3、裏社会の魔王、生徒会に入る 2

「はい。今日の授業はここまで」

 授業が終わり、担任が出ていく。

 今のは四時間目でちょうど次は昼休みだ。

 だが、誰も席を立とうとしない。

 身動ぎする者すら皆無だ。

 教室にいる全員が少し俯いて自分の机を見つめ、息を殺すようにジッとしている。

「……」

 その時、ひとり席を立つ者がいた。オーマだ。

 彼は無言のまま教室の後ろのドアから出ていく。

 ドアがパタンと閉じた途端、まるで金縛りが解けたように生徒たちは机に突っ伏し、ほぉぉ~と息を吐いた。


「……なんか違うな」

 体育館の裏で昼飯を食いながら、オーマは呟いた。

 彼の思い描いていた学園生活と現実は微妙にズレていた。

 たとえば隣の席のヤマーダに消しゴムを忘れたと言ったら「これで好きなだけ買ってください!」と財布を渡してきた(もちろん断った)。

 前の席のキムラーナはプリントを回す時、必ず後ろを向いて両手で丁寧に頭を下げながら渡してくれる(その時なぜか椅子の上に正座している)。

 そして休み時間になるとオーマが席を離れるまで、まるでお通夜のような状態になる。

 誤解のないよう断っておくと、彼は一般人カタギに暴力を振るうつもりは一切ない。

 体も大きいので廊下では人にぶつからないように気をつけて歩くし、ゴミがあれば拾ってゴミ箱に捨てた。

 勉強は少々苦手なものの、運動面では目を瞠るような記録を出している。

 このように素行だけ見れば彼はむしろ優等生の部類に入る。

 しかし、最初の印象が強烈すぎたせいか、未だにクラスメイトと打ち解けられていない……。

 彼は彼で寡黙な方なので、なかなか話しかけるキッカケも掴めないでいた。

 努力はしているのだが、緊張で力が入って上手く話せなかったり、ビビッた相手が気絶してしまうのだ。

 結果、こんな人気のない場所でひとり飯を食う羽目になっているわけだが。

「……部活でも入るか」

 とはいえ団体競技は向いている気がしない。

 人の姿でも素手で岩ぐらいなら粉々にできる。

 この学校に格闘技をやる部があれば活躍できるかもしれない。

 彼がそんなことを考えていると。

「あら~、こんな寂しいところで何をしているの?」

 やけにのんびりとした声で横から話しかけられた。

「ん?」

 オーマがそちらを振り向くと、そこにいたのは金髪の少女だった。

 校章からして二年生の先輩。

 口調と同じくおっとり美人で、育ちの良さが全身から溢れ出ていた。

 サラリサが炎の苛烈さと氷の怜悧さを併せ持つじよけつとすれば、この先輩は華のような気品に溢れた女神である。

「ここでご飯食べてたの?」

「はい」

「ひとりで?」

「そうです」

 相手が先輩と分かったので、オーマは丁寧に質問に答えた。

「寂しくない?」

「……」

 これにオーマは答えられなかった。

 人に弱味を晒すべからず。ここでも家の教えを忠実に守っているのだ。

 しかし、嘘を吐くのも誤りになるので、彼は沈黙したのだった。

「なるほど。そっか~」

 オーマが黙ったのを見て、その先輩は何度か頷くと――不意に彼が腰かけていた体育館の外階段の隣に座った。

「今日は私もここで食べてもいいかしら?」

「どうぞ」

「ありがと~。私もたまにここでお食事するのよ。静かでいいわよね」

「……ウス」

 遠慮なく話しかけてくる先輩に、思わずオーマは口下手な答え方をしてしまった。

 だがそれを気にする様子もなく、彼女はドンドン彼に話しかけてくる。

「そういえば君~最近転入してきた子よね~? 一回駐車場で見かけたことあったんだけど~お名前は?」

「オーマ……ローゼンです」

「そう、オーマ君ね。覚えたわ」

