きっと、うまくいく? ①インド人を信じてみよう

 具体的になんという言葉だったかは忘れたが、日本語でうしろから話しかけられた。

 インドにおいて、その手の人には要注意である。ぼったくられるか、悪くすれば何かの犯罪に巻き込まれるかもしれない。ぼくも十分に注意しながら、適当にあしらおうとしていた。

 そうはいいながら、全てが全てそういうわけではないと思っている。例えば、日本に暮らしたことのあるインド人というのは、どこかでインド人の持っている悪徳を嫌っていることが多い。それは、去年バラナシを訪れたときに出会った青年を見て感じた。彼は、普段は千葉のインド料理屋で働いて、日本語が堪能。気が合って、行動を共にしたのだった。そんなこともあって、ぼくは今うしろから声をかけてきた男も、どうやら、その類の「親切な」男ではないかと、なんとなく思った。

 彼らなりの「親切」は日本人のそれとは様子が違うが、それは「親切」には変わりはないのだ。その思いを胸に、最後は直感で判断した。大丈夫な人か否か、言語は通じなくとも、同じ人間なのだからわかるはずである。

 それは「これからどうするの?」といったナンパの文句のようなものだったと思う。危険ではないと思いながらも、厄介で面倒だとは思っていたので、「お昼ご飯食べようとしてるとこ」といった具合に、レストランに逃げ込んだのだった。

 一息ついて、そこでカレーを食べていると、さっきとは違う人がぼくのテーブルの前の席に座り、色々と話しかけてくる。日本人か? いつインドに来た? いつまでいる? これからのインドでの旅の予定は? などと色々聞いてくる。質問には答えながらも、迷惑そうにしていたので、つれない態度に脈なしと判断したのか、彼は店を出ていった。

 その後も、ぼくはカレーの辛さに苦戦しながら、最後まで食べるのが礼儀と、少しずつそれを口に運んでいた。するとまた誰かがぼくの席の前に座った。よく見ると、先ほど道で声をかけた彼ではないか。日本語で色々と話をした。

「ノディだ」 

 彼はそう名乗り、旅行会社を経営しているということを話してくれた。安宿もひとつ持っているのだという。話しているうちに、ぼくが北インドのチベット人たちの暮らすレーに行くこと、そこからデリーに帰ってきた後、日本へと帰る深夜の便まで時間があることを話すと、彼は、じゃあ私のホテルで休憩していればいい、一泊四五〇ルピーだけど三百ルピーでいいよ、と言うではないか。聞くと、クーラーはないけれど「水クーラー」ならあると言う。詳しく聞いてもよくわからないが、涼しいことは涼しいらしい。少しの休憩ならかまわないとして、レーから帰ってきた後はそこにいさせてもらうことにした。空港に着いたら、ここから近いというその安宿までのピックアップもお願いした。料金は入国時に使ったホテルのピックアップよりも安かった。

「全部食べなくていいよ。インドでそんなこと気にするな」

 日本人の気の使い方もわかっているノディにそう言われて、カレーを少し残したまま一緒に店をた。

 これからその安宿がどんなところか、そして「水クーラー」がどんなものなのか見せたいらしいのだが、その前に彼の旅行会社を案内してもらうことになった。彼はスズキのスクーターで来たらしく(そういえば声をかけられたときもスクーターに乗ったまま話していた)、ぼくをうしろに乗せて、まずは彼の旅行会社に寄って、レーでのホテルの予約をとることにした。ぼくは、レーでのホテルはまだ予約していなかったのだ。

 パハル・ガンジ通りから西側に出た大通り沿いに彼の旅行会社はあった。ぼくは、レーでは何もしない予定でいた。ただ、居心地のいいホテルに留まって、ふらっとカフェに寄ったり、散歩したり、本を読んだりして、のんびりと過ごせればよかった。それを聞いた旅行会社の人は「もったいない!」と、レーでのトレッキングのツアーの話を出してきた。ははん、こうして高額のツアーを組ませる気だったんだな、と思ったぼくは、それを断る気でいた。しかし提示されたツアーもそれほど高額でもなく、そのトレッキングとやらに興味が湧いてきたぼくは、なぜだか乗り気になってきた。正直、レーで何もしないという選択を後悔しそうだと、うすうす思い始めていたのだ。これも何かの縁だ、山に登ってみよう、と思い、結局、のんびりする勇気のないぼくは、トレッキングに挑戦してみることにした。自分がそんなアウトドア派ではないことは承知で。

 パスポートを渡し、レーで世話してくれるホテルとの連絡もでき、そのオーナーの連絡先も手に入れ、ツアーの予約は完了。そのオプションとして、無料でデリーの観光案内をしくれることのになった。デリーは二回目だと断りたかったが、去年行ったところは周らないとのことだったので、暑いのは嫌だったが、時間もあるし、車に乗せられてデリー観光に出かけることにした。

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