318話 裏切り者の末路 -4-

「無茶だ……。こんな金額、用意できるはずがない!」


 算出された数字を見て、テンポゥロが顔をしかめる。

 まだ余裕がありそうだな。

 ……と、思っていたら、マーゥルがすっと一歩前進した。


「不可能な額ではないはずだわ。そうね、お屋敷を売れば十分賄える額のはずよ」

「バカなっ!? 屋敷は王より賜った貴族の証であるぞ!? それを手放すなど、出来るはずがなかろう!」


 この街では、貴族に領土を渡すなんて出来るはずもない。十分にデカいが、国というには小さ過ぎる面積だ。

 なので、この街の貴族は王族から爵位と屋敷を与えられるらしい。

 屋敷というか、屋敷を建てる権利というか。

 認可された場所に貴族の屋敷を建てる権利、そしてそこを所有する権利を与えられ、それを守ることでそいつは貴族であり続けられる――ということらしい。


 なので、その屋敷を手放す行為は、貴族をやめるということと同義なのだとか。

 火事によって焼失したので貴族失格、ということにはならない。

 でも、売っちまったら終わりだろうな。

 王から与えられた権利を金に換えて他人に譲るなんて、王族にケンカを売るような行為だ。


 つまり、ルシアが四十二区に引っ越してきたら、あいつは貴族じゃなくなるってわけか。そーかそーか、そういうことであればルシアが無理やり引っ越してくることはないだろう、うんうん。

 ……ま、当然の措置として正当な理由と共に王族へ申請すれば引っ越しは認められるだろうけどな。

 ハビエルの例もあるし。活動に最適な場所への移転なんかはすんなり認められる。

 ハビエルと言えば、分家も出来るようだ。

 なので、イメルダは四十二区に引っ越してきても貴族のままだ。


 ただし、ハビエルの家が貴族ではなくなれば当然分家であるイメルダも貴族ではなくなる。

 ハビエルの館が親機で、イメルダの館が子機みたいな関係だな。


 オルキオの件を例にするなら、オルキオの親族は子機であるオルキオを排徐しようとして親機ごと取り潰されたってわけだ。



 さて、話を戻すが――

 セリオント家現当主であるテンポゥロの屋敷は、当然ながらセリオント家の『親機』に当たる場所だ。

 そこを手放せと言われて、素直に応じることは出来ないだろう。



 だが、そうでもしない限り金は用意できない。

 価値を失った情報紙では多額の金を生み出すことは出来ない。


 金が用意できなければ、テンポゥロはカエルにされる。

 今、この場で。

 家が、貴族がなどと言っていられなくなるのだ。


「一般人になるのとカエルになるのと、あなたはどちらをお望みなのかしら?」


 マーゥルが邪悪なオーラを纏って淑女の笑みを浮かべる。

 怖っ!? 顔逸らしとこ。

 ぅゎぁ……今、ちっちゃい声で「逸らしたわね?」って言ったぁ!

 怖い怖い怖い。このオバハン、ちょー怖い!


 よし、ホラーはこの辺にして、英雄譚に変更しよう。

 お金がなくて絶望するか弱き者を救済する、英雄のお話に。


「困っているようだな、テンポゥロ」

「誰のせいだと……っ!?」

「お前の自業自得だろ?」

「……くっ!」


 反論を封じられ口を引き結ぶテンポゥロに、俺は浪速の金貸し顔負けの素敵なスマイルを向ける。


「お金、貸してやろうか?」

「う……ぐっ」


 俺の素敵な笑顔に見惚れて言葉を失うテンポゥロ。

 そんな見つめるなよ、さすがに照れるぜ。

 瞬きの仕方、忘れたのか?


「ヤシロ……あまり邪悪過ぎる顔はしないように。こっちの記者たちまで震え上がっているじゃないか」

「え、なんだって?」

「ぅひゃああ!? その顔でこっち向かないで! ごめんごめんごめんって! 怖いから!」


 エステラがナタリアの背後に身を隠し、その向こうにいた記者たちが数名悲鳴を上げる。

 なんて失礼な。

 俺のエンジェル(が迎えに来ちゃうかもしれない)スマイルに対してさぁ。


 エンジェ~ル、やって来~る、ゴートゥ・ヘ~ル、ちぇけらー。


「き、貴様のような悪魔に金など借りれるか……お、おぉ! そうだ! コーリン! い、いや、ミスター・コーリン! 頼みがある!」


 俺のスマイルに骨抜きめろめろ辛抱堪らん状態のテンポゥロは俺から目を逸らし、タートリオにすがりつくような視線を向ける。


「う、運営権を買ってはくれぬか!? こういう時の相互扶助のための仕組みであったはずであろう? 役員同士、困った時はお互い様と――」

「ワシがおぬしに運営権を買えと申した時は一顧だにせんかったくせに、よぅもそのような戯れ言を抜かせるもんじゃぞい。ある種、感心するぞい」


 タートリオはテンポゥロに発行会を乗っ取られた直後、自分の運営権も買えと言った。だがその時、テンポゥロはそれを突っぱねた。

 手酷く裏切った相手に、困った時はお互い様もないもんだ。


「しかしっ、貴殿が買ってくれなければ、この者たちは――貴殿を信じている記者たちに報酬が支払われないのであるぞ!」

「いいや。ワシが運営権を買おうが買うまいが、記者たちに金を支払うのはおぬしの責務じゃぞい。関係のない事象を繋げて事実をねじ曲げようとするのはおぬしの悪いくせじゃぞい」


