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聖歴一六三〇年六月十八日(皇紀八三六年雨月八日)二十時四十五分
ロバール川支流河口・索敵隊待ち伏せ陣地。
降って来る槍を何本か交わし、煙を吸わぬ様身をかがめ壕の中を這い進む。
途中、胸を槍で刺し貫かれた索敵隊員から上着を拝借し、破かれた
突然、尻に尾を生やし目の前に槍を手にした人影が壕の中に飛び込んできた。
顔は奇妙な面で覆われ解からないが筋骨たくましいその体躯からしてウルグゥ族の戦士に違いない。
仮面の敵は雄叫びと共に槍を振りかざしマーリェに突っ込んでくる。この煙の中でどうも無いのか?
紙一重で逃れ、すれ違いざまに腹めがけ小銃弾を叩き込む。一瞬相手はよろめいたがまた体勢を立て直し挑みかかって来る。今度は胸に二発、頭に一発。
仮面が割れてくだけ、中から苦痛にゆがむ豚のような醜い顔が現れ、口から血を噴出してあおむけに倒れた。
その後、斃れた隊員から弾帯を回収し身に着け、また出会ったウルグゥ戦士を二人ほど射殺してなんとか委員会に割り振られた壕に飛び込む。
そこでは口元に濡れた布で覆ったズブロフが十式下士官銃を壕の外めがけ撃ちまくりつつ、大声で自分の部下や逃げ込んできた索敵隊員を指揮していた。
彼女の姿を認めたズブロフはまず胸元の血に驚き、血のにじんだ唇に目を瞠り「同志、それは」
「服の血は他人の血で問題ないわ。顔は・・・・・・。大したことない大丈夫よ。それで状況は?」
背後に殺気を感じ振り返ると槍を突き立てたウルグゥ戦士。一発叩き込むが素早い身のこなしで闇に消えられた。
「嘔吐剤に極めてよく似た効果を持つ煙による化学戦を仕掛けられました。煙とその後の投げ槍の投擲、直後の突撃で索敵隊は混乱、たやすく陣地内に乗り込まれ各所で白兵戦になっています。彼我の距離が近すぎて火器も手榴弾も有効に使えん状況です」
「無線でローツェンブルの国境警備隊を呼び出して至急増援を送る様に要請を」
ズブロフは頭を振る「要請しましたが、却下されました」
「なぜ!」詰め寄るマーリェをまっすぐ見つめ。
「我々だけで対処せよと・・・・・・。委員会は事態の拡大を恐れています。国境紛争に成ることを危惧している様です」
「だったら!ここに空爆か砲撃を!あいつらに川を越えさせるわけにいかないわ!」
「先ほど、無線のある壕が占拠されました。おそらく破壊されています」
足元に目をやると、すでに事切れた委員会の要員や索敵隊員が転がっており、壕の壁には息絶え絶えの者が死を待っている。
三丁の機関銃まで備え、最新装備で武装した屈強な兵士が、槍と蛮刀しか持たない原住民に蹂躙されるとは・・・・・・。
唇をかみしめ悔しさに耐える。拳で壕の壁を殴ると、悔し涙に濡れた蒼氷色の瞳で壕の皆を見渡す。
その時、銃声や怒号、悲鳴に紛れ、あの忌まわしい男の咆哮が聞こえた。
「オオラァ!腰抜け共!何をもたもたしてやがる!せっかくお客様だろうがぁ!シャキッとお相手しろぉ!」
ゴルステスだ。
彼女の中で何かが吹っ切れ、腹の底から闘志が湧き出してくる。
小銃の弾倉を交換し、初弾を薬室送り込むと。
「おそらくウルグゥの指揮を執っているのはオタケベ・ノ・ライドウ少佐よ、彼を殺せばウルグゥは烏合の衆に張り果てるはず。必ず彼を見けだし、殺すのよ」
彼女がそう宣言した時、川の方から発動機の音が聞こえて来た。
それはかなりの速度で近づき強力な探照灯で砦を照らす。
「同志!ソガル島方向から河川警備艇一隻が接近中!」
その声に敵に見つかるのも構わず壕から身を乗り出し川面を睨む、探照灯の眩い光が自分の顔面を撫でる。目を瞑り幻惑されるのを避け、光が通過すると目を開けた。
その河川警備艇の船尾に同盟軍の旗、赤地に黒く描かれた車輪の紋章があしらわれた旗が掲げられているのを期待した。
が、そこで川風にそよぐ旗に染め抜かれた紋章は、濃紺地に白く描かれた険しい山陰から覗く二十四枚の花弁を持つ蓮の花。
アキツ諸侯連合帝国の陸軍旗。
一瞬、絶望しかけたがここは同盟領、川に敷かれた境界線を越える事は出来ない。もし超えればそれこそ国境侵犯だ。
しかし、それならなぜ来た?彼らが川を泳いで渡るのを期待しているのか?何か解せない、なにか引っかかる。
胸騒ぎがしてこちら側の川岸を見ると、索敵隊員が砂浜に出て銃を構え河川警備艇に狙いを定めているのが見えた。
思わず大声で叫んでいた。
「止めろ!撃つな!こちらの先制攻撃になるぞ!」
遅かった、歩兵銃の連射音が鳴り響き河川警備艇に全弾命中する。
分厚い装甲を持つそれは、そのような銃撃にはものともせず、全部甲板に据え付けられた回転砲塔を旋回させ内陸に砲口を向けた。
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