投げナイフの美女 ――夜は殺し屋――

烏川 ハル

第一話 投げナイフの美女

   

「続いての演目は『投げナイフの美女』です! 異国出身の褐色美人が投げるナイフは、まさに百発百中! お客様のハートだって射抜いてしまうという、彼女の妙技をお楽しみください!」

 ステージ右端の司会者に紹介されて、二十代半ばくらいの女性が一人、舞台の中央に進み出る。

 異国出身の褐色美人という謳い文句の通り、その肌の色を見れば、この大陸で生まれた者でないことは、誰の目にも明らかだった。

 燃える炎を思わせるような逆立つ赤髪と、宝石のように輝く青い瞳。切れ上がった目尻には、シャープな美しさも感じられる。

 髪色に合わせた真っ赤なレオタードと、両脚を覆う黒い網タイツは、男たちの気持ちを煽るためのステージ衣装なのだろう。すらりと伸びた手脚が目立ち、なめらかな胸の膨らみも強調されている。

 これが『アサク演芸会館』の看板芸人の一人、モノク・ローの働く姿だった。


 レオタード姿の美人に対する、客席からの遠慮ない視線の中。

 モノクは舞台の上で、用意された的に次々とナイフを命中させていった。最初は普通に当てるだけだったが、途中からは目隠しで投擲したり、くるりと体を一回転させながら投げたり……。

 続いて、シルクハットと燕尾服の司会者が、モノクの演目に協力する。

 的の真ん前に立った彼が、わざとらしく怯える姿を見せると、モノクがナイフを投げつけたのだ。

 黒い正装の司会者の、胴体ではなくシルクハット上部にナイフは命中。観客の中には、ハッと息を飲む者や、小さな悲鳴を上げる者もいたが……。

 頭を刺されたはずの司会者は、ニッコリと笑いながら、シルクハットを脱いでみせた。彼の頭には傷一つなく、シルクハットの内側を客席に向けると、林檎が一つ、帽子越しにナイフで刺し貫かれて収まっていた。

 つまり司会者は、最初から頭に林檎を載せた状態で、その上からシルクハットを被っていたのだ。そしてモノクは、中の林檎を狙って、見事命中させたという次第だった。

 安堵のため息と共に、観客は拍手喝采。ステージのモノクが一礼することで、『投げナイフの美女』という出し物は終了となった。


「さあ! 続いての演目は……」

 モノクの芸が終わると、入れ替わるようにして、次の大道芸人が舞台に登場する。

 芸人の中には、自分の出番が終わっても舞台袖に留まり、他の演者の様子を見守る者も多いが、モノクは違う。さっさと楽屋に戻り、私服に着替えてしまった。

 扇情的な赤いレオタードから、街の庶民が着るような、ありきたりの黒いブラウスと、裾の長いオレンジ色のスカートにチェンジ。もちろん、網タイツも脱いでいた。

 帰り支度を整えたモノクは、楽屋を出て、建物の裏口へと向かう。途中、廊下で、大道芸人の一人とすれ違った。

 でっぷりと太った、『玉乗りジャンプのボラリデ』だ。鈍重そうな見た目とのギャップも活かして、玉乗りをしながら跳んだり跳ねたり、という軽やかな動きを芸にしている男だった。

「おや、モノクさん。もう帰るんですかい?」

「ああ。今日の俺の出番は、終わったからな」

 いつも通り、ぶっきらぼうに答えるモノク。

 彼女の切れ上がった目尻は、舞台の上ではクールに見えているが、口を開いた途端、大きくイメージが変わる。女らしくない『俺』『貴様』という言葉遣いのせいで、私服姿の時には、きつい性格という印象に繋がっていた。「せっかくの美人なのに勿体ない」と感じる芸人仲間も多いのだが……。

「むしろ私は、モノクさんらしくていいと思いますぜ」

 去りゆくモノクの後ろ姿を見ながら、ボラリデは、小声で呟くのだった。

   

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