第5話
5、一方その頃、隣国では。〜高位貴族の血筋を辿れば、大抵皇帝にたどり着きますよね?〜
帝国が歴史ある大国として、昔から栄えている理由の1つは、その寿命にある。帝国の人間、特に魔力を有している人間は、長生きなのだ。現皇帝は御歳390の、御長寿。しかもまだまだ死にそうにない。本人の口癖は自分の子供達より先にくたばってたまるか。である。その執念か、彼は全ての曽孫の顔を拝むどころか、ついこの間玄孫を連れて遠乗りに自ら出かけるほど元気であった。皇妃様もご健在である。詳しい歳は公式には発表されていないが、300歳は超えていると推測されている。
そんな御長寿国なので、出来ることも多く、教育にかける時間も、他の国と違って長い。成人年齢を20歳にしていることから見てもそれはよくわかるだろう。社交界で20歳といえば、女性なら行き遅れもいいところだが、帝国でいえばまだまだ。30歳超えたあたりからが婚約者探しに適している。何故なら寿命が長いから。ついでに美貌だって100歳超えない限り、他国の20歳前後の女性の集団に混じっても何の違和感もないくらいなのだ。詐欺レベルである。
まあそんな生き急いでいない国ではあるものの、やはり女性は行き遅れだけは嫌なので、毎年シーズンになれば着飾って、多数の舞踏会に参加する。
特に、皇に連なる上位貴族の令息達が参加する時には。
豪華絢爛たるパーティー会場。
目も眩む程光を散りばめたようなシャンデリアの下、音楽に合わせて色とりどりのドレスの裾がひらりふわりと揺れる。
見かけ上は、憧れと羨望の、美しい世界。
権力の誇示で成り立っている世界。
仮面をつけた双子は、このパーティーが始まる前からここに居て、読書に集中している男に声をかけた。男は暫く話しかけられて漸く、自分以外がこの部屋にいて、パーティーもすでに始まっていることに気付いたらしかった。本を置いて、男は双子に向き合った。
「「ねえ、まだトーリたちは帰ってこないの?」」
「お前らそればっかりだな。あと一緒に喋るな。お前らまだ仮面付きだからどっちがどっちか分からねえだろ。……というか、ここに居る面子の前なら取っても良くねえか?」
「「にいちゃんが苛めるー」」
その会場の二階席。そこにいるのは、一部上層貴族の子息の中でも、特に注目を集めている人物達だけが集まっていた。この席は、彼らが義務的に出席しなくてはならない時に、避難場所として設けられている。皇帝直々に用意し、皇帝が魔法障壁を張っており、許可が無くては入れない場所になっている。外の様子は見えるが、外から様子は見えないし、物音もこの場所からは聞こえない。この部屋の中だけは、完璧に独立した空間なのだ。
そして彼らは身内だけが揃ったその場所で、ただ暇つぶしをしているのである。来たくないのに来ないと怒られるから来た。だから挨拶回りとかはしないよ、という意思の表れ。彼らの親達は、呆れつつも咎めない。彼らが気乗りしない理由を知っているからである。
彼らは皆、高い身分の嫡男というだけで無く、見目麗しいのだ。それぞれ種類の違った美形。ダンスホールに降り立てばすぐ令嬢と言う名の人垣に囲まれて、煩わしくて仕方がない。
「……ん?4人だけか。アイツらは?」
「「にーさまならあそこー!」」
避難場所で楽しくもないお茶会をしながら、ダンスホールを見渡していた、少し言葉の荒い男性は、椅子が2つ空いていることに気付いて、声をあげた。いつもならここで大人しくお茶を飲んでいるはずの品行方正な、歪んだ再従兄がいない。すると仮面をつけた双子が揃ってダンスホールの中央付近を示す。
そこにいるのは、中性的な美しい顔立ちの、凛々しい男だ。彼らの中で最も歳上(といってもまだ22歳)の青年である。妻も婚約者も愛人も無し。従兄弟達と違って社交的。有能で、現在国の政務に関わっているという有望株なお陰で、結婚相手として彼に人気が集中している。
