奈々美 編

「違う印鑑持ってきたんだからこれ使えばいいじゃない!」

「誠に申し訳ございませんが、登録したご印鑑がないと再発行の手続きが必要でして」

「すぐに口座を使えるようにしないと困るの! どうにかして!」


 菜々美は、日本で三本の指に入る銀行の行員だ。現在ニ年目。今の支店に配属されてまだ1ヶ月。早速、クレーマーからの洗礼を受けてしまった。


 家に帰り、菜々美はソファに倒れ込んだ。それは彼女が唯一続けている習慣だった。


「こんなはずじゃなかったのに」


「私、銀行員になる。そこでお金を貯めて、書道教室を開きたいの。子供たちに書道を教えるんだ」

 大学生の時、友達と夢について語り合った。


 そんな思い出もずいぶん遠い昔に思えた。目の前の仕事に追われ、夢のことなど考える余裕もない。

「そういえば最近、書いてないな」

そんなことを思い立ち、起き上がるもどうにもやる気が出なかった。


「ゲームでもしよう」

 彼女にとっての最近のストレス解消法は、オンラインゲームだった。


「あっ、エリオン、ログインしてる」


 菜々美は、先日このゲームで知り合ったブラジルのプレイヤーを見つけると、顔をほこらばせた。

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