行けるか!? ドキドキ出都検査!(1)

 デコボコの石畳の上を走る馬車の車輪の音。そのリズムに合わせて揺れる視界のせいで酔ってしまった私は、目をつぶり、首にかけた水筒のフタを開け素早く一口お水を飲んだ。


 加えて、真っ暗のせまーい木箱の中に膝を抱えて座り、息をひそめているからして、呼吸もままならなくなっちゃって。意識して深呼吸してみたんだけど。うう! 強烈なニオイが鼻から口にまで流れ込んで、っしゅん! くしゃみが出ちゃった! まずい! 二回めは口を閉じてかみ殺す。あと少しで王都の検問に差し掛かるところだもの、静かにしていないと!


「ごまかせるのは、おそらく四日、最長でも五日が限度だ。それまでにティーナでオウルと合流し仕事を終わらせ、ヘルマの馬車でまた帰ってきなさい。勝手な行動は厳禁! ゆめゆめ忘れぬように!」


 昨夜のあの騒ぎの後、声は小さいながらも、有無を言わさぬ強い口調で私たちは、エルクさんからそう言い渡された。外出は許可(秘密裏にだけど)するけれど、私たちはまだまだ新人。勝手な行動は危険だからして絶対禁止。ジャンさんや、現場にいるオウルさんの指示に必ず従うように。特にサクヤ!(あはは)と、きつく言い含められた。ティーナは王都から馬車で半日、南へ降った川下の海岸沿いにあるらしい。到着したらまずはオウルさんを探すこと。それが町についてから一番最初にすべき私たちの最優先ミッションとなったんだ。


 話が終わった後は、エルクさん、ウルカスさんの指示のもと、月明かりだけを頼りに、とにかくしずか〜に、そしてすばやく、順番に自室に戻り、最低限必要なものをリュックに詰め、身支度して、準備が終わった後は、みんなで固まって食堂で夜明けを待つことになった。


 出窓から見える空の色が黒から紺に変わり始め、うっすらあたりが白んできたかな? といった頃合い。王都をぐるりと囲む大滝から町に流れ込む朝靄がまだ深い早朝に、ヘルマさんの馬車が寮の庭の門をくぐり、玄関前に止まる音が聞こてきたんだ。


 先に出迎えたお二人が何か話されて……あれよあれよと言う間に、戻ってきたエルクさんに用意された二つの木箱に二人ずつ入るようせかされた。入って座る間もなくフタをされ、ミルク色の霧に紛れ、エルクさん達に運び出され、荷台に積みこまれるやいなや、馬車は寮を出発。それがついさっき、二十分ほど前の話だ。


 あ! そうそう! ジャンさんは別行動になった。


 彼はもともとお客様だし、謹慎とは関係ないものね。だから王都の冒険ギルド本部で話を聞いてから、一人で乗合馬車でティーナに向かうそうだ。いろいろ情報を集めてから、合流してくれるそうだから、ありがたい! 落ち合う場所はティーナのヘルマさんの別荘。町の東の端、人目につかない岬の奥にあるそうだから、そこを拠点とするといいとエルクさんにあらかじめ教えてもらったんだ。


 ヘルマさん、リスクの大きい突然のお願いにも関わらず、すんなり承諾してくれたようで申し訳ないやら、ありがたいやら。それに別荘のお部屋も貸してもらえるようだし。箱に入ったままだからきちんと挨拶できていないけど、あとでちゃんとお礼をいわなくちゃ……。


 そんなこんなしているうち、足元から伝わってくる振動の大きさで、馬車の台数が増えてきたのに気づく。車の数が増えてきたということはつまり、大通りに出たっていうこと。もう少しで、あの王都にかかる橋の入り口にある検問に差し掛かるに違いない。き、緊張するなあ。うまくパスできますように! そして。出来ることならこの箱の中から早く出たい……。


「ふっげえひほいはな、ほれ! ほい! へうま! はんへははんへぇほはほ!」


 って! 今、それ、言う?? 狭い箱の中、隣で同じようにひざを抱えていたサクヤが、限界だったのか、唐突に声を上げた。オウルさんとヘルマさんは付き合いが長いようだったけど、サクヤもどうやらヘルマさんと顔見知りらしいんだよね。でも無理言って乗せてもらってるにも関わらず、失礼極まりない態度だから慌ててしまう。しかももうすぐ検問に着くっていうのに! なんていい子ぶってしまったけど、実をいうと、その気持ち、わからなくもないんだよねぇ……。


「はふや、ほひふいて! ひふへひはから!」


 キツくは言えず、サクヤのシャツの脇を引いて、唇に指を当て、シーッとなだめる。って。そういえば、私たちが今何を言ったかぜんっぜんわからなかったよね? 実はね、この馬車。ティーナに納品する「あるもの」が納められた木箱を目一杯積んでいて、その「あるもの」の匂いが、あまりにもヒドくってね。みんな寮でエルクさんに渡された洗濯バサミで鼻をふさいでいるんだ。エルクさんにこれを渡された時、「そんな大げさな〜」なんて思ったけど、トンデモナイ。口を押さえるためのハンカチ、もっと持ってくればよかったなぁ、って後悔しちゃうほどなの。で、さっきの発言を訳させてもらうと、


