298話 促進と打倒と宣伝を兼ねて -3-

「やほ~☆ ダーリンちゃん、オシナの新作食べてなのネェ~☆」


 エステラとジネットを連れて、お料理隊を覗きに行ったらオシナに声をかけられた。

 現在、移動販売に慣れていない料理人たちが簡易キッチンでの調理の練習をしている。

 限られたスペース、万全ではない火力や水での調理は、慣れた環境で十全に辣腕を振るっていた料理人たちに想像以上の苦戦を強いていた。

 家にいればささっと飯を作れるのに、キャンプに行くとなかなか手強い。そんな感じだ。


「カラフル野菜の冷製ジュレ~☆」

「わぁ、見た目にも涼しげで可愛らしいですね」

「デショデショ~☆」


 ゆずの香りがする微かに黄みがかった透明のジュレに包まれたカラフルな野菜が目に鮮やかな一品だ。

 これもグラスがその見た目を引き立たせている。

 こりゃ、今後グラスに入れる料理が流行るぞ。


「んっ! 美味しいじゃないか。ボクこういうの好きかも」

「はい。さっぱりしていて、お野菜の甘みが堪能できますね」


 試食したエステラとジネットがきゃっきゃと感想を言い合う。

 香りと見た目から味が想像できるから、ジネットをわっしょいわっしょいさせるには至らなかったが、それでも十分に美味い。


「野菜の種類が多いから、最後まで飽きずに食えるな。見た目で味が想像できるからこそ、逆に次は何を食べようかって悩める楽しさがある。これは面白いな」

「わはぁ~☆ みんなに太鼓判もらえて、自信ついたのネェ~☆」


 陽だまり亭のクレープがクリームとフルーツを楽しむものであるならば、オシナの料理は柑橘系のジュレと野菜を楽しむものだ。

 似ているけれど全然違う。

 なのにどちらとも華やかでオシャレだ。

 いわゆる『映える』とか『アガる』とかいう感じだな。


「ねぇヤシロ。あたしは本当にいつもどおりでいいのかな?」


 オシナの新作を楽しんでいると、不安そうな顔でパウラがやって来た。

 カンタルチカは、定番のフルーティーソーセージと冷たいビールを持っていくことになっている。

 ビールはアッスント秘蔵の氷でキンキンに冷やした状態で持ち運ばれる。


「なんかさ、周りがみんな新しいものばっかりだから不安になっちゃって……」

「新しいものは目新しくて楽しいけどさ、その中に定番ってのがあると力強いんだよ」

「そんなもんかなぁ……?」


 いまいち納得しきれない様子のパウラ。

 パウラも新しいもの好きだしなぁ。

 だが。


「カンタルチカを知らないヤツは十分驚くと思うぞ、微かにフルーツの香りがするこのソーセージに」


 フルーティーソーセージ自体がこの街では珍しいものだ。

 少なからず、ハビエルとルシアは見たことがないと言っていたから外周区には存在していないのだろう。


「アレとキンキンに冷えたビールの組み合わせは鉄板だろ? 新しいものに浮かれる連中に叩きつけてやれよ、ド定番の力強さをさ」

「そっか……、うん。そうだね。分かった! じゃあ、ウチは変わらない伝統の味を見せつけてやるんだから! ……まぁ、フルーティーソーセージは去年出来たんだけどね」


 新しい商品ではないが、伝統の味ってほど古くもない。

 それでも、カンタルチカでは主力に名を連ねる大人気商品だ。自信を持っていけばいい。


「んじゃ、そろそろ戻るか」

「はい」


 ジネットを伴い、俺たちは自分のブースへと戻る。

 すると間もなく、図体のデカいオッサンが俺たちの前へと現れた。


「あれ、ヤシロ? それに店長も」


 辺りをうろうろと徘徊していたハビエルが、健康隊にいる俺とジネットを見つけて寄ってきた。


「なにしてんだ? 他人の世話焼きも大概にしないと、自分たちの準備が間に合わなくなっちまうぞ」


 と、お料理隊の方を指さして言うハビエル。


「いや、俺とジネットは今回こっちなんだ」

「え!? ヤシロはともかく、店長が料理じゃないってのは衝撃だな」

「はぅ……あの、わたしは、お料理以外何も出来ない人間だと思われているということでしょうか?」

