第7話 「ゲームは一日三分まで」

 こちらで勝手に盛り上がっている間に、彼ら冒険者たちは準備を整えて歩き始めた。


「アイツら、もう帰るようだな。

 ここら辺が潮時かもしれないな」


 女神の言う通り、このままではラチが開かないのは分かっている。

 俺の今後は、よく分からない守護聖霊か、空気のような浮遊霊の二択しか選択の余地がないみたいだ。

 選ぶのなら前者だろう。

 だが、その前に疑問の質問をした。

 今までも異世界転生した人間は大勢いたのか?


「いや、特例中の特例じゃ、数える者しかおらんのぉ」


 ほとんどいないという事か。

 そして、神の手違いで死んだ者が転生者に……アイツも女神の被害者か……なんて酷い話だ!

 俺は男を見ながら同じ境遇を歩んで来た者同志として同情した。


 俺は冒険者ひとりひとりを眺め続けた。


 魔法使いの少女が男と話しながら指で遠くの方を差した。

 おそらく帰る方向を差したのだろう。


 魔法使いの少女が、落ちていた大きい盾を拾って男に渡した。

 長方形だけど角が六つある、どこかで見た事がある形の盾だ。

 盾を持つのを渋った男は、魔法使いの少女に無理矢理押し付けられ渋々両手で盾を持った。

 男は戦士風なので、元々彼の物だと思われる。


 吟遊詩人の少女が、そのやり取りを笑顔で見つめている。

 甲冑の少女は周囲を警戒しながら先頭を歩いている。

 妖精っ娘も甲冑の少女の隣で羽ばたいて一緒に周囲を警戒している。


 やがて表情が分からなくなるほど、彼らとの距離が離れていった。


 ……俺の異世界転生ライフが遠ざかっていく……


 神様……俺、サポーターってヤツになるよ。


 遠ざかって行く彼らを見て、一緒に行動をしたい……縁を結んでみたい……素直にそう思えた。


 どうすればイイんだ。

 俺は神様に懇願した。


「守護聖霊じゃ。

 あの男を守護する聖なる霊の事じゃ」


 守護聖霊……最後の霊の文字は少し気になるが……


「あの男の行動に関与が出来るのじゃ。

 つまり、男を操ってアンナ事やコンナ事が出来るって寸法なのじゃ」


 それってなんか凄いんじゃないか!


「ほほっ。

 凄いってもんじゃないぞよ」


 おおっ!


「あんまり期待しない方が賢明だぜ。

 出来るのはあくまでサポートだからな」


 女神の横槍が入った。


 一緒に冒険出来るのなら、それでいい。

 どうするんだ? ヤッてくれ!


「うむ。

 そのまま、男のうしろから体当たりすれば良い」


 えっ! なにか呪文や魔法なんかはないのか?


「欲しがりじゃのぅ。

 では、♪テンセイ~ワッチャウ~、♪セイレイ~ナッチャウ~」


 いやもういい、俺が悪かった。

 神様のギャグセンスが低い事を知った俺は、男のうしろに向かった。


 男は一メートルくらいの長さの盾を両手で抱きしめるように持って、背中を丸めてトボトボと歩いている。

 その頼りない背中を見て、女神の言う通り転生者ひとりでは辛いのかも知れない。


 俺はこれからこの男、転生者と行動を共にするのか……


 ええ~い! ナスがママよ!


 悩んだ所でどうにもならない。

 また横ヤリが入ったらたまらない。

 俺は男の背中に体当たりして、思いっきり奥に突っ込んだ。

 ……

 一瞬、目の前が真っ暗になった。

 が……あれ? また男のうしろにいる。

 これはどうした事だ。


「心配無用じゃ。

 たった今、この男の守護聖霊になったのじゃ」


 今までと変わりないんだけど……あっ! 確かに男のうしろにピッタリくっ付いているぞ。


「そのままでは不便であろうて」


 自分の魂に、自分の身体があった場所に色が着き始めた。

 ああ、身体が、身体が戻って来た! 『伝説の梅の木』で女の子を待っていた時の学生服のままの自分の身体だ!


「魂の時も身体の感覚はあったであろう、それを見える形にしたのじゃ。

 五感の内、視覚、聴覚、臭覚を開放した。

 あくまで男を守護しやすくするためで、実物ではないのじゃよ。

 それを肝に銘じるのじゃ」


 俺はとにかく嬉しくて自分の身体を触りまくった。

 だが、顔や学生服に触っても感触がない。

 体温も感じない。

 そうか、触覚がないのだ。

 味覚がないのは我慢出来るが、触覚を感じないのはあまり気持ちいいものではない。


 俺は周りの少女たちを見た。

 皆んな無口でひたすら帰り道を歩いている。

 一様に疲れ切った表情をしている。

 仲間のひとりが死んで蘇ったのだ……その前に激しい戦闘が行われていたはずだから仕方ないのかも。


 この男以外は少女しかいない。

 少女も戦うのか……ゲームなどでは当たり前の光景だが実際問題どうなのだ? この世界では当たり前なのか?

