こぼれ話4話 激流に飲み込まれる -1-
情報紙が世に出回ってから数日が過ぎた。
四十二区の情報が載っているということで、最新号は四十二区でも結構な部数が売れたと聞く。
たった一枚の紙切れに多くの者がはしゃぎ、夢中になり、話題の中心となっていた。
そんな情報紙の影響は――正直、微妙なものだった。
「思ってたほどお客さん増えないですね」
街道を覗き込むロレッタ。
その言葉通り、陽だまり亭はいつも通り、通常営業だった。
客足は……まぁ、微増というところか。
昼のピークが終わり、店内にはまったりとした時間が流れていた。
「……ヤシロ」
いつもの席で空いた店内を見つめていると、マグダがしょんぼりと近付いてくる。
「…………マグダの、せい?」
情報紙に載ったイラストの件を言っているのだろう。
イラスト通りの店員がいないから客が来ないのではないか……と。
だが、それは違う。
「なわけねぇだろ」
変に落ち込むマグダの頭に手を載せる。
耳の付け根をもふもふと揉んでやると、少し抵抗しながらも「……むふ」と、控えめに鼻を鳴らした。
「『BU』の連中は結構ズボラなんだよ」
思い返してみれば、あの嵐のようだったナタリアフィーバーの時でさえ、馬車に引っ込んだナタリアに殺到する者はいなかった。
その場を離れても、追いかけてくる者はいなかった。
ヤツらは、自分たちのテリトリーの中に話題のモノが入り込んでくると大騒ぎをするのだ。自分たちから進んで渦中に飛び込んでいくタイプではないのだ。
それは、マーゥルのとこの給仕募集の面接の時にも現れていた。
給仕候補生たちは、自分たちが得た情報『のみ』を活用していた。だから、格好も受け答えもまったく同じになっていたのだ。
そこから一歩踏み出して「面接とは」と深く追求する者はいなかった。
さながら、ネットニュースのトップページに表示される見出しだけをなぞって分かったつもりになっている惰弱層のようなものだ。
情報が多過ぎると、一つに割けるリソースは限られてくる。だから表面だけをなぞるようになり、それが習慣化すると次第に情報の取捨選択を怠るようになり、与えられた情報をただ受け取るだけになってしまう。
それでも情報量が多いと感じると、耳に痛いことには耳を塞ぐようになり、そしていつしか聞きたい情報だけを聞くようになっていくのだ。
面接なんか面倒くさい。なんでもいいから安定した職場で働かせてくれればいいのに。
そんな思いが全身からにじみ出していたのが、あの時の給仕候補生たちだ。
で、『BU』にはそんな連中が多い、と。
「だからな、陽だまり亭が『BU』まで出店を引っ張っていけば長蛇の列が出来るだろうが、向こうからこっちに来るヤツはそうそういないんだよ」
そもそも、高い金を払ってまで馬車に乗って他区まで飯を食いに行くって発想が、この街の連中には根付いていない。
基本、貧乏人が多いからな。
「でも、カンタルチカにはご新規さんが増えたですよ? パウラさんが自慢してたです」
「まぁ、ミーハーとスケベな酒好きはどこの区にも一定数はいるだろうからな」
現に、爆乳マグダを一目見ようとやって来たっぽいスケベ野郎は何人かいた。
もれなくがっかりして帰っていったけれど。
「よほどの行動派でもない限り、最果ての四十二区までは足を運ばないんだろうよ」
四十二区を好んでやって来るのは、マーゥルやトレーシーのような、自分と自分の趣味に正直な行動派ばかりだ。
行動的過ぎるルシアって変態もよく来るけどな。
「だから、あんま気にすんな」
「…………うむ」
正直なところ、マグダがマグダのまま情報紙に載っていれば、もう少し客は増えたかもしれない。
現在パウラのところに足繁く通っているリピーターのように。
……パウラのとこにはそういう客がいるらしい。まぁ、どうでもいいけど。
けど、マグダ目当てで店に来られても、それは少し違う。
ウーマロはマグダ目当てではあるが、あいつはちゃんと陽だまり亭の飯を評価している。
マグダ目当てで陽だまり亭はオマケ、みたいなヤツで店が埋め尽くされたりしたら、きっとジネットは複雑な気持ちになるだろう。
ほら、あれだ。
日本でも、オマケが欲しくてメインのお菓子を大量廃棄するヤツとかいたしな。
そんな扱いを受けるくらいなら、新規顧客など増えなくていい。
陽だまり亭の味を好み、陽だまり亭の空間を気に入ったヤツらが来てくれればいい。
ジネットなら、きっとそう思うはずだ。
「だから俺は、全然気にしていない」
「……の、割には、そこそこ太めの血管が浮き出てるですよ、お兄ちゃん」
……あぁ、そうだな。
これでカンタルチカの集客もイマイチなら「あんま効果なかったなぁ~」で済んだ話なんだが……あっちはそこそこ増えてんだよな、新規顧客!
