2.死霊の隠れ家

 宿舎の自室に戻ってきた俺はそのままベッドにダイブした。

 柔らかなマットレスが俺の体を優しく受け止める。このまま寝落ちしたくなる心地良さだ。


 異世界生活二日目もイベント目白押しで疲れた。売れっ子アイドル並みの忙しさだったぞ……。

 マネージャー、スケジュール管理ができてないよ何やってんの! ……マネージャーとか居ないけど。


 リッチキングか。

 てっきり夢だとばかり思っていたけど、俺はそいつと実際に契約を結んでいた。


 そして、恐ろしいことに、そいつは封印の扉の向こうから抜け出して、俺の体に潜り込んでいる。


 あまり実感はないけど、フィオーラの所見ではそうなっているらしい。

 フィオーラに嘘をつく理由がない以上、信じるしかない。


 てか、俺の体に潜り込むってどうゆうこと? そんなヤドカリみたいに人の体にホイホイ引っ越さないでもらいたい。


 いろいろ考えていたらドッと疲れが出てきた。

 今日はもう寝よう。続きは明日だ。


「そもそも契約ってなんだよ。俺のポケモンにでもなったのか……?」


 枕に顔を埋めながらそんなことを呟いた。


『当たらずといえども遠からずだな』


 どこからともなく聞こえてきた声に、俺は思わずベッドから飛び起きた。


「だ、誰だ! また幽霊か!?」


 常時発動中の死霊術ネクロマンシーが、今度は勝手に霊聴でもしたのだろうか。

 昨日の家鳴りといいカンベンしてくれ。さすがに、こんな夜遅くにヒトカラで対抗したら騒音被害で訴えられるぞ。


亡霊ゴースト? 我が主は己の契約相手が如何様どんな存在かも分かってないのか? 嘆かわしい』

「け、契約相手……? つーことは、お前が噂のリッチキング!?』

『いかにも』

「ど、どこから話かけてるんだ!? 姿を見せろ!」


 俺は部屋中に視線を走らせたが、巨大ガイコツの姿はどこにも見当たらない。


『主命に反するのは不本意だが、それは無理な相談だ。私の魔力は著しく減退している。現世うつしよに顕現するに足りぬほど』

「魔力の減退……? それって、やっぱり封印の影響だったりするのか?」


 俺はリッチキングに自分の疑問をぶつけてみた。


『まさしく。私は二百年ほど前の戦いで星騎士に調伏され、力のほとんどを失い、生命いのちの女神の神殿奥深くに封印された。星騎士達は私に力が戻ることを恐れたのだろう』

「二百年か……。結構、長い間封印されてたんだな」

『大した時間ではない。死を超越し、時間という軛から解き放たれた私にとっては、瞬きにも満たない時間だ』

「そうゆうもんなのか? そういえば、さっきポケモンって言葉に反応してたけど、ポケモンを知ってるのか?」

『主の頭の中を検索サーチして情報を読み取った。大方の事情も理解している』


 俺はリッチキングの衝撃的な発言に思わず悲鳴を上げそうになった。

 人の頭を勝手にGoogle検索するな!


「ちょ、おま、なんてことしてくれてるの!? それはプライバシーの侵害だぞ! マジでやめてくれ頼む〜!!」

『……命令ならば従おう』

「命令だ! 命令! チョー命令!! 二度と俺の頭をググるなよ!?』

『心得た。二度と主の頭をググらない』


 よし、言質は取ったぞ。これでひとまず安心だ。……安心なんだよな?


「話は変わるけど、リッちゃんって俺の体の中に潜り込んでるんだろ? それって、具体的にはどんな状態なんだ?」


 不安を無理矢理飲み込んだ俺は、さっきからずっと気になっていたことを質問した。


『ザック・ナイトシュレイダー』

「ザクマインレイヤー? 機雷ハイドボンブでも撒くのか?」

『ザック・ナイトシュレイダーだ……』

「サイコミュ高機動試験用ザク? 足にブースターでも付けてるのか?」

『私の名前はザック・ナイトシュレイダーだ!!』

「スラッシュザクファントム? 贅沢な名前だね。今からお前はリッちゃんだ! キングリッチのリッちゃんだよ!!」

『人のことを珍妙な名前で呼ぶんじゃない!』


 リッちゃんがキレた!


「えー、親しみやすくていいじゃん。ただでさえ顔が怖いんだから、名前ぐらい可愛くしとけよ」

『たわけ! アンデッドの王たるリッチキングが可愛くてどうするか!! 私のことはザック・ナイトシュレイダーと呼ぶのだ!』

「何がアンデッドの王だよ馬鹿馬鹿しい。人の体に居候してる分際で。やっぱりお前の名前はリッちゃんだ! いいか、これはだぞ!」

『ぐぬぬ……』

「不満そうな声を出してもダメだからな。あと、俺の質問にまだ答えてないぞ」

『……体に潜り込むというのは、そのままの意味だ。今の私は微弱な魔力の流れとして存在している。主の体に潜り、そこで巡る魔力と一つになっているのだ。そうやって魔力が回復するのを待っている。主の体は隠れ家にうってつけなのだよ』

「なんだよ、うってつけって。ひょっとして、俺の体が確率的なゾンビ状態になってるのと関係あんのか?」

『そうだ。主の生と死の中間地帯で彷徨う肉体と魂のあり方が、我らのようなモノには良く馴染むのだ。更に、主は冥府の守り神であるセイドルファー様の加護も受けているではないか。契約を介しその加護と繋がることで、私は本来よりも遥かに早く魔力を取り戻すことができるのだ』

「そっか、リッちゃんが俺と契約したのは、俺の体が目当てだったのか。ちょっとショックだな……」

『……若干、引っかかる言い回しだがそうなる。契約とは互いに利益があって初めて成立するものだからな』

「ふーん、それじゃ聞くけど、リッちゃんと契約すると俺にはどんな利益があるんだ?」

『利益? あの下等生物どもを始末したではないか』

「はぁ〜!? 触手倒して終わりかよ! それだけで人の体をホテル代わりにしようとか、ありえねーだろ!!」

『冗談だ。また戦いがあれば、そこで再び力を振るってみせよう』


 冗談てさぁ……。こいつ、見た目はおっかないけど結構お茶目なところがあるんだな。


「そっか。まぁ、そん時はよろしく頼むわ」


 俺は段々面倒になってきたので、それだけ言うと毛布をかぶって目を閉じた。

 いよいよ、眠気に耐えられなくなってきたのだ。

 目を閉じてから眠りに落ちるまで五分もかからなかったと思う。

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