「いやいやいや! 違う違う! 店長の家事スキルの高さは方々から聞いて知ってるがよぉ、あんたは何より料理が好きな人だと思ってたからよ」


 しょんぼりしたジネットに、全力の言い訳をするハビエル。

 傍目に見たら、森のくまさんがお嬢さんをイジメているようにしか見えないもんな。


「確かにお料理は好きですが、今回はこちらでお手伝いをさせていただくんです」

「へぇ、ヤシロの手伝いか」

「いや。俺はむしろジネットのサポート――というか、見張りだな」

「はぅっ……見張りなんて必要ないですのに……」


 再びしょんぼりのジネット。

 そうか、そうか。ジネットよ、……自覚が足りていないようだな。

 お前を野放しにすると、近隣の区が一つや二つは壊滅しかねない危険度なんだよ。


「なんだかおもしろそうじゃねぇか。何をするんだ?」

「足つぼです」

「足つぼ? 聞いたことないな」

「えっ、イメルダから何も聞いてないのか?」

「あぁ。イメルダは知ってるのか?」


 あいつ、足つぼのことを父親に黙っていたなんて……トラウマにでもなってるのかな?

 四十二区、特に陽だまり亭付近ではタブーになっているワードだしなぁ。


「ごきげんよう、ヤシロさん」


 イメルダのことを考えていると、そのイメルダが優雅な足取りでやって来た。


「ちなみに、ヤシロさん」


 日傘をくるりと回し、イメルダが俺を呼ぶ。

 近付いて耳を貸せば、ハビエルを気にするように小声で耳打ちをしてくる。


「いつかのためにと、お父様には秘匿しておいたのですわ」

「なるほど。じゃあ、今日がそのいつかの日だな☆」


 こいつめ。

 なんて味なことを。

 そうだよな。噂が先行して余計な知識が入っちゃ面白くないよな。


 さすがイメルダだ。エンターテイメントをよく理解している。


「じゃあ、ハビエル。ちょっと体験してみるか?」

「お、いいのか?」

「あぁ、準備はもうほとんど終わっているからよ。……俺が、じっくり、たっぷり、ねっとりとマッサージしてやるよ……イッヒッヒッヒッ」

「ちょっと待て、ヤシロ!?」


 椅子に腰かけかけていたハビエルが、爆音に驚いたコモンマーモセットのごとき動きで逃げ出す。


「そんな邪悪な顔つきのヤツにマッサージなんかされちゃたまらねぇぜ! あぁっと、そうだ、店長! 店長も出来るんだろ、その足つぼっての?」

「はい。嗜む程度にですが」

「じゃあ、店長がやってくれ。いいか、ヤシロは手を出すなよ! ワシは店長に足つぼをやってもらうからな!」


 ハビエルの宣言を聞いて、辺り一帯が「ざわっ!」っとした。



 ざわ……ざわ……

 ざわ……ざわ……

 ざわ……ざわ……

 ざわ……ざわ……



「では、ハビエルさん。こちらへどうぞ。エステラさん、申し訳ありませんが、ゼルマルさんの籐の椅子をお借りしてもいいですか?」

「うん、いいよ」

「店長さん、思いっきりやってさしあげてくださいましね」

「はい。ハビエルさんの疲れが吹き飛ぶように頑張ります」

「そりゃあ楽しみだな。――ヤシロはそこを動くなよ! イメルダ、しっかり見張っておいてくれよ」

「かしこまりましたわ」


 俺を指さし忠告して、ジネットとともに籐の椅子へと向かうハビエル。

 それを笑顔で見送る俺とエステラとイメルダ。


「ヤシロ」

「なんだ?」

「本っ当ぉ~に、君は人を破滅へ導くのがうまいよね」

「まったく、感服いたしますわ」

「なんだよ、人聞きの悪い。ジネットは足つぼをやりたがっている。ハビエルは足つぼをされたがっている。誰も不幸にならない、素晴らしい結果じゃないか」


 そして、エステラとイメルダが二人揃って悪ぅ~い顔で笑みを漏らした直後――




「うごぉぁぁああああ!?」




 ハビエルの絶叫が広場にこだましたのだった。






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