 これからも彼女たちには辛い戦いが毎日続くのか?


 マジマジと少女たちの顔を見た……皆んな幼さを残している女の子だ。

 花ならまだ蕾って感じの幼さだぞ。

 しかも皆んな美少女だ! 

  

 ……美少女と一緒に冒険……俺はこれから美少女に囲まれて冒険出来るんだ! こんな綺麗な花たちと一緒に!

 ……嬉しい……こんな形だけど、嬉しい!


 これから寝食を共に過ごすんだ……戦闘以外にもアンナ場面やコンナ場面に出合うかも知れない。

 サービスシーンが起こっても俺自身は咎められないし……なんだか女の子皆んなとイイお付き合いが出来そうな予感がする。


 これからそんな毎日が続くのか?

 すっかり頭がお花畑になった俺は、さっきまでの不安や、彼女たちへの心配はすっかり消え去った。


 改めて目の前の男を見た。

 相変わらず背中を丸めて足取りが重そうだ。

 ……クサイ? 臭いぞ! この男の体臭の臭いか!

 これからコイツの臭いとも付き合わなくてはいけないのか。


 ん?

 妖精っ娘がうしろを振り返った。

 こっちを見ている?

 俺の事を見ているかのような目線を感じる。

 神様! 俺の姿が皆んなに見えるのか?


「ワシらしか見えんぞ。

 その娘は空を見るのが趣味なのじゃろう」


 そんな趣味なヤツはいない。

 妖精っ娘は再び前を向いた。

 ふぅ! 見られていると思うとなんだか恥ずかしい……だって男のすぐうしろ地上一メートルくらいで、ぼ〜っと突っ立って浮いてるんだぜ。


 あれ、この状態って……俺、背後霊じゃないのか?


「守護聖霊じゃと言うとるじゃろ」


 確かに足があるから幽霊ではないのか?

 ……恥ずかしい……逆に足がある方が、なんだか恥ずかしい!

 この足のある状態が恥ずかしいと一度認識したら、ドンドン恥ずかしくなって来たぞ!


「大丈夫だ、アハハハ!

 アタシらしか見えねぇよ。

 心配性だな、アハハハ!」


「ほほっ。

 ワシらも浮いておるぞ。

 ほほっ」


 二人がかりで俺をいさめようとしているのが余計不安にさせる。


 だいたい、どうやって男をサポートするんだよ!


 すると、目の前に白い粒子が集まって、ちょうどイイ位置に物体が成形されていくのが見て取れた。


 ああぁ! 白く横に細長くて硬質な、どこかで見た事のある物体が現れた。


 こ、これは!


 目の前に現れたのはゲームセンターに置いてある、アーケードゲームと呼ばれる筐体ゲーム機の操作する部分だけが出現した。

 ゲームのモニターも、筐体を支える本体もなく、ゲームを操作する操作盤だけが目の前にデンっと置いてある。


 白を基調に黒い部分もあり、緑色のボタンが四つある。

 おそらくスタートボタンとセレクトボタン、あとはAボタンとBボタンだろう。

 そして左側に移動や方向を決める緑のボールが付いたレバーが。

 右側にはコインを入れる投入口と、盤の下側に返却口がある。


 ゲームだ!

 これゲームセンターのアーケードゲーム機じゃねぇか!

 俺にゲームをヤレってことなのか?


「断じて違うぞよ」


 神様なのに慌てている。


「オヌシの手の中を見てみるがよい」


 自分の右手を開いて見てみると、いつの間にかコインを一枚握っていた。

 金色で少し大きいコインだ。


 ゲームじゃん!


「ゲームと言うては、ならん」


「アイツの生死がオマエの操作に掛かっているだ。

 そんな浮ついたモンじゃねぇんだ」


 女神の言葉で少し冷静になれた。

 命懸けの戦いをする訳だから、そんないい加減なはずないよな。


「まずはこのコインを投入口に入れてスタートボタンを押すのじゃ」


 やっぱゲームじゃん!


「冷静になって聞くのじゃ。

 そして左のレバーと右のAとBのボタンを駆使して操作するのじゃ」


 ……


「使用には制限時間があって、ワンコイン三分じゃ」


 たった三分じゃ、大した事が出来ないぞ!


「ゲームは一日三分までじゃ」


 今、ゲームって言った。

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