 そりゃそうだ。

 記者たちに金を払うのはもう決定事項であり、『支払えない』なんて未来はあり得ないのだ。そうなればテンポゥロがカエルになるだけで。


 今の争点は、金を用意するために『テンポゥロが貴族でなくなるか否か』。その問題にタートリオはなんの関係もない。

 まったく別の話を混同させて妙な罪悪感を煽るやり方は、メディアとしては最低の部類に入る愚行だ。


「グレイゴンは金を用意してくれなかったのか?」


 問えば、バロッサが目を背けた。

 土木ギルト組合役員にして、ウーマロにケンカを売ってきたドブローグ・グレイゴン。金策に奔走するも、成果はなかったようだ。


「まぁ、そうじゃの。運営権の六分の一――ワシとそなたで運営権がちょうど半々になる数を売れば、今回の金額くらいは賄えるかもしれんの」


 現在、テンポゥロは運営権の三分の二を持っている。タートリオは三分の一。

 言い換えればテンポゥロが六分の四で、タートリオが六分の二。

 今の状況から六分の一をタートリオが買い取れば、双方ともに六分の三、つまり二分の一、半分ずつ運営権を所有することになる。


 ……結構な値段で取引されてたんだな、運営権。

 それを無茶して三分の一も買い取ったんだとすれば、今現在テンポゥロ・セリオントの資産はほとんどないも同然なのではないだろうか。


 ウィシャートからの『見返り』を期待して財産のほとんどを注ぎ込んで賭けに出たってところか。

 勝算の高い賭けだと思っていたから、強気にベット出来たのだろうが――残念だったな。賭けはお前の負けだ。


「今さらおぬしと協力して情報紙を発行する気にはなれんぞい。屋敷を売り、記者たちに金を払って、貴族ではない一般人として情報紙を盛り立てていくがよいぞい」

「待ってくれ! 情報紙はもうダメだ! 『リボーン』なんてものが誕生したせいでまったく売れなくなってしまったんだ! 寄付をしていた貴族たちも軒並み離れていった……ウィシャート様も、最近ではめっきり連絡を寄越さず……頼む、貴族でなくなればワシはおしまいだ! 貴殿は情報紙に懸ける情熱があったであろう!? その記者たちが可愛いであろう!? 貴殿こそが情報紙を運営するに相応しい! そうは思わぬか!?」

「おぬしは、そっちの記者たちが可愛くないんぞい? そこのチーフデスクや編集長が」

「ふん! こんな無能ども。よく言うことを聞く駒だったから置いておいたに過ぎぬ。役に立たなくなった今、こやつらがどうなろうと私の知ったことではないわ!」

「そんな!? アタシがどれだけあんたのために働いてきたと思ってんのよ!?」

「そうですよ、会長! 彼女はともかく、私は能力を買われて編集長に――!」

「『精霊の――』」

「「「うわぁぁあ!?」」」


 うるさいので、ちょこっと呟いてみたら三人が黙った。

 お前らはもうしゃべるな。


 あとは、こっちでやるから。


「タートリオ、買ってやれよ運営権」

「ふむ……そうじゃのぅ。そこのソレは、もう情報紙などいらぬと抜かしおったしのぅ」

「買ってくれるのか!? ありがたい! さすがは人徳者と誉れ高いミスター・コーリンだ! では早速手続きを――!」

「六分の一の値段でなら、考えてやるぞい」

「ろっ……、バカも休み休み――っ!」

「じゃ、この話はなしじゃぞい。湿地帯でも達者に暮らすんじゃぞい」

「いぃいいやっ、待って! 待ってくだされ! 少し、少しだけ考える時間を――!」


 両手で顔面をゴシゴシこすって、頭をガシガシ掻きむしって、テンポゥロはない頭をひねる。

 考える余地なんかないってのに。


 時間が惜しい。

 さっさと結論を出させてやるか。


「テンポゥロ。お前が今考えるのは『いかにして利益を手元に残すか』や『いかに影響力を残すか』、『どうやって言いくるめるか』なんてもんじゃない」


 図星だろ?

 お前みたいな腐った脳みそじゃ、そんなことくらいしか考えられないって、昔から決まってんだよ。


「お前が考えるべきなのは『自分の人生にいくら出せるか』だ」


 カエルにされることが八割確定している今、いくら払って自分の人生を買うか。

 最大値は全財産。それを超えることはない、非常にお買い得な取引だ。

 今度の賭けは慎重にベットしろよ。チップをケチれば――


「カエルにされて、屋敷も、財産も、人生もすべて失いましたなんて結末に王手がかかってるんだ。もっと焦った方がいいと思うぞ」

「…………」


 返事はなく、ただ、異常な音を立てる呼吸だけが耳に届く。


「ここで出し渋って屋敷を売る羽目になったとして、一般人になっちまった後、いくら積めば貴族に返り咲けると思う?」


 その額は、今お前がケチろうとしている金額よりも高いのか?


「屋敷を売れずカエルにされたとして、今の生活を取り戻すのに、一体どれほどの金を積めば足りると思う?」

「ぁ…………あぁぁあ……ぁっ」


 そもそもの話。


「金を積んでどうにかなることと、そうじゃないことがあるってことくらいは、バカなお前でも知ってるよな?」


 金でどうこう出来る範囲を超える話だ。

 貴族という枠組みからこぼれ落ちれば、それ以降は何をどう足掻こうが貴族には返り咲けない。

 たとえ一億だろうが百億だろうが、そんな金を積んでも現実は変えられない。


「さぁ、運営権を抱えて湿地帯へ引っ越しをするか、運営権をすべて手放して尻拭いをタートリオに頼むか、どっちにするのか――もう答えは出たよな?」

「……………………運営権を、買ってください…………お願い、します」


 頭を床につけて、テンポゥロがタートリオに懇願した。




 こうして、情報紙発行会はコーリン家が運営することに決まった。






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