終章

1

皇紀八三六年雨月二十一日九時時二十分

叢林市・叢林恩賜病院


「立派な車が来たぞ」


 窓の外を伺っていたシスルが俺に告げる。

 今日はお客さんがお客さんだから失礼のない様に何時もの黒い貫頭衣じゃなく、白い襦袢ブラウスに黒いチョッキ、ひざ丈の裾を絞れる半 下袴ズボンに純白の長靴下と言う商家の丁稚みたいな装いをさせた。

 俺も一応、麻の背広を身に着けているが、胸周りは固定帯で固め、左腿の銃創のお陰で今の所松葉杖が手放せねぇ。顔も絆創膏だらけと、なんとも惨憺たる有様だ。

 俺も病室の窓から顔を出すと、黒塗りの高級車『トノダ・凱歌三十型』の特別仕様車が車寄せに滑り込むのが見えた。

 特別病室の病床に伏せるチョル教授に「お父上が見えられたようです」と声を掛ける。

 ゆっくりと頷いたその顔は、鬚こそは綺麗にそり落とされた物の、破壊された臓器からの毒素で蒼白になり銃創が原因の感染症による熱で目は潤み、全く死の床にある者のそれだった。

 ゴルステスの放った散弾は、ユハンのわき腹を貫き、腸と脊椎の一部をメチャクチャにしてしまった。

 今でも生きているのは白鷺十五号に乗り合わせていた衛生兵の適切な処置と、叢林恩賜病院の医師や看護師たちの手厚い看護のお陰だ。

 病室の扉が叩かれ、俺が「どうぞ」と答えると、四人の屈強な護衛と大人し気な初老の秘書を従えた老人が入って来る。

 丁寧に撫で付けられた見事な白髪、目袋が出来たるんではいるが切れ長の目は鋭く、歯はおそらくすべて自前なのだろう口元もきりっと引き締まっている。

 皺やらシミやらは年相応なのだが、総体として七十五という年齢を感じさせない。背筋もまたしゃんと伸び手にした杖はただの飾り出る事が解る。

 薄紺の縦じま模様の仕立ての良さげな背広に身を包んだその男こそ、チョル財閥総帥、チョル・ホハン、その人だ。

 ホハン翁は俺の姿を認めると近づいて来て「オタケベ少佐か?」と問う。そうですと答えると。


「この度は、愚息の為に大変な尽力をしてくれたと聞いている。君も相当な怪我を負っっている様だ。何とも礼の言いようがない」

 

 俺は空かさず「お言葉、痛み入ります。任務ですのでお気遣いなく」

 今度は窓際のシスルに向かって。


「君がシスル君か、君の骨折りも良く知っている。驚嘆すべき勇敢さだ。この老人、心より感服しておるよ」


 どう答えようか迷っている風のシスルだったが、しばらくして「任務ですので」と言ってペコリと頭を下げた。

 その様に微笑んだあと、厳しい表情に戻り息子の枕元に立つ。

 身動きの困難な体であるも関わらず、なんとか上体を捻じ曲げ父の顔を見つめるとユハンは声を絞り出し「申し訳ありません、父上」

 ホハン翁は、そう涙ぐみながら言う息子を睨みつけ。


「この大バカ者が、放蕩にも程がある。我が一族の面子に泥を塗りたくったばかりか、貴様の所業のお陰で何人死んだと思う?お前なんぞに法の裁きはもったいない、密林の奥で人知れずくたばって朽ち果てるべきだったのだ」


 ユハンの頬を涙が伝い、枕にしみこむ。その様を見届けたホハン翁は、静かに、だがしかし強い口調で言明した。


「本日をもって、お前をチョル家から勘当する。もう今以降、お前は儂の息子でも無いし、儂はお前の父ではない。好きなように死ねばいい」

 

 そして、かつて息子だった男の枕元を離れ、俺とシスルにそれぞれ深々と頭を下げると病室を後にした。

 残された元息子は、ただただ天井を見つめ嗚咽するばかり。掛ける言葉もないも見つからないので、俺たちも病室を出る。

 廊下には、なんとトガベ少将閣下の姿が、いつもの目の覚める様な白い軍服をお召に成り、壁に背を預け俺を見つめ「どうだった?」


「ユハン氏はチョル家から放逐されました。もう一族の人間では無いと宣言されましたよ、あの有様の息子にそれを言うとは、まぁ流石に政商といった所ですな」

「当然だろう。我々も聞きたいことはすべて聞き出した。今頃拓洋では憲兵隊が嬉々として間諜スパイ狩りに勤しんでいるだろう。で、当人の容態は?」

「相当悪いですね、大腸、小腸ともに半分摘出、脊椎も損傷していてその上感染症にも罹っています」


 俺の報告を聞くと、閣下は見透かすように目の前の扉を見つめると。


「我々としても最早利用価値など欠片も無い男だ。その存在、生き死に共々何の興味もない」


 そう言い捨てると身を壁から起こし。


「私は貴様らのやらかした事共の処理があるので一足先に拓洋に戻る。全く、寸前のところで第二次全球大戦がはじまる所だったぞ、索敵隊のバカどもが先に撃ってくれたからいい訳が起つものの、外務卿のフルベ公爵が鷹揚な方でなければ、私も貴様も明日には臨南州あたりの国境警備隊の分屯所で、毛むくじゃらと仲良く海獣鍋をつつくはめになる所だった」


 と、耳に痛い悪態を散々ついたあと、悠然と廊下を歩んでいった。が、ふと立ち止まり半身だけ捻り振り返りシスルを見つめると。


「そうそう、フルベ公爵といえばシスル、素晴らしいコネを手に入れたな。夫人があのお嬢さんによろしくと、兄を介して私に言って来た。その鏡、大事にすると良い」


 その後、また俺を睨みつけ。


「オタケベ少佐、部下の人間関係ぐらい正確に把握しろ、出ないといずれシスルが貴様の上に立ち、貴様が彼女の部下になるぞ、自分の出自に胡坐をかくなよ」


 そう最後っ屁のような苦言を投げてよこし去っていった。

 ・・・・・・。そう言えば、この俺の悲惨な有様を見ても、ご苦労様の一言も無かったよな?

 なんて酷い上官だ。・・・・・・止めたくなったゼ。

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