第3話 丘の上にある神社
家の居間で夕飯を食べているときだった、おばあちゃんが神社について話し出したのは。
「えっ? 丘の上にある神社?」
「えぇ。志保は知らないかい?」
「うん…………。えっと、お母さんは?」
「私も初めて知ったわねぇ~、……お父さんは?」
「…………、知らないな」
「あら、そう。でも……、仕方のないことねぇ」
おばあちゃんはそう言って少し寂しそうな顔をした。でもすぐにいつものふわっとした笑みを浮かべ、その神社について話してくれた。
私が学校に行く時いつも素通りする小高い丘。その丘の頂上に神社があるらしい。おばあちゃんが若い頃、私と同じ中学3年生のときにはよくお参りに行っていたそうだ。でももう地元の人でもめったに行かないところになってしまい、来週の日曜日にその古い神社が――、
取り壊しになる。
「あら、そうなの?」
お母さんのちょっと驚いた声を耳にしながら、私はおばあちゃんにどう返したら良いか迷ってしまい、「そう、なんだ……」と、ただ小さく呟いた。
急に静かになる食卓。なんだか気まずい。
「その神社にね、連れて行ってほしいのよ」
「えっ?」
おばあちゃんがふとお願いをした。私に言われている気がして、気付いたら声を発していた。
おばあちゃんが優しい笑みで私を見つめてくる。小さな口を開いて――、
「ただいまっー!!」
と、お姉ちゃんの大きな声が響いた。
いつものことなのに、私はビックリして両肩が跳ねた。
おばあちゃんも不意を突かれたみたいで目を丸くしている。
ドタドタと慌ただしい足音を響かせて、お姉ちゃんが居間に入ってきた。
「あっ! 今日トンカツ! やったー!! もうお腹すき過ぎてさ! がっつりしたの食べたかったんだよねっ!」
今日の夕飯を見て、お姉ちゃんが顔をニコニコさせている。後ろにキュッと結んだポニーテールが嬉しそうに左右に揺れていた。まるで犬のしっぽみたい。
私がそんなことを思っていると、お姉ちゃんが視線を左右に動かし、不思議そうな顔をした。
「あれ? なんか静か過ぎない? みんなどうしたの? ……あッ! もしかして私の分がないとか!? そうなんでしょ!?」
「そんなわけないでしょ」
騒がしいお姉ちゃんの頭に、お母さんの手刀がコツンと当たった。
「あいて」
「ほら、加奈の分も用意するから。早く手を洗ってきなさい」
「はいはい~。あっ、でも一切れ! トンカツが食べたいです」
「手洗いが先」
「えぇ~! 無理無理! 食べないと洗面所の前で力尽きちゃう~。ねえ、志保!」
急に、お姉ちゃんが私の所に駆け寄って来た。ググッと顔が迫ってくる。
「わっ!? な、なに?」
「志保~、一切れさ、入れて~」
そう言って、あ~ん、と口を開けてくる。どうしよう……。
チラッとお母さんに目をやると、入れてやりなさい、という呆れた感じの表情だった。
もう……、お姉ちゃんは……。
私は、仕方なく自分の分のトンカツを一切れ箸でつかんだ。そしてお姉ちゃんの口に入れてあげる。
「んっ~!! んまい! 身に染みる~!」
お姉ちゃんはトンカツの美味しさに体を小刻みに震わしていた。
なんだろこの気分……、ひな鳥にご飯をあげる親鳥? と言えばいいのだろうか。
私が物思いにふけりながら、お姉ちゃんを見つめていたときだった。
「
ピクッ。
おばあちゃんの言葉に、私の耳が過剰に反応した。ウサギの耳みたいに大げさに動いた気がして、恥ずかしさが込み上げてくる。私が少し縮こまっていると、そばにいるお姉ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「あっ、うん。そりゃもうばっちり。一樹がさ~、ほんとしつこく勉強を教えてくるんだよ~」
「ふふ、良いことじゃない。ほんと、一樹くんは良い子だねぇ~。……、ねっ、志保」
「えっ……!?」
