第26話 「オウンゴールはダメージが大きい」
この黒い犬は飼い犬ではないのでシツケされた経験がなく、イマダンの命令は効果なかった。
異次元ゲートである暗黒の渦からゆっくり飛び出し、ストーンサークルからもゆっくり飛び出し、目の前にゆっくり着地した。
それよりもこの妖精、様子がおかしい。
初めは渦が暗くてよく見えなかったが、身体中に包帯が巻かれているのだ。
凄い大怪我をしているようなのだ。
「このワンコ、怪我をしているじゃないか?
動物虐待ではないのか?」
あくまで犬と言い張るイマダンだか、どう見てもただの犬には見えないだろ。
「うるさい! ヤツがここのボス、ブラックドックだ。」
ブラックドック……名前の通り黒い妖精犬だ。
見たり触れただけで死をもたらすという、かなり危険な魔犬ではあるが、こちらから手を出さなければ危害を加えないともいわれている。
体長は子牛くらいと聞いていたが、このブラックドックはかなり大きい。
「ヤツの名前はケンタロウだ」
け、犬太郎! 犬ゆえにケン!
まさか魔童女が勝手に名付けただけではないだろうな?
「犬太郎……痛かっただろ……怖くないからね……」
イマダンは手を出してスキンシップを取ろうとしている。
あの大きさに怖くないのか?
動物好きには犬は犬であって大きさは関係ないのか?
「なにを言っているかぁ!」
魔童女から当然のお叱りを喰らうイマダン。
「やっばり、一昨日の戦いでかなりのダメージを負わせたわん!
倒すのなら今がチャンスわん!」
そうか、それで皆んな早くボスと戦いたかったのか。
前回の戦いでかなりのダメージを与えた確信があり、それが現実に現れた格好だ。
ブラックドックはすべての足に白い包帯を巻いていて、左前足にいたっては地面に着かないよう首から包帯で吊るし上げている。
お腹も包帯でグルグル巻きにされているし、重傷レベルの大怪我だ。
これなら、このメンバーだけでも勝てるかもしれない。
「ガァオー‼︎(よくもノコノコもやって来れたな!)」
なんだ、今の声は? ブラックドックから?
鳴き声のはずなのに人間の声が聞こえる……いや、頭に入って来る感じだ。
「奇跡だ、犬の心の声が聞こえるぞ!」
イマダンは動物の声が聞こえる事にいたく感動し涙を流さんばかりだ。
いい加減、悪い妖精で敵なんだから戦闘態勢に移れよ。
彼ひとりだけ平和理に済まそうと両手を広げてブラックドックを受け入れようとしていた。
「ガァオー‼︎(キサマはオレが倒したはず、生きておったか!)」
「お、おれ?
……おれの事、心配してくれるのか?
やっぱり動物は優しいんだよ。
なっ、犬太郎」
なにを言っているんだ⁉︎
「ガァオー‼︎(なにを言っているんだ⁉︎)」
俺と犬太郎の言葉がかぶってしまうほどイマダンのこの状況での行動と発言はおかしい。
「なにを言っているんだ⁉︎
攻撃を始めろ!」
魔童女の怒りの掛け声で少女たちはブラックドックの間合いを詰めた。
「ガァオー‼︎(オレが対抗手段を考えていないと思ったか。
さあ、リュパンの皆さん、出て来てください!)」
ブラックドックこと犬太郎の背後の遠くの荒地から狼らしき三匹が走って来る。
ボスに呼ばれて全速力で走って来たのか、犬太郎の隣に着いた時には、息をぜーぜー吐いて必死に整えていた。
リュパン……狼の妖精である。
一般にはリュバンの方が有名かもしれない。
リュバンは堀に沿って集団で、うしろ脚で並んで立っているだけの妖精だ。
臆病な人の事を『リュバンのように怖がる』と揶揄されるほど臆病な妖精といわれている。
で、リュパンはより大胆に人間を驚かす妖精である。
ただどちらも攻撃力がどのくらいあるのか分からない。
「君たち、犬じゃないよね」
動物好きなイマダンは彼らが犬ではない事に気付いたのは流石だと思う。
「オオカミの妖精ヨ、戦っテヨ!
ドウシテ剣を構えないノ!」
妖精っ娘がイマダンの頭に乗っかり、臨戦態勢に移らない事にトントン叩いて不満をぶつけた。
「……もう……うさちゃんみたいに殺したくはないんだ!
