初めまして! のメンバー紹介(2)

 千年程前、私たちが住んでいるこの世界「テラマーテル」には、悪魔が住んでいた。その悪魔は同じく一緒に暮らしていたネオテールのすみかや命を奪ったりすることもあり、我が物顔で世界を支配していたそうだ。そんな暗黒の時代を終わらせようと千年前、大きな戦争が起きた。ネオテールのご先祖様は、たくさんの犠牲を払いながら悪魔と戦い倒し、時には魔法で地下に封じ込めたりして、テラマーテルから悪魔を追い払った。その結果世界に平和が訪れた。そして今に至る……。


 これはネオテールであれば誰もが知っているテラマーテルの歴史だ。この話を聞く限り、悪魔は千年前に滅びた、って思うのが普通だし、私もずうっとそう思ってきた。


 でも。


 前回の冒険でそれは違うんだって知った。何を隠そう、このサクヤこそが、千年前、ご先祖様に倒されたとされる悪魔本人だ、なんていうんだもの、当初、私もすっごくびっくりしたもんだ。


 前回探検したダンジョンの奥でずっと寝ていたサクヤを、私の魔力がどう作用したかわからないのだけど、きっかけとなり起こしてしまったのだ。彼が使うのは私と同じ「電気」の魔法なのだけれど、威力は桁違い。分厚い岩の壁を崩したり、見上げるような悪魔の眷属(悪魔が使役する気味の悪い生き物)を一撃で倒したりできるほど。でも、後から聞いたのだけれど、体内で魔力を生成することが出来ないらしく、外部から補給するしかないんだって。


 それでさっきのスキンシップの話につながるわけ! 私の電気の魔力を取り込みたいのはわかるけれど、事あるごとに私と手を繋ごうとか、挙げ句の果てに、き、キキキ……キスしようとか、なんとか、言い寄ってこられて! ああ! もおぉ! 信じられないでしょ? いつもは男嫌いのラーテルさんが追い払ってくれるんだけど、今はいないし。サクヤはその、そういうのさえなければ、明るくて、一緒にいて楽しいし、あれでいて優しいところもあるから、仲良く出来るかなって思うんだけれどなあ。とうぶんは油断ならぬ変態男子としか見れそうにないんだよねぇ。はあ。


 旧友であるオウルさんが帰ってきてくれれば、叱ってくれて、しっかりサクヤを止めてくれるんだろうけど……。


 あ、やっとここまでたどり着いた! 


 メンバー紹介の最後は、私たち四人が所属する遺跡調査課の課長であり、リーダーのオウルさんだ。合わせて遺跡調査課のことについてもお話しさせてもらうおうっと。


 180cmくらいはありそうな長身に、ストロベリーブロンドの長髪、藍色のローブ、赤いフレームのめがねに、黒い帽子にカラフルな石を連ねたペンダントや、ブレスレット、そしてサクヤと同じ黒いひしがたのピアスを右耳につけたオシャレな服装。年齢は聞かされていないけれど、二十代後半〜三十代前半で中性的で物静か、年上の男性がかもす落ち着いた魅力にあふれた大人な男性、それが私の彼に対する印象だったりする。


 私たちが働く遺跡調査課に長年お勤めで、仕事のみならず、時にはネオテールの歴史、世界のことについても丁寧に教えてくれて。物知りで、博識で、私たちにとっては上司、というより先生、と言ったイメージの方が近いかもしれない。


 王都の庁舎の一角にあり、私たちが働く「遺跡調査課」というのは、テラマーテルの各地に眠る、悪魔を封じたダンジョンを調査し記録に残す、という仕事をしている部署だ。千年前の戦争の時、倒しきれなかった悪魔を、ご先祖様たちは魔法で地面の下などに封じ込めたのだけれど、当時は混乱してたこともあり、どこに封じられたか今ではわからなくなってしまったものが多い。


 ということは。


 まだ世界各地に危険な悪魔が生き残っているってこと。何かの原因で目覚めたら危険でしょ? だからして、見つかったダンジョンを調査し、記録を残し、分析して、別のダンジョンを探し当て、その中に眠る悪魔を王都の騎士団や、協力者である冒険者たちが入り込んで、悪魔を退治する……その後、再び私たちが調査して、記録を残し、研究して新しいダンジョンを見つけ出し……というのを繰り返し、危険な悪魔を退治する手伝いをしよう! というのが目的の課なんだ。


