二十八、港にて
片倉は融合体が収められている黒い箱を前にしている。艶消しで、光の具合によっては輪郭を見失いそうだ。少し背を曲げれば自分が入れそうだった。
「自律的には動かないのですね」
そばの技術者に尋ねる。埃除けの服がすれる音がする。
「はい。そこまですると小型自動車になりますので」
手振りで遠くの誰かを誘導しながら答えた。片倉は邪魔にならないように隅に寄った。港は晴れ、海の匂いが漂っている。
梱包材が搬入され、黒い箱はあっという間に包装された。パレットに乗せられ、運び出されていく。シャッターが開くと外の空気が勢いよく吹き込んできた。匂いが濃くなる。もう夏になろうとしているがまだ爽やかといえる海の風だった。
「結局名前は付けられませんでしたね」
イヤフォンから陛下の声がした。
「書類上はどうなりました?」
片倉は小声で聞き返した。
「調査体三号」
「三号?」
「すでに北アメリカ大陸とアフリカ大陸に一機ずつ送り出しました。現地には明日以降順次到着し、検査が終わり次第来週から稼働します。搭載しているのは分離人格のみですが」
陛下は進行中の計画をさらりと言った。
「初耳です。そういう計画も進んでいたのですね」
「ええ、今回のとは目的も方法も異なりますが、調査は調査です」
「じゃあ、日ノ本三郎、では?」
片倉は半笑いで言った。陛下はすぐ答える。
「片倉三郎にしませんか」
「どっちも良くないな。性を限定するのは。広報室は嫌がるでしょう。彼らに命名させればいい」
「すでに送り出した二機は自律外交機一号、二号と呼ぶつもりのようです。一号がアメリカ、二号がアフリカです」
片倉はイヤフォンをいじり、風で聞き取りにくくなった音を調節した。
「そっちが自律外交機なら、これは自律探検機ですね。移動能力はないですが、まあ、その位はいいでしょう」
「探検、ですか」
「はい。多少は外交もするでしょうが、融合体の主な目的は探検です。だからディプロマットじゃなくてエクスプローラーでいいでしょう」
「出航は今夜です。立ち会いますか」
陛下が聞いた。片倉は答える時つい首を振ってしまう。
「いいえ、もう帰ります。状況は報告が来るんでしょう?」
「直接ではなく、私を経由しますが、それでいいですね」
「結構です」
片倉は現場の担当者に挨拶して港を出た。門をくぐった時、調査機を積んだコンテナが吊り上げられ運ばれていくのが建屋の向こうに見えた。並ぶ倉庫の屋根が波に見えた。
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