。聞こえる』

「え…?」

澪は朱音を見た。

その声は音声ではなく、澪の頭に直接聞こえてきた。

『知ってるとは思うけど。あなたの体はネット回線で義体の機能管理がされている。だから、そこを利用して直接、澪の頭に言葉を送っているの。他の人には聞こえないわ』

「そんなことができるの?」

『そうよ』

朱音はニッコリ笑った。

『こんなことをしたのは、澪にだけ話したいことがあったの。澪なら、あたしの気持ちをわかってくれると思って』

朱音は哀しそうに笑った。

「朱音…」

『桜介のことなの』

「うん」

『桜介は、たくさんの人を殺してしまったけど。本当は優しい人だったの。天の羽に殺されかけた、あたしを見捨てることができず。こんなことになってしまった。きっと、あたしの存在が桜介を追い詰めて行ったのね…』

朱音は哀しそうにうつむいた。

『本当なら、あたしは死んでもおかしくない状態だった。でも、奇跡的に助かった。きっと、それがいけなかったのよ。本当は死ぬはずの人間が何らかの方法で生きるということは、他の人間の人生を歪めてしまうのかもしれない。桜介のように…』

朱音は辛そうに瞼を閉じた。

『できるなら、桜介を自由にしてあげたい。あたしの命という重荷から』

朱音の目から涙が零れ落ちる。

その涙は頬を伝い、頬を離れ地面に落ちる前に消える。

例え涙を流せたとしも、それはホログラムでしかない。

その場には存在しない。

そのことが一層、朱音の哀しみの深さを感じさせる。

「あたしも同じかもしれない」

澪は哀しそうに言った。

泪が死んだのは、あたしが泪の人生を狂わせたからかもしれない。

じゃなければ、あの泪が死ぬなんて…。

きっと、あたしも重荷だったのかもしれない。

だとしたら、慎も…。

澪は後ろを歩く慎を見た。

「澪?どうした?」

澪の視線に気づいた慎は穏やかな笑顔で言った。

あの笑顔を泪が死んだ時のように失うことになるかもしれない…。

「ううん。何でもない」

無理に笑って、そう言うと澪は朱音の方を向いた。

慎は、その澪の笑顔に違和感を感じていた。


 それから、朱音の案内で病棟裏にある非常口から病棟に入っていく。

通路を歩いていくと二十畳ほどの談話室があり、テレビやソファー、お茶が飲めるようにテーブルと椅子も幾つかあった。

海に面する方は一面窓ガラスになっていて、オレンジ色に染まった海が見えた。

「変だ」

そう言ったのは慎だった。

「確かに」

仁が辺りを見回す。

「朱音。どうして、ここはこんなに人がいないの?」

そう言ったのは光樹だった。

「そういえば…」

朱音は辺りを見回す。

「本当に…。病院なのに…看護士さんの姿も見ない…」

澪が、そう言った瞬間だった。

ナイフを持った黒づくめの男が慎目掛けて飛び掛かって来る。

仁は慎の前に立ち、ナイフを抜き黒ずくめの男のナイフを受ける。

金属のぶつかる音がして、黒ずくめの男は後ろに飛びのく。

「光樹!慎を連れてけ!こいつのターゲットは慎だ。なぜだか知らんが」

「わかった!朱音。案内を!」

「はい」

朱音は先に走り出す。

「行くぞ!慎!」

「でも!仁が!」

「守るべき、おまえがいれば仁も戦いにくい!足手まといにしかならない」

慎は初めて黒ずくめの男に命を狙われた時のことを思い出す。

俺がいれば、仁だけでなく澪も…今度は光樹も犠牲にしてしまうかもしれない。

慎は堅く目を閉じた。

「…わかった」

そう言うと澪の手を掴んだ。

「行こう。澪」

「うん」

澪は慎に手を引っ張られながら走る。

黒づくめの男と戦う仁を見ながら。

仁の姿は、澪を守る慎の姿と重なって見えた。

澪は寂しそうに目を細めた。

慎達がいなくなると、黒づくめの男はあきらめたように仁を倒そうと、仁に視線を合わせた。

「これで二回目だな。命を狙われるのは」

すると、黒づくめの男はニヤリと笑う。

「何言ってる?三回目だよ」

そう言いながら、右手に持ったナイフで仁に切りかかってくる。

「いやいや…。路地裏で会ったのが最初だろ?おまえこそ、何言ってる?」

黒づくめの男のナイフを自分の持つナイフで弾きながら、仁は言った。

「最初は病院だ。割れたガラスで死ぬはずだった」

「…あれは、おまえの仕業だったのか」

「あの慎ってヤツが老婆を助けさえしなければ…。最小限の犠牲で済んだんだ。あんんなに人が犠牲になることはなかったんだ!」

黒づくめの男は悔しそうに言った。

「それで、慎を一番に狙うのか」

「そうだ。あいつのせいで、何の関係もない人間の犠牲が増えた!あいつを一番に殺す!」

「そりゃ、慎のせいじゃないだろ。誰かの命を狙うってことは周りにいる人間も犠牲になる。それを哀しむなんて、おまえ本当に殺し屋か?」

黒づくめの男は、またナイフで切りかかる。

しかし、動きが鈍い。

ナイフで受けるまでもなく、仁は殺し屋のナイフを避けた。

「なんだ、感情的になって手元が狂ったか…?本当、変なやつだな。殺し屋のくせに関係のない人間は殺したくないなんて」

「うるさい…!」

黒ずくめの男のナイフを持つ手が震えている。

しかし、その震え方は不自然だった。

手からは、よく耳をすますとカタカタと小さな音がしていた。

「おまえのその手、義手だな…?しかも、ナイフを扱うのには不向きな義手…。銃向きの義手だな。さっき、俺がナイフを弾いた時に義手を損傷したか…。俺相手なら、そうなるとわかるはずだ。それでも、ナイフを持ったのは…この病院患者を巻き添えにしないためか…?」

