278話 一触即発の予感? -1-

 広場の舞台上でエステラのスピーチや来賓の紹介など、一通りのプログラムが終了した後、会場の者たちは舞台を離れ移動を開始する。

 街門が開け放たれ、そこに大勢の人間が詰めかける。

 滅多に見られない光景だ。


 その観衆の注目を一身に集め、ハビエルが特大の斧を振り上げ、ハビエル二人分もありそうな太い幹の大樹を切り倒す。

 腹にズドンと響くような音を鳴らし、大木が横倒しになる様は圧巻で、自然と観衆から拍手が巻き起こった。


「ミスター・ハビエル、ありがとうございました」


 進行役がそう告げると、ハビエルは太い腕を振り上げ気勢を上げる。

 その声に観衆が応えて、森の前は大きな声の渦に飲み込まれる。


 興奮が高まり、ボルテージは最高潮を迎える。


 進行係に呼ばれ、エステラがナタリアを従えて観衆の前へと進み出る。

 今回の進行係はナタリアではない。別のベテラン給仕だ。

 ナタリアは完全にエステラの影となり付き従っている。


 そして、少しでも邪な思いを滲ませた目をエステラに向ける者を容赦なく排除している。

 もちろん、手は出していない。

 手こそ出していないが、「あ、一歩でも近付いたらヤられるな」って分かるくらいの殺気はバンバン飛ばしている。

 ……俺、あんなおっかないヤツと日頃会話してんのかと、ちょっと不安になるくらいだ。


 ナタリアの本気、怖ぇ……

 さすが、当初マグダが恐れた相手なだけはあるな。


 マグダが怖がって身を隠したのって、ナタリアとメドラだけだもんな。


「それでは、これから港の建設予定地へ移動します。ただ、ご覧の通り現在魔獣対策はまったく出来ておりません。慎重を期しておりますが、絶対の安全を保証できるものではありません。従って、この後の着工式は希望者のみの参加と致します」


 下手に外の森の最深部へ踏み込んで怪我をしたくなければここで帰れということだ。

 この先、メドラ率いる狩猟ギルドが参加者を守ってくれるが、完全に安全ではない。

 万が一何かあっても、ここから先は自己責任となる。


 そんなことを貴族的な回りくどさで説明し、エステラは出発の準備を整える。


 領主は全員参加するようだが、貴賓席にいた貴族の大半は引き返していった。

 エステラに粉をかけようとしたが、今日は日和が悪いと踏んだのだろう。

 あんなおっかない給仕長がぴたりと張りつき、ましてこの後はボナコン級の凶悪な魔獣が跋扈する森の最深部へ繰り出すのだ。

 我が身を守るのに必死で、ナンパなんかしている余裕はないだろうし、連中にはそんな度胸もないだろう。


 あと、強面ムッキムキの狩人がウロウロしている場所で『今度ディナーでも』なんて誘い文句も言っていられまい。

 下手すると、イラッときた狩人に『魔獣と間違えられて』狩られてしまうかもしれない。……いや、それはないか。メドラもいるし。

 ただ、俺としてはそーゆー事故が起こっても不思議ではないよなぁ~と思わなくもないわけで。


「では、まいりましょう。狩猟ギルド構成員の指示には絶対に従ってください。この森は本当に危険なのです」


 そうして歩き出そうとしたエステラに、一人の男が声をかける。


「そんな危険な場所に港を作って、本当に維持管理が可能なのか?」


 歩き出そうとしたエステラが立ち止まり、体の向きを変えて声の主に向き合う。


「もちろんです、ミスター・ウィシャート」


 その男は、あのモノクル紳士だった。

 こいつが、三十区領主デイグレア・ウィシャートか。


「工事期間はもちろん、港完成後も万全を期した管理体制の構築を致します。そのための協力体制もすでに整っておりますので、なんの心配もいりません」

「この世に『万全』などということはあり得ないのではないのかな?」


 実に嫌な物言いをする。

 今の段階で『大丈夫』だと証明する方法などあるはずがないにもかかわらず、その証拠を提示しろと言っているのに等しい。


 なるほど、ルシアが『曲者』と言うだけのことはあるな。


「確かに、完璧かと言われると、そうでない部分があるかもしれません。ですが、事故を最小限に抑え込むための方策は――」

「完璧でない警備体制で、果たしてこの港は安全に使用できるのであろうか? どうだろうか諸君? 港が完成すれば、この街門の使用頻度も上がろう。そんな折、もし万が一にも魔獣が街へ侵入してしまえば――我々は多大なる損害を被ることになりかねない」


 ウィシャートは話の矛先をエステラから、その場にいる他の領主へと向ける。

 数を募ってエステラを追い詰めようという腹積もりだろう。


「被害が四十二区内で収まればまだよいが、果たしてそれだけで済むであろうか。驚いたことに、四十二区は二十九区へと通じる道を開拓したばかりだそうではないか。その道の警備もどうなっているのか疑わしい今、崖の上にあるとはいえ我が三十区も一切安心は出来ぬのだよ」