……動物を傷付けるのはイヤなんだ!」
コイツ……ウサギ狩が本当にイヤだったんだ……でもヤツらは妖精であって本物の犬や狼ではないぞ。
「なにを言っているんだ⁉︎」
魔童女がイマダンの身勝手な物言いに物議を醸している間にリュパンが襲って来た。
「ガルル!」
リュパンの牙が魔童女の首に狙いを付けて大きな口を開けた瞬間、甲冑少女がレイピアをその口に突っ込んで無事攻撃を防いだ。
「戦わないと皆んなシんじゃうヨー!」
イマダンの頭に乗っかってる妖精っ娘が髪の毛をむしりながら催促してる。
辞めてくれ! 髪が抜けたら、これからはハゲ頭を見ながら過ごさなくてはならなくなる。
若ハゲは見たくない。
「み、皆んな! どうして分かってくれないんだ! 大人しくお家に帰ってくれ。
ハウス!」
争いを止めようと汗をかいているイマダンはテンパって右往左往している。
無理な物は無理だ。
なんでもいい! とにかく爺の剣をつかんで光の刃を出してくれ!
そうしないと俺はボス戦のゲームが出来ない!
このために今日はゲームを我慢してたんだ!
俺は皆んなのためにゲームがしたいんだ‼︎
戦いを止めようと焦ってウロウロしているイマダンを見つけたリュパンは攻撃を加えようと近付いて来た。
「は、早まるな! おれ、僕は友達だ!」
「ガルル!」
リュパンは目を光らせて牙をむき出して迫って来る。
イマダンの友好の挨拶は拒絶され、絶体絶命のピンチ。
狙いを定めたリュパンは勢いよくこちらに向かって走り出した。
「キャッ!」
イマダンは女性のような悲鳴をあげる。
“ビビビビビ!”
「ブヒッ!」
「突っ立ってたら、やられるワン!」
危機一髪の所を詩人少女のステキな魔法のステッキのビームで難を逃れた。
だが、リュパンは次の攻撃を狙って二人の隙を狙っている。
イマダンは棒立ちで立ってるままだ。
いったい、なにをやってるんだ……この戦況をただ見ているだけだ。
リュパンの攻撃は魔物というより狼に近く、武器を所持している彼女たちの方が有利に戦ってはいる。
だが、役立たずでお荷物のイマダンがいるおかげで倒すまでには至っていない。
お前、皆んなの邪魔になっているぞ。
これでいいのか? なにをヤリに付いて来たんだ。
俺の説得など聞こえるはずはないがイマダンに言い続けた。
なんのために異世界に転生したんだ。
勇者になるんじゃなかったのか!
お前、このままじゃ本当にクビになってパーティーから追い出されるぞ!
爺の剣を抜いて光の刃を出してくれれば、それでいいだけなんだ!
俺はゲームがしたくてウズウズしているんだ‼︎
ゲームをさせろ!
俺はただ、ゲームがしたいだけなんだ‼︎
「ぐおおおぉ!」
イマダンは雄叫びを上げ爺の剣を手に取った。
よし、覚悟は決まったか!
覚悟の彼は目をつぶりながら足を踏ん張り、そして爺の剣を天高く持ち上げた姿は勇者らしくカッコよく見えた。
動物への愛を振り切って覚悟の大声で下ネタ呪文を唱えた。
「己のイチモツよ、そそり上がれ!」
天高く持ち上げた爺の剣を股間に思いっきりの力で振り落として、呪文と共にまだよく分からない魔力を爺の剣に注いだ。
“ぶじょばぁ!”
出たぁ!
凄い、光の粒はいつもより勢いがあり五十センチまで弾けた。
同時にイマダンも弾けたかのように一瞬飛び上がったのをうしろから俺は見ていた。
その後、彼は崩れ起きるかのように倒れ込んでしまった。
どうやら爺の剣で、自分に金的を当ててしまったようだ。
闇雲に力任せで振り落としたので、見事ピンポイントにジャストヒットしてしまったらしい。
彼の覚悟の振り落としは、うしろから見てもなんとなくそうなるだろうなぁと予想が出来る気合い溢れる振り落としだった。
痛みで苦悶の表情のイマダン。
唇を噛み締め震え出すイマダン。
全身からイヤな汗を吹き出すイマダン。
息が出来ないほどの苦しみにさいなやまされるイマダン。
女子たちは戦いもせずひとり勝手に倒れ込んで無様に苦しみ悶える彼の理由は分からないだろう。
男なら耐えろ! 男だから痛いのか……
男なら皆んな知ってる痛みを、ひとり耐えるイマダン。
苦悶の表情で、うずくまる彼は悶えながらバダバタと地べたを転がりまくった。
股間への無意識のオウンゴールのダメージは大きい。
それでも爺の剣は離さなず、しっかり握り締めていた。
よし!
俺はコインを一枚ゲーム操作盤の投入口に入れて素早くスタートボタンを押した。
“♪テッテレー!”
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