「…!」

「弱者を巻き込めない…か。おまえ魔女狩りの被害者だろ…」

「だとしたら、何だ?」

「何で、殺し屋なんてしてる?」

「俺は魔女狩りの被害者であり、大切な家族を失った。だから、せめて誰かの家族を守りたかった」

「そのために殺し屋か…。他に方法があっただろうに」

「おまえに何がわかる!」

「俺だって、魔女狩りの被害者で遺族だ。でも、俺の場合は人に恵まれたのかもな。だから、おまえのようにならずに済んだのかもしれない…」

仁はため息をついた。

「一つ間違えば、俺だって、おまえのようになっていたかもしれないな」

「だから、何だ?俺を憐れむのか…?」

「いや。いい大人なんだ。殺し屋になったのは自己責任だろ。でも、どうして…?病院患者を気遣える優しさを持ちながら、殺し屋なんて続けてる?どうしても、わからない」

「優しいか…」

黒ずくめの男は目を細めた。

「俺は最低の人間だ…。俺は何の罪もない人間を殺した。何人も何人も殺してきた。俺は何をやってきたんだろう。もう、こんなことは終わりにしたい…。もう、疲れたよ」

そう言うと、黒ずくめの男はナイフを捨て、慎達が歩いて行った方向に向かって歩き出す。

「待て!」

「心配するな。あの慎ってヤツは、もう襲わない」

「じゃあ、何しに行く気だ?」

「全てを終わらせる。最低な生き方を選んだ俺の手でな…」

黒ずくめの男は寂しそうに笑うと、歩き出す。

「おまえもついてくるなら、ついてくればいい」

「おまえ…」

仁は、それ以上何も言わずに黒ずくめの男の後を歩いていった。

黒ずくめの男からの言葉からは覚悟が伝わってきた。

それは、殺し屋としてのものではなく。

一人の人間としてのものだった。


 朱音に案内されて着いたのは、最上階にあるホスピスでも一番いい景色が見れる特別室だったが、部屋の中は手術室そのものだった。

そこには桜介の病院の地下室にあった機材が持ち込まれ、手術台の一つには朱音の体が眠っていた。

もう一つの手術台には眠らされた男の子がいた。

慎が扉を開けると同時に光樹が拳銃を抜いた。

「動くな!警察だ!」

部屋の中には桜介以外に手術フタッフが数名いた。

男の子は傷一つなく無事だった。

朱音の体はというと、手術台の上にあり、胸の真ん中あたりに機材から出ている管が繋がっている。

管は透明で、管の中を血液が流れているのが見えた。

「この機械で朱音は生きているのか…?心臓がなくても」

慎は不思議なものを見るように機材を見つめていた。

「そうだよ。手術で使う人工心肺装置を改良したものだ」

冷めた表情で桜介が言った。

「ただ、これをつけて動き回ることはできない。だから、体を眠らせて、朱音の意識だけは自由に動き回れるようにしてある。だけど…」

桜介はため息をつく。

「だけど…?何だ?」

「この人工心肺装置では限界のようだ。一年前から、朱音の他の臓器の機能が落ち始めている。早く心臓移植をしないと、朱音は…」

桜介は朱音の体を見た。

朱音の体は、よく見ると土気色でまるで死人の肌のように見えた。

腕や足はゲッソリとやせ細り、骨と皮だけになっていた。

顔は頬骨が浮き上がり、ホログラムの朱音の面影の欠片もない別人のように見えた。

「桜介さん。朱音には悪いけど。この状況を見る限り、朱音はもう…」

光樹はため息をついた。

「桜介。もう、いいの」

ホログラムの朱音が言った。

「朱音。俺はおまえを救いたいんだ」

「どう見ても、あたしを助けるのは無理よ」

朱音は首を横に振った。

「そんなことない!今度こそ!あの子供の心臓なら…!」

「やめて!あなたは一人でも多くの命を助けたいからって医者になるような、優しい人だったはず…。そんなこと言わないで!」

朱音は哀しそうに桜介を見た。

「朱音…」

「あなたをこんなにしてしまったのは、きっと…あたしね」

「違う!朱音は悪くない!」

桜介の頬に涙が零れる。

「お願い。桜介。あたしの体に繋がっている人工心肺装置を外して。あなたをあたしという重荷から解放したいの。そして、優しいあなたに戻って」

「いやだ…!僕には朱音が必要なんだ!」

桜介の目から涙が溢れ出す。

その時、黒ずくめの男と仁が病室に入って来る。

「あ…おまえ!こいつらを殺せ!僕の言うことなら何でも聞くんだろ!」

桜介は黒ずくめの男に向かって言った。

黒ずくめの男は答えず、人工心肺装置に向かって歩くと、人工心肺装置を義手の方の手で叩き壊した。

「おい!待て!何してる!」

止めに来た桜介を黒ずくめの男は振り払い、人工心肺装置を破壊していく。

「やめろ!やめろおぉぉぉ!」

桜介は叫びながら、黒ずくめの男にしがみついた。

しかし、黒ずくめの男は人工心肺装置を破壊しきると、息を切らしながら、その場に座り込んだ。

黒ずくめの男にしがみついていた桜介は力なく、その場に座り込んでいた。

「ありがとう」

ホログラムの朱音は黒ずくめの男に向かって言った。

「礼なんて、いい。俺は終わらせにきたんだ。こんなこと…。神に逆らって死ぬはずの人間を生かすなんてことをしたから、犠牲者が増えていった。こうなる前に踏みとどまれなかった。俺の責任だ…」