「大人気だねえ。俺らの"王様"は」
「君と違って彼は世渡り上手だからね。儚く魅せて視線を惹きつけている綺麗な顔の下で、何を考えているかは兎も角として、こちらに注意が向きにくくなる素晴らしい囮だよ」
避難所ここに引きこもれないように仕事を割り振っておいてよかった。と、笑顔で言い放つ。仮面の双子は身を寄せ合って、口調の荒い男は多少引き気味に、モノクルを付けた笑顔の男を見ていた。
「「おにいさまこわーい」」
「……何でお前も安全圏にいるんだよ。……後でアイツに呪われても知らねえからな」
モノクルの男は心外だなぁ、と言ってわざとらしく肩をすくめてみせた。
「これはひいては彼のためだよ。出来るだけ国内で知名度を上げて、邪魔になりそうなものを間引いて、堂々と彼女を連れて帰ってくる役目を引き受けられるように、根回しする機会をあげたんだ。貴族達とああして挨拶したり話をしたりすれば、彼ならそれだけで十分な収穫をして来る。そこから腐った部分は毟ってでも取り除いて、近いうちに、伯爵位以下は綺麗になるんじゃないかな。お姫様の目に汚い物を映したくないだろう?」
「……物は言いようだな。綺麗な上澄みだけ拾えばそうだろうが」
口調の荒い男は、そこで言い澱み、双子の存在がある為口を噤んだ。あまりに若い子供の前で話す事ではない。"汚い物"が受ける処分なんてものは特に。
「それに、どっかの王子みたいに、ただ見た目が綺麗なだけであっさり堕ちるような男じゃない。ほら、また……あれは侯爵家の令嬢かな?僕らの母親達の誰かの親戚の娘だったな……。一族から皇族の妻になった人間がいるってだけであんなに自信満々。笑えるね。どんなに美を磨こうが献身しようが努力しようが、彼に近付いても無駄なのに。
……ああ、彼の笑顔に更に磨きがかかったね。嫌いなタイプのようだ」
「そりゃそうだろ……というか、アイツは1人しか愛せないだろ」
知らねえ奴ら多過ぎるけど。と、口調の荒い男は溜息をついた。隠匿しているんだから当たり前さとモノクルの男は悪びれずに言う。
「現状、彼は僕らの中じゃ1番結婚相手に望ましいからね。"事実"が目の前で明るみに出ない限り、アピールを彼1人に集めやすい。お陰で君やあと2人が自由に過ごせるんだからいいじゃないか」
この話は終わり。とモノクルの男はお茶を楽しみ始めた。双子はホールの様子を見て楽しそうにしている。口調の荒い男は、あと1人場所の知れない奴がいる事に気付き、部屋の中を見渡した。部屋の端、ホールからの光から1番遠い場所を陣取ってソファーに寝ている男がいた。例に漏れず彼も美しい顔立ちをしている。目の下のクマがなければより美しいだろう。こんな場所で行儀悪い、とは言わない。彼が忙しいのは事実だし、そもそもこの場に入れるのは皇帝の子供とその子や孫のみ。母親だろうが姻族は入り込めない場であるため、彼を口煩く叱るような奴はこの場に居ない。言ったところで彼も聞かない。唯一例外は妹だろう。彼の、ではなく皆のだが。
しかも妹が可愛いからというよりは、妹が研究対象として1番面白いから機嫌をとってたまに研究に進んで協力してくれるようにという打算から。
人というのは十人十色だとはいうが、ここにいる身分を有する人間は余りにも個が強い。口調の荒い男は読書の続きに戻った。
それを端目にモノクルの男は思う。1番の有望株がこのまま順調に婚姻となれば、次に狙われるのは彼なんだけどね。と。地位があり、見目麗しく、学識に優れ、常識的で、理性的、女性の扱いも紳士であり、唯一口調が荒いことくらいしか欠点のない男。本人は気付いているのだろうか。まあそんなことは知ったことかと、モノクルの男はお茶を楽しんでいる様子を見せて、頭の中で、口調の荒い男がホールに出ざるを得ない仕事はなにかと考え出したのだった。
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