その肆 ??? → 墓杜初

第三十二話 再会

 目を伏せたくなる衝動を抑えて、ひつぎを追いかける。

 濃い霧の先に、なにが待っていたとしても、見ないわけにはいかない……っ。


 たとえそれが、屋敷で見た末路と同じ、お母さんの姿だったとしても――。


 ひつぎの言う通りだ。

 彼は変わった。

 わたしが人間としてなんでもできると勘違いしている間、彼は彼で入れ替わったわたしの立場で見てきたものがあった。

 わたしがいないことで、ひつぎが勇気と行動力を得られたのだとしたら、わたしがひつぎをダメにしてしまっていたのだ……。


 互いに、手を繋ぎ合うことで安心する共依存の関係性。

 頼られているようで、わたしはひつぎを守ることで自分の存在価値を確認していた。


 入れ替わり、一人になっても、わたしはひつぎの背中を追いかけていた。

 ひつぎを苦しめている墓杜家の現状を解決したら、ひつぎに返すつもりでいたのだから。


 死に神が、人間と入れ替わって、再び死に神に戻る方法がある。

 言い換えるなら、人間が立場を取り戻す方法……だ。


 わたしはひつぎと違って、また手を繋ぎ合うために頑張っていたに過ぎない――。

 比べて、ひつぎは違う。

 彼はわたしと離れ離れになって、これまでとは別の目的と感情で動き始めた。

 わたしに頼れない状況で、それでもひつぎはわたしの前に現れた。


 わたしに頼るためじゃなくて、わたしを助けるために――。

 もうひつぎを守らなくてもいい……? 

 じゃあ、わたしの存在価値って……。


 一体、なんなんだろう……?


 膨らむ不安と共に、ひつぎを追いかけていた足が止まる。

 ……立場が逆転したなら、わたしがひつぎの傍にいる意味がない。


 守られるわたしに、価値なんて一つも――。


「初!? 大丈夫!? 怪我とか……してなさそうね――」


 霧の先から現れたのは、お母さんだった。

 片腕の手首を庇っているのを見るに、オウガに掴まれた箇所が痛むようだけど、他に大きな怪我はないように見えた。


「途中で初と同い年くらいの男の子を見かけたのよ……止めたんだけど、彼は先にいってしまって……」


 ひつぎだ。

 お母さんは、ひつぎと再会していた。

 でも、記憶の改変がおこなわれているお母さんは、ひつぎを息子だと思えない。

 ……のはずだけど、お母さんは小さな違和感を抱いていた。


「……気になるのよね。あの子も、『あの人』を知っているみたいだった」

「あの人……?」


「お父さんのことよ。私をずっと見守ってくれていたみたい。

 あの人からのプレゼントである首飾りの中に、式神の護符が入っていて――助けてくれたのよ」


 だからお母さんがわたしの元までこれたのだろう。

 式神と共に、オウガとひつぎが、今頃、出会っているはず――。


 だったらわたしも、すぐにそこへいかないとならない。

 気持ちが先行するものの、しかし足が地面から剥がれなかった。


 前へ進むには抵抗するのに、後退する分にはあっさりと引き剥がすことができた。


「今度こそ逃げるわよ、初。お父さんが稼いでくれた時間を、無駄にしないためにも」


 お母さんに引っ張られて、わたしは抗う力もなく、ただ従うばかりで、ひつぎから離れていく。

 ……わたしが傍にいたら、ひつぎはわたしを頼ってくれるのかな……? 

 一度、助けてと弱音を吐いたわたしのことなんかもういらないって、失望したのかな……?


 怖かった。

 すぐに彼の元に駆けつけたいけど、同時に、会いたくもなかった。


 だって、わたしの存在は、ひつぎにとっては足枷にしかならない。

 ひつぎが傍に置いてくれていたわたしの長所がなくなったら、抱え込む理由がない。


 わたしは同類を呼び寄せる。

 ひつぎは体質のせいで悪霊を呼び寄せるけど、死に神を呼び寄せることはない。

 わたしが傍にいることでしか、ひつぎの存在が相手の死に神にばれることがないのだから。


「わがままを言って……駄々をこねてるだけ……よね」


 ひつぎのことを思うなら、すぐにでも彼の元へいき、彼に今の立場を返すべきだ。

 でも、会いたくないわたし自身の感情を優先させている。


 ひつぎを助けられるのに、こうして逃げている足を止めないのは、わたし自身のエゴでしかなかった――。

 問題を先延ばしにしているだけで、根本的な解決ではないと分かっているのに。


 お母さんの背中にいることで、心が楽になるのだと気付いた。


「あなたのことは、私が必ず守り抜くわ」


 ……心がぽかぽかと、温かくなる。

 きっとこれが、守られることの依存への、始まりなのだろう。



「あー、こほん」


 聞いたことのある咳払いと共に、お母さんの足を止めた人物が視界の先にいた。

 霧も、さっきと比べたらだいぶ薄くなっていて、立っている人影を見逃すこともない。


「悪いけど、その子をここから先へ連れていかないでほしいのよ」

「………………どちら様?」


 お母さんの他人行儀な言葉に、耳を疑った。

 でも、すぐに思い当たる。

 冗談でないなら、そういうことなのだろうと。


「夏葉……」


 彼女もまた、元人間で、今は立場を奪われた、死に神なのだ。


「夕映夏葉――と言っても、別の人物を思い浮かべるわよね?」

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