第2話「初めての戦闘」

「ジャキ」


 構えなおした両手直剣が金属的な音を立てると、それが戦闘開始の合図となった。


 矮鬼達は本能的な感じはするものの戦い慣れているらしく、相手を惑わすための複雑なステップを踏みつつ小柄な体を急速に接近させ、オレに必殺の一撃を見舞おうとする。

 しかもその前に、後衛が牽制目的であろう矢を射掛けてくる。


 矢は3本襲ってきたが、2本を難なく剣で弾き、1本は軌道を予測して鎧の分厚い胸甲の斜めに当てて弾く。

 こちらが姿勢を崩すのを狙ったのだろうが、ほとんど牽制にもなっていない。それだけこちらの動きが上回っているのだ。


 けど、接近する敵がオレの動きにひるむ様子はない。攻撃は主に足や腰を狙ってくるが、それは連中とオレの身長差から当然の選択だった。


 オレは170センチと少し——まだもう少し伸びそうな気配——なのに対して、連中は120センチもあればいいほうだろう。

 持っている武器も粗末で小さく、当然ながらリーチも短い。

 石の穂先の手槍を持っている者もいたが、短いので伸ばしても頭に届くかどうかだろう。


 しかし連中は勇敢だった。


 無謀と表裏一体の勇敢さかもしれないが、連中のうち三匹がそれぞれの方向から襲いかかってきた。

 すぐ後ろでは、数匹が包囲の輪を広げるように動き、さらにその後ろに弓矢を構えた連中が射掛けるすぐにも散らばっていた。


 数的劣勢は明らかだけど、オレの内心は余裕だった。


(これって、噂に聞くチートプレイだろ)


 連中の動きは、スローモーションと言わないまでも、手に取るように分かった。武器の特性、戦闘時の行動パターンも完全に把握できていた。

 オレ自身は知らない知識のはずだけど、体が全部知っていた。オレ自身の戦闘時の動きについてもそうだ。

 自分自身の意志で動いてはいるが、体が様々な動きを知っていた。だから攻撃しようと考えただけで、両手直剣が鋭く夜の空気を切り裂いた。


 同時に、「ドン」という鈍い音が炸裂し、それまで一つだったものが真ん中辺りで二つに切り裂かれ、赤黒いものをまき散らす。けれど、そこでオレの体の動きは止まらず、両手剣を中心に体は動き続けた。

 そのまま次の目標に両手剣は吸い込まれるように動き、今度は左側にいたヤツの首をはねる。


 そして剣の生み出す遠心力を利用して軽く一回転して体制を整えると、最後に右側から目前まで迫っていたヤツを斜め上から一気に斬り裂いた。


 剣術で使う藁束よりも簡単に、矮鬼三匹を簡単に斬り裂いたのだ。

 このオレが、たった今したことだった。

 その証拠とばかりに、周囲からは生臭い臭いとアンモニア臭がする。さらに、何か黒っぽい煙やモヤのようなものが、矮鬼の切り口から漏れ出している。


 オレの剣裁きに圧倒されてか矮鬼どもはすくみあがり、二番手がくる事も弓矢が飛んでくる事もなかった。

 辺鄙な場所を一人でうろついていた哀れな獲物と思った人間が、ここまで強いとは予想外だったのだろう。


 けど初撃を終えたオレは、いやオレの内心は、さっきまでと違い戦闘どころではないほど動揺していた。

 心臓もバクバクだし、視界すら歪んでいた。

 自らが作り出した目の前の惨状はもちろんだけど、何より矮鬼どもを切り裂いた時の生き物を切る鈍い感触が手に生々しく残っていたからだ。


「ウッ」


 生々しい感触と臭いに、胃の中のものが酸っぱい胃酸と共に逆流してくる。

 どうやら、オレのメンタルはチートどころか軟弱そのままだった。

 咄嗟に左手で口元を押さえたので最悪の事態は避けられたが、オレの変化を捉えた周囲の状況は一変していた。


(生き物を斬るって、こんなに気持ち悪いのか)


 一度はひるんだ矮鬼どもだけど、オレの変化を見逃さなかった。オレが自嘲気味に思うよりも早く、後ろにいた矮鬼どもが一斉に弓矢を放つ。

 相変わらず矢の動きは完全に捉らえていたのだけど、強い心の動揺のため動きが一瞬遅れた。


 連中の前衛が一歩退いたので、今度は連中の全力の五本飛んできた。前と同じように、そのうち二本は剣で弾き一本は胴体の鎧で弾いたのだけど、鈍い音と共に左の二の腕に一本、右足の太股半ばにもう一本、石の鏃の粗末な矢が突き刺さる。

 そこに鎧はなく、防ぐ事はできなかった。


(痛くないって話しは本当なんだな)


