報労記90話 帰りは船で -1-
「本日、ただいまの時刻より、この噴水は常時解放される。いつでも好きな時に見に来るとよい。ただし、これは我々と人魚、共に生きる仲間たちの絆を象徴するものだ。くれぐれも敬意を持ち大切にするように」
興奮冷めやらぬ中、そんなルシアの挨拶で除幕式は終了した。
振り返れば、空が真っ赤に染まっていた。
結局、たっぷりと一日がかりになっちまったなぁ。
さっさと行って、さっさと帰るつもりだったのによぉ。
「エステラ」
締めの挨拶を終え、ルシアが俺たちのもとへとやって来る。
「慌ただしくて申し訳ない。しかし、来てくれて嬉しかった。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。短い時間でしたが、この場に来られてよかったです」
「そう言ってもらえると嬉しい」
噴水の前で領主二人が向かい合う。
「マーシャ」
そして、エステラがマーシャを呼ぶ。
「ルシアさんが言ったように、これはボクたちと君たちを結ぶ絆の象徴だよ。今日という日を境に、これまで以上に仲良くしようね」
「うん。ルシア姉も、エステラも、それからみんなのことも、大好き!」
ざばっと飛び上がり、エステラとルシアに向かって飛びつくマーシャ。
高そうなドレスが濡れることも厭わず、ルシアはマーシャを受け止める。
エステラとルシアに支えられるような形で、三人が抱き合うと、船の上から大きな声が飛んできた。
「「「みんな大好きー!」」」
人魚からのラブコールに、港にいたすべての者たちが熱狂する。
「せーのっ!」
「「「こちらこそ大好きー!」」」
陸からも、きゃぴきゃぴした女子たちが返事をする。
よかったよかった。
人魚のラブコールを真に受けたオッサンどもが、野太い声で「ワシも好きじゃぁああ!」とか言い出さなくて。
下手したら、港の地面が穴だらけになりかねないからな。
「それじゃあ、ボクたちはそろそろ戻ろうか」
エステラが言い、四十二区の面々が気持ちを切り替える。
本当に、噴水を見に来ただけなんだな。
「本来であれば、もっとゆっくりとしていってもらいたいところだがな」
「それは、またの機会にお願いします」
「うむ。ここの他にも、面白くなりそうな場所があるのだ。この次は、是非そちらを案内させてくれ」
駄菓子屋横丁とノスタルジック街道は、まだまだ計画段階だ。
もうちょっと整ってから見に来ればいい。
「カタクチイワシ様! 是非またお越しください! この次は進化したワタシの芝居をご堪能いただきたい!」
「待つのだ、パキス。当主を差し置いて勝手を言うのではない」
除幕式を見に来ていたイーガレス親子に捕まる。
当主ヨルゴスがずずいっと俺の前に進み出てくる。
もう帰るっつってんだろうが。絡んでくんな。
「この次は、是非一本、お手合わせ願いたい!」
「お前は真面目に仕事しろ」
マジで、劇場と駄菓子屋ちゃんとやれよ?
メンコばっかやってっと、メンコの聖地コロッセオでトラウマになるくらいボッコボコに叩きのめすからな?
「店長さん。また、お料理習いに行ってもいいのわ?」
「はい。いつでも歓迎いたします。ですが、明日からお忙しくなるでしょうから、落ち着いてからお越しください」
「いろんな人に喜んでもらえるように、いっぱいがんばるのわ!」
エカテリーニは、完全にジネットに懐いたな。
あれは、ある意味餌付け……なのだろうか。
「アルシノエとタキスも、しっかり頼むぞ」
「任せてのわ! 今度ロリーネ様と合宿する約束したのわ!」
「我々の演技で民衆が号泣する日も近いですよ。乞うご期待!」
なんか、こいつらも明るくなったな。
出所不明な謎のポジティブさではなく、積み重ねた努力の先にある自信みたいなものが生まれつつあるのかもしれない。
「それから、カタクチイワシ様」
と、珍しくタキスが俺に話しかけてくる。
こいつは兄貴や姉貴ほど、俺に声をかけてくることはなかったのに。
「兄上が戦いから降りた今、ワタシとあなたの一騎打ちになりましたね」
「…………なにが?」
「ルシア様のお婿さん候補です!」
「十年早ぇよ、生ガキ」
生意気なクソガキ=生ガキにデコピンを喰らわせて黙らせる。
お前が十年後に、すべての面でグレードアップして、三十五区を背負うのに相応しい男になっていたら、その時改めて立候補しろ。
早く大人になれよ、クソボーズ。
まずは、稼ぐってのがどういうことか、認められるってのがどういうことか、それをよく学ぶんだな。
まぁ、お前がスタートラインに立った時、ルシアにその気があるなら、今みたいな生意気な口を利くことを許してやろう。
「ルシアほどのいい女を口説くなら、ここに集まった女子数十人からきゃーきゃー言われるくらいいい男にならないとな」
「それでしたら、もうすでに『可愛い、可愛い』と話題沸騰です」
そうかぁ?