なぜだ!?
確かにイラストほど胸が無くとも、マグダだって可愛いやろがい!
可愛いやろがい!
「胸の大小でしか判断できない男どもは、一体何を考えているんだ!?」
「驚きです! お兄ちゃんの口から、まさかそんな言葉が出てくるとは!?」
えぇい、イライラする。
なんか負けてるみたいでイライラする。
負けてないけどな!
「みなさん。ドーナツで一息入れませんか?」
厨房から、ジネットがのほほ~んと顔を出す。
色とりどりのドーナツが載った皿を持って。
「マグダさんは、チョコレートのドーナツが好きですよね」
「……うむ」
「ロレッタさんはピーナッツバターですね」
「はい。あたし、それ好きです!」
「ヤシロさんは生クリームとかどうですか?」
「いや、俺はプレーンをもらおう」
「プレーンはわたしのです」
「って、おい」
選択肢なかったのかよ。
「では、半分こで」
言いながら、プレーンと生クリームのドーナツを半分に割る。
俺は半分こも了承していないわけだが。
「……では、便乗する」
「乗るです、この波に!」
そして、マグダとロレッタが加わって、結果ドーナツはすべて四等分された。
なんだこの一口サイズ。
「みんなで食べると、いろいろな味が楽しめてお得ですね」
「どの味だって、いつでも食えるだろうが」
「一口ずつというのが、贅沢なんですよ」
ベルティーナの娘とは思えない発言だな~とか思っていると、ジネットの発言をマグダが訂正する。
ドーナツを囓りながら。
「……『みんなで一緒に食べるのが』、贅沢……あむあむ」
「そうです! マグダっちょいいこと言ったです! でもいろんな種類が食べられるのも幸せですから、『みんなで一緒にいろんな種類が一口ずつ食べられる』のが幸せです!」
「ロレッタ。長い」
「はぅ!? ……難しいです」
そんなやりとりを眺めながら、くすくすとジネットは笑う。
そして、自然な手つきでマグダの髪を指で梳く。
なるほどな。
これがジネット流の励まし方ってわけだ。
マグダは何も悪くない。
競い合ってギスギスする必要はないんですよ、ってな。
ま、店長がそう言うならそれでいいんだろう。陽だまり亭としては。
だから、あとは……
「んじゃ、ちょっと出掛けてくるよ」
「ヤシロさん、どちらまで?」
「ちょっと二十九区に用があってな」
…………そう、あとは『俺が』納得できる結末を迎えるために行動するのみだ。
「ちょ~っと、ゲラーシーの顔を見たくなってな…………にやり」
「あ、あのっ、ヤシロさん!? なんだか、お顔が、物凄いことに……!」
「じゃ、行ってくるな~!」
「ヤシロさん!? ヤシロさーん!?」
追いかけてくるジネットの声を振り払い、一路ニューロードを目指した。
基本的に、俺って負けず嫌いだから。
少々強引なことでも、自分のためなら許せちゃうんだよね★
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