人工心臓装置を破壊しつくした黒ずくめの男の右手の義手はボコボコに歪み、腕とのつなぎ目からは血が流れていた。

「そう。あなたも苦しかったのね。あたしと同じ」

そう言うと朱音は桜介を見た。

「桜介。今まで、ありがとう」

「朱音…」

桜介は這いつくばって、朱音のホロクラムの傍に行く。

そして、涙でグシャグシャの顔で朱音を見る。

「僕はどうすれば…。朱音がいなければ僕は…」

「桜介。大丈夫。あなたには人を思う優しさがある。これから、本当のあなたに戻るのよ。そして、今度は多くの命を助けてあげて。あたしを助けたように」

朱音は優しく笑うと、桜介の頭を撫でる仕草をする。

ホログラムである朱音は桜介に触れることはできないが、気持ちだけでもそうしたかったのだろう。

「朱音…」

「今まで、ありがとう。さよなら」

朱音のホロクラムは桜介に微笑みながら消えていった。

桜介は、その場に膝をついた。

「なぜだ…?なぜ、朱音を殺した…?」

「なぜ…か。おまえには酷だが、本当のことを知る権利があるな」

「本当のこと…だと?」

「朱音を天の羽に襲わせるように俺に指示したのは、おまえの父親だ」

「…何言ってる?嘘だろ?」

「嘘だと思うなら、自分の父親に聞いてみろ。俺が最初に請け負った汚い仕事だ。その時の負い目から俺は、おまえの言うままに人を殺してきた」

「なあ…。嘘だろ?嘘だって言ってくれよ」

「残念だが本当だ。ただ、予定では殺すはずじゃなかった。ただ、脅して、おまえと別れるように仕組むはずだったが…天の羽の奴らが…」

「そんな…。じゃあ、朱音は僕といたせいで?僕と出会わなかったら朱音は…」

「それは何とも言えない…。あの時は魔女狩りの真っ最中だ。誰がどんな状況で魔女狩りに遭ってもおかしくない。おまえと出会わなくても魔女狩りで死んでいたかもしれない」

「…ううっ」

桜介は床に両手をついて泣いた。

黒ずくめの男は、その姿を哀しそうに見ていた。

黒ずくめの男は前にも、桜介のこんな姿を見たことがある。

 そう、それは一年前だった。

朱音の体が肺炎を起こした時だった。

集中治療室で眠る朱音の前で桜介は泣いていた。

その時、黒ずくめの男は集中治療室の外に院長と立っていた。

「もう、あの娘の肺は長くもたない。ずっと、人工心肺装置をつけて肺を使わなかったせいで肺が弱ってる。今回、乗り切っても次はないだろう」

院長はため息をついた。

「そうか…」

「私は後悔してるんだ。あの時、あの娘を襲わせたことを。桜介がこんなにも、あの娘を想っているとは思わなかった。あの娘の体調が悪くなると、桜介は食事もとらず、眠ることさえなく、あの娘の体調が回復するまで、あの娘から離れない。もし、あの娘が死んだら桜介は…」

院長は辛そうに桜介の姿を見た。

「頼む。桜介の力になってやってくれ」

「力にって…俺にあの娘を助けられるわけが…。医者でもないのに…」

「方法はある。心臓移植だ。ただ、通常ならドナーが現れるのを待つしかないが…。それでは間に合わん」