 私たちメンバーは、基本属性以外の力を持っている。それは悪魔を払う、大きな力となる可能性を秘めている。だから仕事をしながら、歴史を学び、将来その力をどう使うべきか、考えて決めて欲しい。初めて遺跡調査課に入所した時、オウルさんは私たちにそう言っていた。だから私たちは、オウルさんは歴史に詳しいネオテールの一人だと信じて疑わなかった。でもそれは違った。


 まさか、オウルさん自身も、サクヤと同じ、「悪魔」だったなんて……。


 前回の冒険でオウルさんは、なぜか私たちを研修ダンジョンでない所へ導き、結果、私はそこで眠っていたサクヤを目覚めさせることになった。


 悪魔が悪魔を倒す仕事に手を貸しているなんて、普通に考えればおかしいじゃない? だから、最初、ラーテルさんも私も、オウルさんは悪魔を目覚めさせ、ネオテールを再び混乱に陥れようとしているのかと責めてしまった。けれど、そうではない、と彼はキッパリと否定した。オウルさんがいうに、この行動に及んだのは、調査課のメンバーや、特に、私、を守るためなだったのだと。実は悪魔は滅びてない、まだ各地で正体を隠しつつ生き残っているんだって。そして歴史に出てくるような破壊的な悪魔から、ネオテールに友好的な悪魔まで、様々なものがいるんだって。サクヤもオウルさんもネオテールに友好的な悪魔で、なんだかわからない大きな力を牽制するのにどうしても必要な行動だったのだと説明して。


 その後ダンジョンの爆発事件が起きて、オウルさんが大怪我を負って、助かってもすぐ王への説明やら、なんやらでゆっくり話ができなくてね。


 すべてかたがついたと思ったら、急に命令で、王都から南に降った所にある、港町ティーナで見つかった海底ダンジョンの捜査の応援に向かうことになってしまった。その間私たちは寮待機になり、オウルさんも二週間で戻るからと断言しておられたし、サクヤも「旦那なら大丈夫!」なんて言っているし、寮母さんのエルクさんたちも、おおらかな気持ちで待っていればいい、としか言ってくれなくて……。


 けれど!


 オウルさんは前回の冒険の最中、ダンジョンでケガをされる直前、確かに言った。「調査課のメンバー、そしてアーミーを巨大な力から守るため。レイチェルの二の舞にならぬように」って。オウルさんがサクヤを目覚めさせたのは、私を何かから守るためだったのかもしれない。それに今回の急な出張も、その行動が王様に咎められたからなんじゃ……。


 もちろん今まで何度となく、それとなくみんなに聞いてみようとした。でもそれぞれみんな話をはぐらかして、「気にするな」、「大丈夫だから」って取り合ってくれないんだ。


 でも、もしそうだとしたら、私のせいでオウルさんは危険な目に遭ってるっていうことになる。 それにレイチェル、さん? って一体誰? 昔、何があったというのだろう? 


「アーミー? どうした? 具合い、悪いの??」


 背後から声をかけられて、はっ我に帰り振り返った。知らぬ間に私は、考え事をしながら、目をギュッと閉じ、両手を握りしめ本棚の前に立ち尽くしていたらしい。いつの間にか席を立ち、私の背後から声をかけてくれたサクヤが、顔を覗き込んでくる。少し恥ずかしくて、小さく頷く。いや。ううん! でもやっぱり! 私、もう自分で自分をごまかすことができないよ!


「サクヤ、教えて! オウルさんは私のせいで港町へ行くことになってしまったんじゃないの!? 今、危険な目にあっているんじゃない!? それで帰ってこれないんじゃ? そうだとしたら、私」


 港町ティーナへ行って、オウルさんを助けたい!


 そう言いたかったけれど、慌てて口をつぐんだ。王都へ来たときの誓約書に、王の命令に背くことは許されない、と書かれていたのを思い出したからだ。私達は今王命で自宅待機中。それにここは王様の指定寮だ。寮母のエルクさんは規律に厳しい人だから、そんなこと言ったらきっとすごく怒ってしまうだろう。


 それでもやっぱり隠さないで欲しい、本当のことを知りたい!


