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次の日の朝、一也は近所の小川で遊んでいた。東京の川と違って、幅は小さく、浅かった。でも、川の底が透けて見え、魚が泳いでるところがよく見えた。その中には、鮎や岩魚もいた。石の下には、ザリガニが潜んでいた。
そこに、父親がやってきた。父親は釣竿と釣り道具を持っていた。
「一也、今日は林沢に行こうか?」
父が声をかけた。今日は林沢で鮎釣りをする予定だった。
「うん!」
林沢はこの集落より1つ上流にある集落で、夏になると鮎釣り目的で釣り客が来るところだった。
父は釣り道具を持って、車で林沢に向かった。
林沢は水鳥川の上流にある小さな集落だった。水鳥川よりも小さく、ほとんどが山林だった。人口は水鳥川よりも少なくて、ダムの建設が決定した今ではわずか10人だった。来年には全住民の移住が完了することが決まっていた。
10分ほどして、林沢の手前の渓流に着いた。ドアを開けると鳥のさえずりが聞こえてきた。このあたりに生息するクマゲラだった。東京の広い川と違って、川のせせらぎが聞こえた。
林沢の集落はここからさらに奥にある。この渓流もダム湖に沈む予定だった。渓流にはすでに数人の釣り人がいた。近くには彼らの車が停まっていた。
父は車を川のほとりに停めた。
「着いたぞ」
父は釣り道具を取り出し、釣竿を一也に渡した。
「さぁ、始めるぞ!」
一也は父と一緒に釣りを始めた。鮎釣りは友釣りと呼ばれる手法だ。釣り針に養殖の鮎を付けて、養殖の鮎を追い払おうと体当たりしたところを引っかける。
「どうだ、一也。楽しいか?」
「うん!」
一也は真剣に釣りをやっていた。たくさん釣ってやると心の中で思っていた。
3分ほどして、父が釣り上げた。
「釣れた!」
「鮎だ!」
父は喜んだ。鮎が釣れて嬉しかった。
「きれい」
一也は鮎の美しい体に見入った。
「塩焼きにするとおいしいんだぞ。」
5分ほどたった。周りの釣り人は何匹か釣りあげていたが、一也と父はまだ釣り上げていなかった。
「釣れたか?」
「まだまだ。」
一也はなかなか連れず、退屈そうにしていた。
その時、何かに引っ張られるような感覚がした。魚が針に引っかかった。
「おっ、きた!」
一也はリールを巻き上げた。一也はわくわくしていた。何匹釣れたか楽しみだった。
リールを巻き続けていると、鮎が見えた。釣り針にはおとりの養殖鮎の他に数匹の鮎が引っかかっていた。一也は釣竿を高く上げた。
「釣れた!」
「鮎だ! おいしそう!」
父が声を上げた。
一也は喜んだ。やっと釣れて嬉しかった。
「そろそろお昼だね」
「よーし、お昼は塩焼きだな」
お昼が近くなり、父は釣りをやめて、昼食の支度を始めた。あまり釣れていない一也はその後も釣りを続けた。
昼食の時間になった。今日の昼食はとれたばかりの鮎の塩焼きと鮎めしだった。
「さあ、焼けたぞ!」
父は土鍋を開けた。土鍋の中には鮎が1尾丸ごと入った鮎めしがあった。
「おいしそう!」
そこに、周太(しゅうた)がやってきた。周太はこの集落に住む少年で、一也と同い年だった。周太は林沢で唯一の小学生で、最年少だった。一也が東京に引っ越した後もこの集落に残り、地元の小学校に通っていた。小学校はここからスクールバスで1時間のところにある。去年まで水鳥川に分校があったが、ダム建設のために廃校になった。集落がダム湖に沈むことは気にしていたが、そんなに悲しんではいなかった。
「周太!」
「久しぶり! どうしたの?」
周太は聞いた。周太は一也が来ていることを知らなかった。
「盆休みを利用して来てるんだ」
「そうか」
「最近、調子、どう?」
「まあまあだよ」
突然、周太が言った。
「僕、思うんだ。都会って、いいとこだよな。いろんなのが食べれて、個々の何倍もにぎやかで、僕も住みたいよ」
一也は真剣にその話を聞いていた。
「東京って、東京って。東京はいいところだよ。でも、人がいっぱいいてにぎやかなだけで、そんなに楽しいところじゃないよ。空気はそんなにきれいじゃないし、川なんか濁ってるし」
一也は思っていた。東京って、どこがいいんだろう。人が多くて、にぎやかなだけで、川がきれいじゃないし、空気は汚れている。ちっともいいところが見当たらない。
「そうなのか」
「うん」
一也と周太は考え込んでいた。本当に都会はいいところだろうか。ただ、豊かになれる、成長できるだけの場所だと思っていた。
「僕もそう思うんだ。僕も将来都会で働きたいなと思ってるんだけど、都会って、こんなんかな?」
「よくわからないけど、そうかもしれない。でも、いっぱい人がいて、働くところがたくさんある。それぐらいかな?」
一也は都会がいいところだと思わなかった。でも、日本のためなら、豊かさのためなら仕方がないと思っていた。
翌日のことだった。今日も快晴だったが、午後から雨が降る予報が出ていた。
一也と両親は今日で東京に帰ることになっていた。
父は昨日までに荷物をまとめていて、車に荷物を載せていた。一也もすでに荷物をまとめていて、あとは車に載せるだけだった。
「一也ー、準備できたー?」
父が一也に聞いた。父は荷物を載せ終えて、車の中にいた。
「うん」
一也が急いでやってきた。一也は荷物の入ったリュックを背負っていた。一也はリュックをトランクに入れた。
「お待たせ」
一也は車に乗った。
「じゃあ、行こうか」
3人と祖母が玄関に出てきた。祖母は東京に戻る3人を見送りにきた。
「それじゃあ」
「また冬に来るよ」
「バイバイ」
一也は車の窓から顔を出して、手を振った。
一也の乗った車は実家を離れた。祖母は笑顔で手を振っていた。
車は集落を離れ、川沿いを走っていた。と、一也はあるものに気づいた。コンクリートの壁だった。それは少しずつではあるが、来るたびに大きくなっていた。一也はそれが何なのかわからなかった。
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