「スッゲェ臭いだな、これ! おい! ヘルマ! 何とか何ねえのかこれ!」


 というサクヤの発言に対し、私が、


「サクヤ落ち着いて! 失礼だから!」


 って注意したっていうワケだ。でもそんな心配要らなかったみたい。


「仕方ないじゃろが! ティーナ町長特注の王都でしか作れない特別な「エサ」がめ〜いっぱい積まれてるんじゃからのう!」


 幌馬車の先頭、御者台で馬車を操るヘルマさんの(よくサクヤが言った内容が分かったなあ)、笑いを含んだ気風の良い声がすかさず降ってくる。そう! 「あるもの」の正体は、何かのエサらしいんだ。私たち四人は私とサクヤ、レトとラーテルさん、の二手に別れ、二つの木箱にそれぞれ入り、納品の荷物に紛れ身を隠している。ティーナは漁業の町でもあり、この特殊なエサを重宝してるらしい。よく釣れるという話だけど、一体何を材料にしているのやら臭いのなんの、もう〜目が回っちゃうほどなんだよね。鼻のいいレトなんかさっき「きゅう」って声を発して以来、気配がしてこない。きっと目を回しているんだろうな、かわいそうに……。


 エルクさんはこの季節、ティーナでは「あること」が起きて、これを大量に必要とするのだ、と言っていた。


 そうなると納品する量も増える。毎年のことなので兵の気もゆるむし、ヒドイ匂いで検品も雑になる、からして、首尾よく物事が進むハズ、と自信たっぷりに仰っていた。だから信じてウルカスさんの作戦に乗ったんだけど……今は手段をどうこう言っている場合じゃないし、それはよーく理解できているつもりなんだけど、私もめまいがしてきちゃった。そろそろ限界だよぉ(泣)。


「それがいい目隠しになってくれるじゃろうて! 後少し我慢せい。お、そろそろ検問じゃぞ!」


 検問! ヘルマさんの声に、車内に緊張が走る。私はギュッと胸に足を引き寄せ、膝小僧に額をつけた。馬車が次第に速度を落としていく。


「アーミー心配するなって! いざとなったら馬車ごとぶっ壊してやっから、騒ぎになってるうちに、みんなでティーナにいっちまおうぜ」


 私が震えているがわかったのか、隣のサクヤが景気づけにと、右手の拳で胸を打ち、だいそれた事を言い出した。またあ! けが人が出たらどうするつもりなの!? そっちの方がよっぽどコワイからヤメて! と口を開こうとしたら……ば、馬車が止まった!


 二頭の馬の荒い鼻息と、石畳で足踏みする乾いた蹄の音が響く。荷台からでは、はっきりとは聞き取れないけど、兵士とヘルマさんの会話がして、バサっと荷台の後ろ、布を持ち上げる音がした。後ろの幌が上げられたんだ。兵士がのぞいている!


 ガタガタと木箱をゆすり、乱暴にフタを開ける音。緊張と不安で心臓がバクバクして破裂しそう……! ギュッと全身に力を入れてるから、頭に血が上りのぼせそ倒れそうになり、私はひざ小僧にさらに額を押し付け、息を止め、ひたすら静かに、と身を固くした。お腹の音が鳴りそうになるのも、ぐーっとへこませて、必死にこらえる。どうか! どうか、気づかれませんように! 


 神様ああああーー!


「いつものアレか! この時期だから、量も多いし、クセェえ!」

「ああ、あれな。どおりで匂うワケだ。もういいだろう! 急ぎ、出るように!」


 兵士二人の声が交互にし、足音が遠ざかり、幌が下がる音がした。ヘルマさんの甲高い笑い声が上がり、馬のお尻をうつムチの音がして、馬が足を踏み鳴らし、車輪が軋み、荷台がゆっくりと動き始める。


 はあ……。なんとか抜けれたみたい。


 全身の毛穴から汗が吹き出し、耳がでろーんと垂れてしまう。横のサクヤも例外なく「はぁ〜」とふかーい溜息をついた。あんなこと言ってたけど、やっぱり緊張してたんだ。それを聞いたらなんだか私も一気に気が抜けちゃって、「ふぅ〜」っと口から長く息を吐き出してしまった。


 と。その時だ。


「待て! ……いや、お待ちください!」


 え? なに?? かかる突然の制止。ギクッと反射的に身を起こしたせいで、危うくフタに頭を打ちそうになってしまった。さっき会話をした二名の兵士とは違う声だ。馬車が再び悲鳴を上げ止まる。一瞬にして構えをとったサクヤの腕に、まだ待って! と手を掛け押さえつつ。


 私の頭の中は大パニックになってしまった。


 ウソ? もしかして私たちが乗っているってバレたとか? えええええ!! そうだったら、ど、どどどど、どうしよううう!!??

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