「つまり、違法な方法でやるから、俺に協力しろ…と」

「そうだな。そういうことになるな。それでも桜介を救いたいんだ。こんなことになったのは私のせいだ。私は、あの時なんて馬鹿なことをしたんだ。桜介のためとはいえ…」

院長は目に涙をためた。

「俺も人を殺したのは、あの時が初めてだ」

「すまない…」

院長は目を伏せた。

黒ずくめの男は泣いている桜介を見た。

桜介はやせ細り、疲れた顔をしていた。

院長の言う通り、食事も睡眠もとっていないのだろう。

もし、あの娘が死んだら死んでしまう。

そう思わせるような姿をしている。

昔、家族を失った時の自分を思い出す。

大切な者を守れず、失う哀しみがどれだけのものか知っていた。

目の前の桜介が過去の自分と重なって見えた。

そして、その桜介の大切な朱音の命を奪いかけたのは他の誰でもない自分だ…。

黒ずくめの男は、ため息をつくと言った。

「わかった。協力しよう」


 人工心肺装置が壊され、朱音が死んでから数十分後、警察が到着し手術スタッフや黒ずくめの男、桜介が連行されていく。

男の子は救急車に乗せられ、病院へ搬送された。

光樹が指揮を取り、慎がそれを手伝う。

仁はその状況を呑気に見ていた。

「終わったな」

仁の隣には澪が立っていた。

「神に逆らって死ぬはずの人間を無理に生かすなんてことをしたら、誰かが犠牲者になるのかな…」

澪はポツリと言った。

「…ああ。そりゃ、ケースバイケースだな。おまえも朱音や桜介のようになるって思ってるのか?」

「わからない。でも、少し考えたいの。死んでいった両親や泪のことを想うと…」

「慎も同じように…てか?もう、魔女狩りは終わってるぜ」

「そうなんだけど、でも…」

澪はため息をついた。

「おまえの中で整理がつないか…?なら、整理がつくまで好きなだけ考えな」

仁は穏やかに言った。

「うん。そうする」

澪は落ち着いた口調で言うと、その場から姿を消した。


 桜介たちが連行され、ある程度状況が落ち着くと、慎は仁のところへやってきた。

「もう、終わったか?光樹は、どうした?」

「ああ。捜査本部に戻るから、今日は俺たちには帰れって」

慎は言いながら、目で澪を探した。

「澪なら、いないぞ。少し考えたいってさ」

「どこに行ったんだ?」

「わからんな。でも、ほっといてやれ」

「でも…」

「澪の義体はネット回線で機能管理されてるから、どこにいてもすぐに探し出せる。今は一人にしてやれ」

何があったか、慎にはわからない。

しかし、朱音と一緒にいた時のぎこちない笑顔。

何かあるんだろうとは思っていた。

それを仁に聞いても、答えてはくれないだろう。

希道の時と同じように…。

ただ、一つ云えることは…

今は澪を信じるしかなかった。

いつか帰ってきてくれると…。





 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る