 サクヤの腕をつかみ、自分でも信じられないほど大きな声で問い詰めてしまった。サクヤの顔と、真剣な話になるといつもはぐらかす黒い瞳を今日に限り逃さぬよう、しっかりと見据えて、とらえる。彼の黒い瞳の中には、真実を知りたい! どんな事実も受け止めて、そしてこの状況をなんとかしたい! という決意を胸に、唇をかみ涙を堪える自分の顔が映り込んでいる。サクヤは瞬きせず、私を見下ろした。そして、一度瞬きして……私を見つめ返す。サクヤの唇が小さく開く。


「アーミー、俺」


 サクヤ? サクヤも何か、迷っている? 悩んでいるの? 尋ねようとした、その時。



 チリン、チリン



 来客を告げるベルが鳴った。


 食堂の外、廊下を出てすぐの玄関の呼び鈴を誰かが鳴らしている。誰かしら? 来客? 聞いてなかったけれど。


「アーミー! まだ食堂にいるんだろう? すまんが対応してくれ。すぐに私も出るから」


 キッチンから声がした。洗い物をしている寮母のエルクさんだ。お互い我に返り視線を外してしまった。サクヤの本心が聞きたかった。けれど、エルクさんを待たせられないし、これ以上の話を続けるのは無理と判断し、私は渋々サクヤの腕から手を離した。


「急に、ごめんね」

「あ、ああ」


 普段なら飛びかかってくるはずのサクヤは下を向いたまま、黙ってしまった。とりあえず謝って、身をひるがえすと、玄関へと駆け出した。


 いつもなら絶対ついてくるのに追ってこない。やっぱり! サクヤもオウルさんを内心、すごく心配しているに違いないんだ。だってサクヤとオウルさんは古くからの友人なんだって言ってた。親友を心配しない人なんているわけないもの……。オウルさんに口止めされているのか、私に言えないのかもしれない。


 全部私のせいだったらどうしたら良いのだろう?


 私の勝手な行動のせいで、オウルさんは帰って来れなくて、結果、みんなを不安にさせて……なんて謝れば良いのかな? ううん、謝って許されるものじゃないよ! 内心みんな私のせいでって思ってるかもしれないんだよ?


 悲しみと不安に圧し潰されそうになり、その場にうずくまり泣き出しそうになるのを懸命にこらえる。


 とりあえず来客対応しなくちゃ。そして、人気のない裏庭で、サクヤとじっくり話をしよう……!


 そう心の中で決めて、私は急いで玄関扉のノブに手を掛け開いた。目の前に飛び込んできたのは、鈍く光る鉛色の甲冑だ。


 え? ええ? か、顔はどこ!?


 わけが分からなくなり、混乱して私は上を向いた。でも甲冑はまだまだ続く。さらにもっともっと上を向いた。あわわわわ! なんて背が高くてガタイのいい人なんだろう! ぐいっと首が痛くなるまでそらしたところで、やっと私は来客の顔を確認することができた。


 うわあ〜! 珍しい! 


 目の冴える真っ赤な髪を後ろになでつけ、薄い赤茶色の瞳をした男性。ガッチリとした肩に顎、こちらを見下ろす目つきは鋭く、一寸の隙もない。「バリバリ前衛しています!」という雰囲気が言葉なくともビシバシ伝わってくる。私より、五歳以上は年上かな? 


「初めまして、俺はジャン=ウルスブランというんだが。エルクさんか、ウルカスさんはご在宅かな?」


 背の高さもさることながら、その声の大きさと太さに圧倒され、私は彼を見上げ、口を開いたまま立ちすくんでしまった。ど、どうしよう! 


「アーミー、この森のくまさんみたいな角刈り誰?」


 後から声がする。いうまでもなくサクヤだ。固まってしまった私に助け舟を出してくれたみたいだけれど、角刈りじゃなくて、オールバックでしょ! しかも、くまさんって、もう! ご本人を前にして、どこまで失礼なのかしら!


 サクヤを振りむき睨みつけ、もう一度、あからさまに不機嫌な表情になったジャンさんを見上げ、謝ろうとしたものの、まさか「角刈りのクマだなんて、すみません!」なんて言えないじゃない!? アワアワと尻尾を上げ下げし、ふたりに挟まれ、前を向き、後ろを向き、を繰り返してしまっていると、いきなりサクヤの頭にゲンコツが落ち、私の肩に大きな手がかかった。


「貴様はどこまで無礼者なんだ! ジャン、久しぶりだな、待っていたぞ!」


 エルクさんだ。エルクさんは私を見下ろし、ニカッといつもの太陽みたいに明るい笑顔を向ける。


「奴は五年前まで、この寮に寝泊りし、遺跡調査課で働いていたんだ。つまるところ、お前達の先輩にあたる人物だ」


 せ、先輩!? 改めてエルクさんと同じくらい身長のあるその男性を見上げて、息を吸い込み目を開いた。圧倒的存在感と貫禄。私たちも数年後、こんなふうになっちゃうのかなあ。想像もつかないけれど……。



 悶々とした状況を打破するかのごとく、突如現れたこのお客様。


 この人が今回の冒険へと私たちを誘い、さらには閉ざされた暗い過去を解き明かすキーマンになろうとは、この時の私は知る由もなかったんだよねぇ。

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