突然おばあちゃんが私に話しを振ってきた。おばあちゃんはくりっとした瞳で見つめてくる。私は慌てて口を開く。
「う、うん、私も、そう思う……」
すると、お姉ちゃんが苦笑する。
「もお~、志保。そんなこと言うんなら、あんたも勉強の道連れにするぞ~。というか志保も来る? あいつの部屋で2人きりだとさ、息が詰まるんだよね~」
「えっ!? へっ、部屋で? ふっ、2人っきり? あっ――」
私は思わず口を紡ぐ。何でそんな言葉を口から滑らしたのか。でもお姉ちゃんはいつもと変わらない明るい表情で口を開く。
「そっ。あいつ、私が問題解けるまで、部屋から中々出してくんないんだよ……。熱血教師か! って何回突っ込んだことか」
そう言って困った顔をするお姉ちゃん。でも、なんだか楽し気な表情で……。私はお姉ちゃんからそっと視線を外した。
そ、そっか、一樹……先輩の部屋で、勉強してるんだ。2人だけで……、そっか、そうだよね。べ、別におかしなとこはない。だって2人は受験生だし。そ、それに、お姉ちゃんと一樹先輩は仲の良い幼馴染だし、小学生の頃から部屋で一緒に遊んでたりしてたし。そ、それに、私も、お姉ちゃんと一緒に、一樹先輩の部屋で遊んだことあ、あるでしょ。
私が頭の中で変に色々と考えていると、お姉ちゃんがググッと体を伸ばした。右手でヘアゴムをサッと外すと、束ねていた綺麗なマロン色の髪が解き放たれ、サラサラと肩にかかっていく。
一樹先輩との受験勉強から解放された、いつもの様子を私はじっと見つめていた。おもむろに、自分の髪に触れる。私も、お姉ちゃんと同じくらいの長さの髪。でも色は染めていない。染めちゃうと、お姉ちゃんと、そっくりになちゃうから。って、私はなにを考えているんだか。
自分の髪に触れていた手を、そっと降ろした。なんだか気分も少し下がった気がした。
「何か勉強の息抜きとかしたいなぁ~」
明るく、のびのびした様子のお姉ちゃんに、お母さんが声をかける。
「じゃあ、おばあちゃんを神社に連れて行ってあげたら?」
「へっ? 神社? なにそれ?」
お母さんが、お姉ちゃんに丘の上にある神社について説明をする。
「へえ~、丘の上にそんなのあるんだ。うん、全然良いよ。けっこう登らないといけないよね、あの丘。おばあちゃんの杖になりますよ~」
そう言ってお姉ちゃんは、おばあちゃんを見つめる。
おばあちゃんが頬を緩める。とても穏やかな表情だった。そして、優しく、とてもイタズラな声音で、呟いた。
「だ・め」
『……、へっ??』
お姉ちゃんと、お母さんの疑問の声が居間に響く。私も声には出さなかったけど、ちょっと驚いてしまった。おばあちゃんの方へ視線を向けると、ばっちりと目が合う。まるで私が向くのを待っていたかのようだった。
そして――、
「志保に連れて行ってもらうわ」
「……へっ? えぇっ!?」
思わず声を出した私をよそに、おばあちゃんが楽し気に目を細める。そして、私とお姉ちゃんを交互に見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「ふふっ、加奈はね、受験生でしょ。大学受験の勉強を優先させなきゃねぇ~」
そしてお父さんのとどめの一言。
「……その通りだ」
お姉ちゃんが「えぇ~、そんなぁ~……」とちょっと弱音を吐いているなか、私はただ茫然としていた。
「だからね、志保」
「わっ!? はっ、はい!」
慌て返事をすると、おばあちゃんの口元が楽し気に上がる。
「神社にね、連れて行ってくれないかい?」
「あっ……、えっと…………、う、うん」
歯切れの悪い私の返事。でもおばあちゃんは、
「ふふっ、ありがとうねぇ、志保」
嬉しそうに、にっこりと微笑んでいた。
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