 誰もが何も言わず、ただウィシャートの言葉を聞いている。

 しかし確実に空気は悪くなっている。

 不安を煽り、不確定な危険性だけを声高に叫ぶ。自分に都合のいい答えを導き出そうとするヤツの常套手段だ。


「そこでどうだろうか。港の工事は一時中断して、今一度保証という面も含めた話し合いを再開してみては? 海は逃げぬ。おまけに現在四十二区は才女たる新しい領主殿に代わられて新たな事業を数多成功させているのであろう? 多少完成が遅れたところで財政が破綻するようなこともあるまい。で、あるならば、なにも完成を急ぐ必要はないのではないだろうか? どうだろうか、諸君? そうは思わないか?」


 両腕を広げ、観衆に――傍観する領主たちに言葉と共に笑みを向けるウィシャート。


 要するに、工事を始めたければ分け前をもっと寄越せ。

 断ればこうして邪魔をし続けるぞというわけか。


 ……潰すか。


 今回は明確な味方が複数いるおかげか、エステラが取り乱すことはなかった。

 昔なら「い、いえ、それは何度もお話ししましたとおり、こちらで可能な限り安全に配慮して――」なんて必死に弁解をしていただろうが、今は口を閉じ、言わせるままにしている。

 そうそう、そうやって余裕のある態度を取っていればいいんだよ


 そばにいるマーゥルが、エステラの背にそっと手を添えている。

 それでエステラは、今はしゃべる時ではないと判断できたのだろう。

 実際はげんなりしているだろうな。

「あんだけ話し合ったのに、また振り出しに戻るのか!?」ってな。


 エステラを見つめていると、その視線がチラリとこちらを向いた。

 俺が見つめていることを知り、少し動揺したようだ。……動揺を見せるな、甘ちゃんめ。

 ウィシャートが背を向けているから気付かれなかっただろうが、そういうのこそ目敏く見つけて突いてくるんだぞ、あーゆーヤツは。


 若干眉根を寄せ、そっとルシアへ視線を向けるエステラ。

 そして、マーゥルへ視線を向ける。


 ルシアもマーゥルも黙って首肯をし、エステラがため息を吐く。

 そして、こちらへ視線を向けて、「やり過ぎないようにね!」なんて注文が込められていそうな視線を向けながら、ゆっくりと首肯した。


 しゃべってもいいと許可が下りたので、俺は一人で盛大な拍手を打ち鳴らした。


 突然鳴り始めた音にウィシャートがこちらへ顔を向ける。

 その他の領主も同様に俺を見る。


 そうそう。

 俺を見ろ。


 俺、お前らに言いたいことがあるから。



 特にウィシャート、お前にな。



「いや、実に素晴らしい!」


 高らかに称賛の声を上げる。

 そして、ウィシャートが演説をしている間にぽっかりと空いていたスペースへと踏み込んでいく。

 ウィシャートが自分のステージとしていた、観衆の注目が集まる場所へ。


「さすがはオールブルーム随一の街門を有する三十区領主、ウィシャート様だ。危機管理に関して先見の明をお持ちでいらっしゃる」


 しゃべりながら、ゆっくりとウィシャートの前まで歩いていく。


「街門の使用頻度が上がれば、魔獣侵入のリスクも上がる。まさにその通りです」


 ウィシャートの発言を肯定する。

 全肯定だ。

 大絶賛してやろうじゃないか。


「やはり、長く街門を守護してこられた領主一族の言葉は重みが違いますな」


 そしてウィシャートがしたように、ウィシャートには背を向けて観衆へと体を向ける。

 そして、空を仰ぐように両腕を広げる。

 空にも羽ばたいていけそうなほどに。


「安全に『万全』などということはあり得ない。衝撃を受けました。正直そのような発想は持ち合わせておりませんでした。いや、さすがだ。なかなか言えることではない。勇気ある発言です。お見それしました。感服致します。素晴らしい! スパァシィィイボォォウウ!」


 俺の大絶賛が空を駆け、抜けるような青空に飲み込まれて消えていく。

 その後、しばしの静寂が辺りを包み込む。


「……貴殿は何が言いたいのかな?」


 あまりに胡散臭い絶賛に、さすがのウィシャートも口を挟まずにいられなかったようだ。

 俺はゆっくりと振り返り満面の笑みと共に言葉を発する。


「素晴らしいと、素直な気持ちを述べたまでですよ」



 さぁ、俺の声よ、風に乗って空へと舞い上がり、聞く者の耳へと届け。




「三十区の街門の警備は『万全ではない』と声高に宣言できるあなたは、素晴らしく厚顔無恥な領主だと、衝撃を受けたまでです」






 俺史上、最高のスマイルを見て、ウィシャートの額に野太い血管が浮かび上がった。






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