5 愛しい理由

 


 職場の部下である高橋たかはし由茉ゆまと付き合って一ヶ月が過ぎた。

 ちょっと強引で仕事以外は言うことを聞かないところがある由茉ちゃんは、恋人になったからといって変わるわけでもなく相変わらずだった。

 鳥のひなのように後を付いて来るのも変わらない。

 由茉ちゃんが入社してきた時は、その数年後に関係を持つなんて微塵も想像していなかった。

 そもそも職場の人間にカミングアウトは一切してなかったし、付き合うのは仕事とは関係ない所にいる人が常だった。

 隣りで眠る由茉ちゃんのぬくもりが、あまりに心地良くて、久しぶりに恋人のいる生活に満たされている。

 その相手が由茉ちゃんなのが少し悔しくもあるけど、いつもにこにこしながら懐いてくれるのは正直、可愛い。

「⋯⋯理子りこさん」

 由茉ちゃんが起き上がった気配がする。

 私の顔に影が落ちたのだろう。瞼が暗くなる。どうやら私の顔を覗き込んでいるようだ。

 私も起きようかと思ったのだが、突然起きて由茉ちゃんをびっくりさせてやろうといたずら心が芽生える。

「理子さーん」

 ぺちぺちと頬を触られる。

「り、こ、さ、ん」

 耳元に吐息を感じるくらい近くで名前を呼ばれる。

「全然起きないなぁ。理子さんの寝顔可愛い」

 おでこにキスをされた。

 予想外の行動をされて無性に照れくさくなる。しかしこんなことをされては、起きるタイミングが全く分からない。

「理子さん、好き」

 今度は私の肩にキスをしている。

「起きないからキスマーク付けてやる」

 宣言した通りに私の肩を強く吸う。

 本当にこのは私の言うことを聞かない。キスマークは付けるなと言ったのに。

 こんな事を言いながら、昨晩は由茉ちゃんのあちこちにキスマークを残した身なので起きてても強くは言えないが。

 由茉ちゃんはキスマークを付けられるのが好きらしいので、私も遠慮なくやってしまった。

 私なんて世間からしたらもうおばさんの年齢なのに、由茉ちゃんは私のことを大好きでいてくれる。

 一体彼女の何に引っかかったのかは未だに謎のままだが、たまには相手から強く求められるのも悪くないなと思う。

「きれいにできた〜! でもバレたら理子さんに怒られそう」

 分かっててやるのだから質が悪い。

 だけど、どうしても憎めないのだから私も大概だ。

「どうせ怒られるなら、もう少し付けよ」

 由茉ちゃんは私の胸に唇をよせた。

 さて、どこで起きるべきか。

 彼女がいくつキスマークを残すのかこのまま寝たふりを続けてみるのも面白い。

 結局、由茉ちゃんは私の腕やら足にも付けて、飽きたであろう頃に私は起き上がった。

「おはよう由茉ちゃん。先に起きてたんだね。早起きね」

「理子さん、おはようございます!」

 とご機嫌そのものの笑顔だ。

 私はしばし由茉ちゃんの処遇をどうするか考えて口を開いた。

「由茉ちゃん朝から元気だよね。私に何個キスマーク付けたのかな?」

 笑顔が一瞬で青ざめたのを見て、私は笑いそうになるのを堪えた。分かりやすいだ。

「お、起きてたんですか⋯⋯」

「目をつむって横になってたよ」

「何で起きてたのに寝た振りしてたんですか!!」

「目が覚めたからってそれを伝える義務はないと思うけど」

「理子さん、ひどい! でも私は謝らないですよ。止めなかった理子さんが悪いんだから!」

 拗ねたように口をへの字にしている。子供みたいに表情が豊かでくるくるよく変わる。見ていて飽きない。

「それはそうね」 

「⋯⋯理子さん、怒ってますか?」

 次は泣きそうな顔で私を見ている。感情がすぐ顔に出る。

「怒るくらいなら止めてた」

「じゃあ、怒ってないですか?」

「可愛い彼女の可愛いいたずらに怒るほど、鬼じゃないよ」

 私は由茉ちゃんを抱き寄せて頬にキスをした。

「理子さん、優しい。私、彼女にキスマーク付けるのも付けられるのも大好きなんです。あ、ちゃんと服で隠れるところにしましたよ」

「それは良い子ね」

 頭を撫でると恥ずかしそうに笑う。

(全く、何なのよ。可愛いすぎるじゃない)

 そのうち惚れられた弱みが惚れた弱みになりそうで、私は自分に自分で呆れてしまった。

 でも幸せだから、それもいいかなと思っている。      

     

          

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