 彼女はゆっくり話しながら、やはりゆっくりとお弁当を箸で口に運ぶ。

 少しずつパクパクと食べる様子は小鳥の食事のようだった。

「オーマ君はもうこの学校には慣れた?」

「慣れてきてはいるんですが、クラスメイトに話しかけられなくて」

「あら~」

 先輩は頬に手を当てて心配そうな顔をする。

「それは困るわね~」

「はい」

 オーマが軽く頷くと、そんな彼の横顔を先輩はチラリと見やる。

「オーマ君は明日もここでご飯食べるの?」

「まあ、たぶん」

「じゃあ私も明日また来るわね」

 朗らかな笑顔を浮かべ、彼女はそう言った。

 今日会ったばかりの一年に明日の約束をする。

 明らかに何の得もない行為だ。

「何でそんなに俺に構うんですか?」

「困ってる人は放っておけないもの」

 彼女は当たり前のように答えて、言った。

「だって私、生徒会長ですから」


「オーマ君~」

 その翌日、本当に生徒会長は体育館裏にやってきた。

 その次も。

 次の次も。

 一週間が過ぎても、彼女との約束は続いた。

「でね、その外に落ちてた誰かの上履きに雀が巣を作ってて~」

 生徒会長はいつも朗らかな笑顔でオーマに話しかけてくれる。

 彼女のことはこの一週間で可能な限り調べた。

 ツクモ=キサラギ。

 王家の親戚筋に当たる尊き血。

 才色兼備で物腰柔らかな美少女。

 だがそんなことより何より彼女は、困っている人を見ると放っておけない生徒会長なのだという噂を一番耳にした。

 お陰で彼女と生徒会は毎日が超多忙。

 学校中から相談事が舞い込んで、常にてんてこ舞いの状態らしい。

 本来ならこんな場所で見ず知らずの一年生につき合っている時間などないはずだ。

「どう? そろそろクラスの子と話せたかしら?」

「いえ、まだ」

「そっか~」

 しかし、ツクモは今日もこうしてオーマの相談に乗ってくれる。

「何がいけないのかしらね? オーマ君って、こんなに話しやすいのに」

 真剣な顔で首を傾げるツクモ。

「……やっぱりこのツラが怖いんですかね」

 あまりに彼女がマジメにつき合ってくれるので、オーマはつい自嘲を含んだ呟きを漏らしてしまった。

 そんな〝弱味〟に繋がるセリフを人前で口にしたのは初めてのことだった。

「……!」

 自分でも思わぬ失態に狼狽する彼に対し、その重大さが伝わっていないツクモは「う~ん?」とまたまた首を反対向きに傾げて。

「そうかしら~? ちょっと眠そうな目で、愛嬌のある顔だと思うけど?」

 と言って、彼女はオーマの頬を軽く撫でる。

 その少々気安いともいえる彼女のスキンシップにオーマは硬直する。

 と、そこで昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。

「あら~もう午後の授業ね。じゃあ、また明日」

 ツクモはテキパキと片付けをして校舎へと帰っていく。

「……」

 オーマはその背中を見送ったあともしばらくその場から動けなかった。


 その日の放課後。

 オーマは生徒会室の前まで来ていた。

「……」

 彼は『生徒会』のクラスプレートをしばし見つめた後、ノックをしてドアを開ける。

 中では生徒会の役員である生徒たちが忙しく働いていた。

 資料の束を抱える者。

 どこかに電話をかける者。

 パソコンに何かを入力している者。

 みんな何かしら手を動かしていたので、最初は入ってきたオーマに誰も気がつかなかったほどだ。

「職員室行って確認してきま……わっ!?」

 ちょうど廊下に出ようとした生徒がいて、彼がようやくドアを開けたまま突っ立っているオーマの存在に気がついた。

 驚いた彼の声で、生徒会の中の動きは一時的にピタッと止まる。

