第4話「天使との出会い?(2)」

「どういたしまして」


 軽やかに返した彼女の言葉で、初めて意識して彼女の顔と姿を見つめた。

 そして初めて、これが夢やゲームの中ではないことを願った。

 そう思わせるほど、派手やかな月光の下の彼女は美しく見えた。いや、美しかった。


 腰の辺りまで素直に伸びたブラウン・ゴールドの長い髪が、現実世界よりも派手な月光に照らされキラキラしていた。

 体の線は恐らく鎧のため少し膨らんだ感じがするが、そうであっても女性特有の線の細さとたおやかな曲線は隠しようもなかった。

 そして再び彼女と視線があって、やっと正気に戻った。


「本当にありがとう。まだ良く分からない事もあるけど、多分アンタは命の恩人だ!」


 最初が肝心と、いつもの子供っぽい口調ではなく、敢えて男っぽい口調で話しかけてみた。


「やっと人並みなお礼が言えたみたいね。けど、男の子が土下座なんて軽々しくしないの。あと、土下座なんてしたら、『ダブル』って丸分かりだから他ではしない事。

 ハイ、頭を上げて。それだけ元気なら、もう立てるわよね。……思ったより軽傷だったのかしら」


 言いながら立ち上った彼女の姿を、見上げる形になったオレは見とれてしまった。

 背丈は女子の平均より少し高めだろうか。多分160センチ代半ば。手足が長くスラリとした均整のとれた肢体の様子は、ハリウッド映画のリアルファンタジーっぽい衣服の上からでもよくわかった。


 髪は少し暗めのブロンドで、顔立ちは日本人とも白人とも言える感じだけど、オレの印象としてはやはり日本人だった。

 顔は小さな卵形で、髪の色も合わさって少し妖精とかエルフっぽい。

 そして勝ち気そうな凛とした大きな目が、紺碧を思わせる深い蒼の瞳が生命力に溢れた輝きを放っている。

 化粧っ気はほとんどないように見えるけど、必要ないほど魅力的だ。


「何、ガン見してるの?」


 ただし今は、見下ろすというより、少し見下す感じのジト目で視線を送ってくる。

 なんだか、オレにとっての現実的な状況だ。


「ご、ゴメン。つい。あ、そうそうオレは月待翔太(つきまちしょうた)。えっと、えっと……」


「つい、ねぇ。ま、いいわ。フ〜ン、ショウ君って呼んでいい。私は山科遙(やましなはるか)。こっちではルカで通してるの。男みたいな呼び方だけど、気にしないで」


 ハルカさんの言葉に機械的にうなづくと、そこで彼女はまだ座り込んでいるオレに手を差し出した。

 自然、その手を掴んで握手するような形になるが、彼女の意外に強い引っ張りに対して、立ち上がるまでいかなかった。

 まだ、体が思うように言うことをきかなかったからだ。


「あっ、ワッ!」


「ち、ちょっと!」


 二人して悲鳴をあげつつ、引っ張られた拍子のままオレが彼女に向かって急に倒れ込み、オレが彼女の上に被さって倒れてきってしまう。

 さらに、柔らかい感触が体のそこかしこで接触したので半ば動転し、そのまま手足をばたつかせてしまう。


「ご、ゴメン。まだ体に力が入らなくて」


「んもー。って、どこ触ってるの!」


 慌てて上体を起こした直後、「パッーチン!」と我が頬ながら実にこぎみ良い音。

 見知らぬ女性からの平手打ちも生涯初の体験だ。

 そして分かったことは、この程度の痛みは十分に感じることが出来るという事だ。


「いってー。不可抗力だろ。それにたいした所は触ってないだろ。なんか、シャリシャリって硬い感触しかなかったぞ」


「硬くて悪かったわね! チェインメイルを鷲掴みにすれば、そりゃ硬いでしょうよ。ホラっ」


 そう言うなり、何処か聖職者か騎士っぽい上等な仕立ての上着をたくし上げる。

 その下には白磁の肌でも艶めかしいシルクの下着でもなく、弱い虹色の光彩を見せる白銀色の小さな金属輪を繊細につなぎ合わせたワンピース状の鎧があった。

 そしてそのラインは、彼女の体の線に沿って緩やかな曲線を描いている。


 それを見て倒れた拍子に何を掴んだのかを悟った。さきほど掴んだ右手が、勝手にニギニギしている。


(夢にまで見たシチュエーション、現実ではあり得ないラッキースケベな状況なのに、残念な感触だったからまったく気付かなかったなんて!)


 心の奥底で涙を流すほどではないがかなり悔やみつつ、とりあえず九十度で頭を下げる。こういう時、取りあえず謝る以外の方法をオレは知らなかった。

 というより、どうしていいのか分からないので、取りあえず相手の表情を見ないようにするために頭を下げた。


 少しして、大きなため息が彼女の口から漏れる。


「……もう、いいわよ。減るもんじゃないし。で、ショウ君、体はどう? やっぱり、もう少し休む」


「う〜ん、ちょっと頭がフラフラするし、体もだるいかも」


「そっか。まあ、かなり出血したみたいだから当然かもね」


「あ、そうそう、ハルカさん、オレどれぐらい意識なかったんだ? それと白銀色の人は? あの人にもお礼言わないと」


「ハルカじゃなくてルカ。意識無かったのは多分数分よ。長いとそのまま現実に戻るけど、現実で目覚めてないでしょ。あと、ショウ君を助けたのは私一人よ。怪我と出血のせいで幻覚でも見たんじゃない?」