お前を見ても、だ~っれも反応してねぇじゃねぇか。
知り合いの女性に、「かわいいわねぇ」とか言われてるのを真に受けてるだけなんじゃねぇの?
いいか、きゃーきゃーってのはだな――
「ナタリア」
「お任せください。――『ボクたちと人魚の絆は永遠さ! ボクと人魚姫の愛が永遠なように!』」
「きゃー!」
「王子様ー!」
「再演、期待してまぁーす!」
海から陸から、一斉に飛んでくる黄色い歓声。
「きゃーきゃーってのは、こういうのだ」
「す……すごい敗北感……」
タキスが、ようやく現実を目の当たりにしたようだ。
なぁに、まだ十一歳だ。
……勘違いしたまま運命の相手を見つけちまったお前の兄貴よりはマシな大人になるはず! きっとまだ間に合う! というか、間に合って! お願い!
「分かりました……今はまだ、研鑽を積む時だということですね」
幼いおかげか、物分かりがいいタキス。
よし、まだセーフ! まだセーフ!
「ワタシが大人になり、いい男に成長するまで、ルシア様のことはあなたに預けます」
……ん?
「それでも、いつか必ず奪い返しに行きますから、それまでの間、ルシア様のことをよろしくお願いしますね」
……なんか、話の焦点、ズレてない?
あと、観衆。ざわざわすんな!
「「「ざわわっ! ざわわっ!」」」
「うるせぇよ!」
サトウキビ畑か!?
まったく。
領民のしつけはしっかりしといてもらいたいもんだぜ。
領主の怠慢だな。
クレームを入れてやろう…………あれ? ルシアは?
「ルシア姉ならねぇ~、あっちでまぁ~るくなってるよ~☆」
マーシャの指さす先、港の片隅で蹲って悶えているルシア。
なにやってんの、あいつ?
「そこらの男じゃ口説けないようないい女だって言われて、嬉しかったみたいだよ~☆」
「うれっ、うりぇしくなんぞにゃいわ! えぇい、こっちをみるなカタクチイワシ!」
あいつ、モテそうな空気になるとポンコツ化するの、なんなんだろうねぇ……まったく。
「さっさと帰るぞ。ここは空気が悪い!」
「お兄ちゃんは、身内にちょっかい出されると、ちょっとムキになっちゃうですね」
「……相手を黙らせることに意識が向き過ぎて、自分の発言を見落としがち」
「それだけ、本心で大切にしてくださっているということですよ。私も、ヤーくんの身内に入っているなら、嬉しいのですが」
「カンパニュラさんなら絶対に入っていますよ、もちろん、マグダさんやロレッタさんも」
「店長さんもです!」
「……店長はもはや家族」
「では、陽だまり亭一家ですね、ジネット姉様」
「うふふ、楽しそうな家族ですね」
なんか向こうで勝手に盛り上がってるなぁ!
さっさと帰ろうって言ってるんだよ、俺は!
もう帰ろうって言ってるよ!? ねぇ、気付いて! 気にかけて!
「ウーマロ」
「なんッスか?」
「――ちゅっ」
「やめてッス!? なんか微妙な空気になってるからって、最後それでオトそうとするの! こっちに甚大な被害が出るッスから!」
投げキッスをしたら、「ワイヤーアクションか!?」みたいな体捌きで避けられた。
……ちっ!
後ろにいたノートンに被弾して「ぎゃぁああ!」とか言われちまったじゃねぇか。
「しょうがない。折角マーシャが用意してくれた超特急船にパウラが乗らないらしいから、代わりにグーズーヤを簀巻きにして載せといてくれ」
「何がしょうがないんですか!? っていうか、簀巻きにする必要ありますかね、ヤシロさん!?」
「分かったッス」
「分かっちゃったよ、棟梁!? ヤダなー、この二人のこーゆー感じ! 嫌いだなー!」
グーズーヤが一人で騒いでいるので、ムキムキ系のメンズを駆使して黙らせ、縛り上げ、担ぎ込む。
「身動き取れないトルベック工務店の出世頭と船上のランデブーしたい乙女~?」
「「「「は~い!」」」
ほほぅ、なかなか人気があるじゃねぇか、グーズーヤ。
金物ギルドの乙女も、やっぱ出世頭が好きなのかねぇ。
まぁ、最近任される仕事が増えているとはいえ、出世するかどうかはウーマロと俺の胸先三寸だけどな☆
そんなわけで二隻の船に分乗して、俺たちは三十五区の港を出発した。
ルシアは……最後まで「むきゅむきゅ」言ってまともに見送りしやがらなかった。
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