50話 旅立ち
季節は巡り、俺たちは高校生最後の年を迎えていた。
3年生になり、まりあとみっちゃんとは違うクラスになり、ひなと光輝とキヨとは同じクラスになった。
「念願のゆうくんと同じクラス!」
クラス発表のときにはそう言って喜んでいたひなだが、そこは受験生。ひとたび授業が始まると真剣な表情を見せていた。
トップチームに帯同することの増えた俺や、推薦により引く手数多のみっちゃんとは違い、ひなやまりあの将来はこれからの頑張りにかかっている。
「最近、ゆーと成分が足りてない」
バイトを辞め、予備校に通い出したまりあとの時間は2年生の頃とは比べものにならないくらいに少なくなった。
それでも一緒にいる時間は必要と言うまりあの意向もあり、週一回は俺の部屋で一緒に勉強をしている。
「柘植さん、もっと頑張らないと来年も受験生のままだよ?」
エプロン姿のひながコーヒーを置きながら苦言を呈してくる。
「うるさいわね。そもそもあなただって受験生なんだから自分の家で勉強したらどうなのよ?」
「ん? 私はお母さんに頼まれてご飯持ってきただけだよ? そのついでにゆうくんのおウチのことお手伝いしてるだけだからお気遣いなく」
右手を胸の前にピッと出してまりあの追及に待ったをかけるひな。
「全く、油断も隙もないんだから」
「いつもは玄関先で渡して帰るんだけどな。まりあがいたから強行突破してきたんだよ」
そう。いつものならオカズを渡したら少し話して帰るのだが、今日のひなはシレッと部屋に侵入してきたのだった。
「私だって、ゆうくん成分が足りてないんだもん」
ブツブツと言いながらもおとなしく帰って行ったひなを見送った後、少しの大人の時間をまりあと過ごしてから家に送って行った。
♢♢♢♢♢
「ゆうくん! 受かったよ!」
俺の周りで一番に受験を終えたのはひなだった。管理栄養士になると決めたひなは、地元の大学の推薦枠を勝ち取り見事合格。
「お〜、やったな。おめでとう」
「軽い! なんか反応軽くないかな?」
「いや、だって受かるだろうと思ってたし」
「あっ、ホント? 信頼してくれてたんだ。えへへへ」
「単純な女ね」
「ちょっと柘植さん? 言い方!」
参考書を見ながらボソッと呟いたまりあにひなが軽いショックを受けている。
「はいはい。報告が終わったら早く帰りなさいよ。こっちはこれからが本番なんだから」
臨床心理士を目指しているまりあの受験はこれからが本番。
将来的には俺専属のスポーツカウンセラーになると言ってくれている。
「も〜、じゃあ帰るよ。でも、その前にはいこれ」
鞄をガサゴソと探り、可愛らしいラッピングのされた小さな箱を取り出すと、まりあに「はいっ」と手渡した。
「?」
「ほらっ、この前マカロンが食べたいって言ってたでしょ? 糖分補給して勉強頑張ってね」
「あ、うん。ありがとう」
なんだかんだ言いながら、最近の二人は仲がいい。図書室で一緒に勉強したり、学校帰りにカフェに行ったりしているみたいだ。
♢♢♢♢♢
「よし、じゃあこれで契約成立だ」
書類をまとめながらチームマネージャーの
「来期から正式なトップチームの一員だ。わかってると思うが、これはいつまでも続くと保証された契約じゃないからな? いつまで続くかはお前次第だ」
「はい。給料上げてくれって言えるくらい頑張ります」
「おう。楽しみにしてるぞ」
瀬古さんはニカッと笑いながら、ポンポンと俺の肩を叩いて事務所を出て行った。
「プロか」
瀬古さんの後に事務所を出た俺は、観客席に座りながらグラウンドを眺めていた。
来期ユースからトップ昇格を果たしたのは俺とレイの二人だけ。後のメンバーは他のトップチームと契約したり、大学に進学したりと違う道を歩むことになる。
「なんだ、黄昏てんのか?」
聞き慣れた声に振り返ると、珍しいスーツ姿のコジさんがいた。
「黄昏てるのはコジさんですよね?」
「おっ、バレたか」
クククッと笑うコジさんはユースチームでの実績が認められ、代表のコーチに就任することになっている。
「挨拶周りってやつですか?」
「ああ。ジュニアの頃からお世話になってたからな。中年のくたびれた背中にも哀愁が漂ってもんよ」
「……よくわからんっすけどね」
まだ20代なのに中年ってどういうことだ?
「まあ、一つの節目ってことよ。俺には学がねぇし、気の利いたことは言ってやれねぇけど、お前はそろそろ自分を過小評価するの、やめろよ? じゃないと肝心なところで競り負けるぞ」
「実際にまだまだっすけどね」
「クククッ、違いないけどな。まあ、なんだ。またお前に指導できるように俺も頑張るから、1番上のカテゴリーで再会しようや」
クルリと背を向けたコジさんのスーツの襟元にはクリーニングのタグが付いたままだった。
「しまらね〜な」
♢♢♢♢♢
「ゆうちゃん、どうしても出て行っちゃうの?」
うるうるとした瞳で俺に訴えかけてくるおばさん。
「新人は寮に入る決まりなんで」
「でも寮も近くなんでしょ? ご飯だけ食べに来てくれてもいいからね?」
高校卒業を迎えた2月、クラブの寮に入るため実家を出る俺を、息子同然に可愛がってくれているおばさんが悲しがってくれている。
「ありがとう、おばさん。今までお世話になりました」
「やめて、ゆうちゃん! これで最後じゃないんだから。ゆうちゃんがお隣さんじゃなくなっても、お婿さんにきてくれなくてもゆうちゃんは私の息子なんだから!」
ポロポロと涙を流し出したおばさんを見て、隣にいたかや姉が苦笑いをしながら間に入ってくれた。
「はいはい。かわいい息子の門出に泣かないでよ。ゆうくん、卒業式は出れるんだよね?」
「まだ未定。遠征メンバーに入れれば出れないかも」
「そっか。でも卒業のお祝いはしたいからご飯食べにおいでね。私も腕によりをかけーーー」
「かや姉は手出し無用で頼むよ」
「なんでよ〜!」
いくつになってもかわいらしい、かや姉が頬を膨らませながらぶ〜ぶ〜と不満を言っている。
「ゆうくん。いっぱい応援に行くからね。差し入れも持って行くからね。だから、だから……頑張ってね」
それまで大人しくしていた、ひなが今にも泣き出しそうな表情で俺の袖をキュッと摘んできた。
「サンキュ、ひなも今までありがとうな」
「だって、幼馴染だもん」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
ちょっと得意げな表情をしたひなの頭をポンポンを叩いた。
「それじゃあ、行ってきます」
家族同然の宮園家に見送られながら、俺は実家を後にした。
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