 コロコロと表情がよく変わる。それほど機嫌は悪くなってないようで、ホッとした。


「いや、白馬にまたがった白銀色の甲冑を着た、天使みたいな人がいただろ」


「天使ねぇ。それ、私よ。ホラ、白馬はあそこ。さっきの戦場はあっち。ここまで運ぶのけっこう大変だったのよ。それと、白銀色の種明かしはコレ」


 彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべて立ち上がると、瞳を閉じて精神集中らしき仕草を見せる。数秒後、彼女の姿が白銀色に輝きを見せ、さっき見た輝く鎧を再現した。


 そして完全な状態と言えるところまでくると、剣を抜きはなってポーズをつけ、オレに少し挑戦的な表情を向けてくる。

 凛々しい表情も重なってすごく様になっていた。


「分かる? この輝く鎧は、魔力が直接作り出した力場みたいなものなの。さっき見せたチェインメイル、みんながミスリルって呼ぶ魔銀(まぎん)で作られた魔法の鎧や盾とかに予め護りの魔法が織り込まれてるから、精神集中でこうして魔法の鎧が自由に展開できるのよ。便利でしょ」


「うん、便利すぎ。ゲームみたい」


「ゲームだったらいいんだけどね。それに、これを長時間維持するとけっこう消耗するのよ」


「魔法だからか? けど、魔法なら呪文の詠唱とかは? ていうか、ハルカさんがオレの穴だらけの体治してくれたのも魔法だよな?」


「そうよ。今は傷を癒す事しかできないけど、あるとないでは大違いでしょ。けど、解毒や造血はまた違う魔法で面倒だから、触媒や準備がないと難しいのよ。だからショウ君も、傷は治したけど流れた血は戻ってないの。

 あと、この世界の魔法は、わざわざ難しい呪文を唱えたりしないわよ。魔力さえ持っていたら、呪文を暗記というか頭に刻み込まれているか、記した巻物とかがあればオーケー。知らなかった? 基本魔法使う時は、構築って表現するわね。

 まあ、魔法の記憶を呼び起こしたり発動のきっかけなんかのために、魔法名とか呪文の一部を口にする人は多いけど」


「そうなんだ、噂や『お約束』とは少し違うんだな。そんなことより、めちゃ助かった。ハルカさんはオレの命の恩人だ。何も返せるものはないけど、何かお礼をさせてくれ」


 今度は四五度ぐらい頭を下げた。すると彼女は、白銀の輝きを止めて少しだけ居住まいを正す。


「まあ、そんなに畏まらなくていいわよ。魔物退治と治癒は私の仕事みたいなものだから」


「『夢』の世界で仕事って、真面目なんだな」


「まあ、ね。ところでショウ君は『ビギナー』?」


「多分。『アナザー・スカイ』初日」


 そう言うと彼女は、心底感心した表情を浮かべる。


「へぇ、運がいいわね」


「そうなのか?」


「そりゃそうよ。こんなド辺境でビギナーが他の『ダブル』にすぐ出会えるなんて、凄くラッキーよ。今日の事は、ショウ君自身の幸運のお陰だと思っていいかもね」


「フーン。けどマジ幸運かも。ハルカさんに出会えたんだから」


「フフフッ。何その、オレ様が勇者だ的な発言。助けたの私じゃない。それに今更口説いても遅いわよ。事故とは言え、女の子に酷い事もしてるのに」


 からかい気味の口調に少しはにかむ仕草が、無性に可愛かった。

 しかもオレが彼女の言葉にバツの悪い表情を浮かべて視線を下げると、さらに微笑みが大きくなった。


「おっ、無礼な事をしたくせに、初心なのねぇ〜。ちょっとカワイイかも」


「アハハハハ(え、何、オレ突然モテ期。ていうか、これ夢の中ジャン。オレ普通の夢見てる?)」


「ところで、さっきどうして矮鬼程度に苦戦してたの? 多分ショウ君なら楽勝の筈なんだけど。あの切り口は並じゃなかったし。アンラッキーヒットでも食らったの?」


 オレの虚しい内心をよそに、一転鋭く真剣な表情を向けてくる。美人なだけに、かえって凄みがあった。

 なんか、別の意味で現実に引き戻される気がする。


「いや、色々と動転しちゃって……」


「ん? おかしいわね。こうしてこっちで肉体持つ前に、前兆みたいな夢を何度も見なかった? そこで戦闘とかはそれなりに慣らされて、『ダブル』になれるか振るいにかけられるんだけど」


「そういや、まとめサイトにもそんな事書いてたな。けどオレ、夜に普通に寝て気が付いたら、ここの原っぱに今の格好で寝転がってたんだけど」


 彼女の表情が「そんな筈はないだろう」と物語っていたが、ありのまま言うと軽く驚く表情に変わる。「そういう事もあるんだ」と。


「へーっ、多分それレアケースよ。前兆夢なしなんて初めて聞いたわ。ところでショウ君は、ここが『アナザー・スカイ』って事分かってるわよね」


「ああ。この夜空を見たら、いやでも分かるよ。ネットとかで調べた事あるし」


 と言って、顔を上に向けて指で天を指す。


「そっか。じゃあ、『チュートリアル』はいらないかしら?」


「なんだよそれ。ゲームじゃなくて『夢』の中。『アナザー・スカイ』だろ」


「ええ、そう。けど『アナザー・スカイ』は、夢やゲームの中だと考えない方がいいわよ。じゃないと、ここじゃ長生き出来ないから」


「ただの夢じゃないことぐらい分かってるさ。他人と同じ夢を共有するなんて、『アナザー・スカイ』以外あり得ないだろ」

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