「な、何だお前……一年? が、何の用だ?」

 先程オーマに驚いた二年生の先輩が怒ったような口調で尋ねてきた。

「その、俺は……」

 オーマは用件を伝えようとするが、上手く言葉が出てこなかった。

「……」

 その様子を見て、ブランギは心の中でボーッとした顔だなと軽く侮る。

 面倒だからさっさと追い返してしまおうとしたが――その前に生徒会室の中から「あ~」という声が聞こえてきた。

「オーマ君。いらっしゃ~い」

 部屋奥の一番立派な生徒会長机にいたツクモが、入り口の彼に向けてヒラヒラ~と手を振っていた。

「会長……お知り合い、ですか?」

「そうよ~。ブランギ君、入れてあげて」

「はい……」

 ブランギは胡散臭いものを見る目でオーマを見ながら、彼を生徒会室の中に招いた。

 生徒会の役員たちは、そんな彼を好奇の視線でジロジロ見る。

 一年の割にガタイがよいのもそうだが、何よりツクモに名前を覚えられているということが、様々な興味を彼らに抱かせたのだ。

 それに多少居心地の悪さを覚えるも、ツクモに用事のあったオーマは生徒会室の奥まで歩を進めた。

「それで? 生徒会に何かご用?」

 相変わらずゆったりと、人を急かさない口調でツクモはオーマに尋ねる。

「はい。実は……」

「ん~?」

「……俺も、生徒会に入りたいと思いまして」


 彼のひと言は波紋のように、静かな驚きとともになって生徒会室に広がっていった。

 唯一、会長のツクモだけはいつもと変わらぬ調子で。

「あら~生徒会のお仕事って大変よ?」

「大丈夫です」

「そう? なら~」

 軽いやり取りで、そのまま彼女が頷こうとした時。

「ちょちょちょっと待ってください会長!」

 呆然から脱したブランギが声を上げ、慌てて彼女を止めた。

「何をサラッと許可しようとしてるんですか!? こんな突然現れたうすらデカいだけの一年を生徒会に入れる気ですか!?」

「大きいっていいことよ。それにみんな忙しい忙しいって言ってたじゃない? オーマ君は力仕事で頼りになりそうだし、ねぇ?」

「ウス。任せてください」

「ほら、オーマ君もこう言ってるし」

「そうじゃなくてですねぇ!?」

 ブランギはバンバンと机を叩いて抗議する。

「我が生徒会はこの学校の顔なんです! そこに名を連ねるのは校内でもトップクラスの生徒でなければなりません!」

「でも~確か生徒会長に臨時役員を五人まで指名できる権利があったはずよ?」

「うっ……それは」

 校則を持ち出され、ブランギは口ごもる。

「し、しかし、俺たちはコイツのことを何も知りません! せめて何か実績がないと!」

「そうは言っても、オーマ君は転入生だしねぇ」

 ツクモはオーマのことを見上げる。

「オーマ君は前の学校で何かやってたことある?」

「いえ」

 前も何もオーマは学校に通うことすら初めてである。

 当然、学業や校内活動に関する賞や実績など持っているはずもない。

「ほらやっぱり! やはりこんな馬の骨を生徒会に入れるわけには」

 途端に勝ち誇るブランギだったが――不意にオーマに顔をグッと近づけられ、「うっ!」とたじろぐ。

「先輩。俺はどうしても生徒会に入りたいんです。どうしたら認めていただけますか?」

「うっぐっ」

 丁寧だが妙な圧のあるオーマの真顔に、ブランギはさらに何歩も後退する。

 これ以上は自分が一年にビビッてると思われると考え、彼はとっさに口を開く。

「じゃ、じゃああれだ! 模型部の部室を占拠してる不良を立ち退かせてこい!」

「分かりました」

 具体的な内容も聞かずに、オーマはふたつ返事で頷いた。

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