 体に二本の弓矢が刺さっても、やはり痛みはなかった。

 鈍い感覚はあるし体の動きが鈍っているのも分かるのだけど、痛みを全く感じなかった。

 まるでゲームでライフやヒットポイントが減って、それに比例して動きが鈍っただけ、とでも表現すべき状態だった。


 もっとも、ゲームのような文字や数値の表示やステータス画面などはどこにもないので、視覚情報などで確認する事はできない。

 そうした画面や表示が出ない事は、昼間にこちらで目覚めてすぐ、噂や事前情報を頼りに散々試したので間違いない。

 どこからともなく、状況を伝えるアナウンスが聞こえると言う事もない。


(ステータス画面なしかよ。不親切な設計だな。もっとユーザーフレンドリーになれよ)


 そんな愚にもつかない愚痴を内心していると、そこに二番手となっていた次の前衛の矮鬼が襲いかかってくる。

 数は四体。

 相変わらず敵の動きは遅く見えているので、本来ならなんでもない数の筈なのだろうが、さっきとは何もかもが違っていた。


 何よりオレの心が怯え萎えてしまっているので、今までオレが命じた以上の動きをしてくれていた体の動きが、負傷した以上に鈍っていた。


 それでも生存本能、いや死にたくないという意思から夢の中のオレの体は何とか動き、最初の一匹を一刀両断する。

 けど、さっきのように流れるような動作は出来ず、両手直剣は二匹目を捉えられず虚しく空を切る。

 それでも二匹目はオレの剣の為に攻撃する機会を逸し、醜い怒声と共に大きく一歩引き下がった。


 しかし、大きな振りで隙だらけになったオレに、残る二匹がオレに斬りかかる。一匹は小さく粗末な石の手槍でオレの左の太股を突き刺し、もう一匹が、錆びた剣を大きく横に振って腰の辺りにブチ当てた。


 相変わらず痛みは感じないが、体の動きはますます鈍くなった。脇腹は鎧のおかげで大きな怪我はないようだけど、左の太股からは血がドクドクと流れ出しているのが分かった。

 意外に鋭い切り口で、太い動脈までやられたようだ。


 さらに続けざまに攻撃を受けて、粗末な手槍、斧、錆びた剣がそれぞれオレの体に叩きつけられる。当然、傷と出血は攻撃された分だけ増えた。


 それでも、また一匹を無理矢理切り伏せて倒す。しかし体がもう限界だった。怪我と出血で、立っている事すらできなくなっていた。

 苦し紛れに大きく剣を振り回した事で矮鬼どもは一旦離れたが、陣形を整えて攻撃する機会をうかがっている。もしくは弓矢で止めを刺す気かもしれない。


(なんだ、もうゲームオーバーか。しょーもねーな、オレ)


 おそらく最後になるであろう前に思ったのはその程度だった。

 所詮は夢。せいぜい悪夢。死ぬといっても、夢の中での出来事。

 しばらくすれば夢は途切れ、明け方には何か悪夢を見たと思いつつ目覚めを迎えるだけだろう。


 多くの仲間が殺された矮鬼も手加減する気はないらしく、満身創痍のオレにトドメを刺そうとさらに迫ってくる。


 弓ではなく接近戦でカタをつける気らしい。



 ぼんやりとした感覚の中で他人事のように周りを眺めていると、視界の片隅に白い輝きが急速に迫ってくるのが分かった。

 夜の闇の中にあって神々しいまでの白い輝き。急速に近づいて来るのに従い、形もはっきりしてきた。

 馬、恐らく白馬に乗った人だ。白い輝きの源はその馬上の人で、身にまとっているもの、より正確にはまとっている鎧が淡い光を放っていた。


 その輝きは矮鬼たちの後ろになるため、矮鬼たちはそれに気付くのが遅れた。

 鈍い音と共に、今まさにオレにトドメを刺そうとしていた矮鬼の胸に輝く鎧の人が放った光る矢が突き刺さる。

 他にも複数の矮鬼が、一度に光る矢で倒されたようだ。

 それでようやく矮鬼達も、新たな敵の存在に気付いた。


 けど、もう遅かった。


 いななきと共に跳躍した馬上から輝きが煌めき、慌てて弓の向きを変えて新たな敵を迎撃しようとした矮鬼どもを、さらなる光の矢が次々に射抜いていった。


 その後白銀の鎧は馬から軽やかに降り立つと、手に持った刀身が淡く光る剣で夜の闇に美しい軌跡を描きつつ、次々に残る矮鬼を切り伏せていった。

 動きは洗練された戦士のそれで、華麗なステップと相まってまさに剣舞の美しさだ。


 そしてほとんどの矮鬼を切り捨ててこちらに近づいてくる時、初めて気が付いた。

 両側に羽根飾りが付いたようなデザインの光る兜から、白銀の鎧に照らされキラキラと輝く素直に伸びた濃いめのブロンドが、結んでいた髪がほどけて夜の闇の中で軽やかに踊るのを。


(白銀の鎧と長い金髪……)


 その神々しさを持つ人影が、全ての矮鬼を倒すとこちらを向き何かを叫んでいる。


「……じして! ねえ、生きてるの。返事しなさい!」


 出血で薄れつつある意識と視界でも顔まで分かるようになったが、真剣な表情ながら目の覚めるような美しさだった。


「……そうか、大天使とかがオレを迎えに来たのか?……」


 そこで意識が途切れた。

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