その6

 私がヨギ草を毟り取っている姿に耐えかねて、つい手を出しちゃったみたいね。

 まったく……チトちゃんが恋人と言った時に居なくて本当に良かったわ。


「はぁ……ちょっと、その手を離してよ」


 じゃないと残りのヨギ草が取れない。


「離すか! せっかく付けたのに何て事をしてくれたんだ!」


 それはこっちの台詞なんだけどな。


「そっちこそ、何しているのよ。ヨギ草は地面から生える植物なのよ? それを樹にくっつけるだなんて馬鹿じゃないの!?」


「いや、それはそうだが……森の中には虫が居る。シオンが刺されたら大変じゃないか」


 大変って……虫なんかシオンは慣れているでしょ!

 私達が長年何処に住んでいるのか頭から抜けちゃっているわね。


(でな~そこでチトが――)

(まぁ! そんな事が!)


「ん?」


 遠くから2人の声がする。

 もうこの森に向かって来ていたのね。


「シオン達が来たから手を離してくれる?」


「……」


 手を放そうとしないし。

 もう~躊躇っている場合じゃないでしょうに……仕方ないわね。


「私が隠れられないんですけど? それで見つかったら、もちろんあなたも道連れだからね」


「んなっ! ――くそっ!」


 やっと腕を掴んでいた手が離れたわ。

 で、ローニの手が消えた……まるでゴーストみたいね。


「それじゃあ、私も隠れるからローニも見つからないようにね」


「っ!」


 ローニの気配が消えたわね。

 森の中に入ったわけでもないみたいだし……今日はもう諦めたのかな?


「せやけど、ほんまにあの宿で良かったの?」

「ええ、だってチトちゃんと一緒の部屋ですし!」

「いや! 部屋は別やからね!?」


 おっと、シオン達の声が近くに聞こえて来たわ。

 私もさっさと残りのヨギ草を取って早く隠れないと。


「……にしても、シオンってばちょっと浮かれすぎじゃない? 旅行じゃないんだから……」


 かと言って、注意も出来ないのが何とも歯痒いわね。



「さぁ着きました! ここが西の森ですわ!」


 ふぅ、なんとかシオン達が着く前にヨギ草を全部とれたわ。

 それにしても、結構な枚数を付けいてたわね。

 これどうしよう……。


「さぁ、さっそく採取を始めましょう!」


「「お~!」」


 3人がバラけて採取を始めた。

 ローニもいないし、この森に危険もなさそうだし、今日はもう大丈夫そうね。

 だとすれば……。


(アスター! アスター!)


「ん? 誰かに呼ばれたような……あっ」


 よし、アスターが私に気が付いたわ。


「? アシターさん、今誰かに呼ばれませんでしたか?」


 って、シオンまで気づいちゃ駄目よ!


「えっ! いや、私には聞こえませんでしたが……おっ! あっちの方にも生えているので、採ってきますね。シオン様はそのままお続け下さい!」


 アスターが誤魔化して、こっちに来てくれた。


「そうですか、わかりましたわ……空耳かしら?」


 危ない合危ない、こんな事で見つかったらシャレにならないわ。


「ふぅ……大丈夫そうだな。如何されました?」


「もうここでローニが出て来る事はなさそうだから、私は一足先に貴方達の宿泊する宿に行こうと思うの。で、宿の場所と名前を教えてくれないかしら」


 この森に直行したから、まったくわからない。


「なるほど、わかりました。えーと、場所の方は……」


 アスターが地面に地図を描き始めた。

 いや~助かるわ~。


「ここがギルドです。まずは西に向かいまして……ここを左に曲がり、真っ直ぐ進んでいくと宿場になります。そこのボッタ屋という宿が泊まるところです」


「ふむふむ、ありがとう。……ボッタ屋か」


 う~ん、なんか引っかかる名前ね。


「それじゃ私は行くわね。シオンとチトちゃんの事、お願い」


「はい、お気をつけて」


 そういえば、ローニはどこに泊まるのかしら?

 ……まぁローニもいい大人なんだし、その辺りは心配しなくてもいいかな。



 は~宿屋がいっぱいだわ。

 この辺りは、全然足を運んだことが無かったからこうなっているのを知らなかった。

 街全体を歩いて把握しておかないと駄目ね。


「え~と……ボッタ屋……ボッタ屋……あ、あった」


 外観は木造で5階建てかな?

 新しくもなく、古くもなく、言い方が悪いけど至って平凡な宿ね。

 さて、部屋が空いているといいんだけど……。


「……すみませ~ん」


「はい、いらっしゃいませー」


 初老の男性が出て来た。

 この人がこの宿の主人かしら?


「あの、長期で宿泊したいのですが……」


「この街に滞在ですか。はい、その辺りは大丈夫ですよ」


 良かった。

 あっどうせなら、シオンの部屋の近くがいいわね。

 試しに聞いてみようかしら?


「あなた、205号室の枕を変えといたわよ。本当に良かったの?」


 初老の女性が上の階から降りて来た。

 あなたって言っていたし、あの人が女将みたいね。


「ああ、ありがとう。……しっかし、金を貰っといて何だがおかしな話だな……」


 おかしな話?

 どういう事だろ?


「あの、どうかしたんですか?」


 ……何だか、すごく嫌な予感がして来た……。


「ああ、すみません。口に出ちゃいましたか……いやね、少し前に来たお客さんがその……ちょっと変わっていまして……」


「変わったお客?」


「はい、金髪で毛先が銀色のハーフエルフが泊まっている部屋を教えてほしいと言う、自称父親が来まして」


「えっ!?」


 それって疑う事なくローニじゃない!!


「本当に父親かどうかもわからないですし、その方の確認を取ってからと言いましても……それは出来ないと一点張りで……」


 本人と確認を取ったら、ばれちゃうからね。

 まさか、この宿にシオンが泊まっている事を突き止めるとは……。


「さすがに困ったので自警団を呼ぼうとしたら、『だったらこの枕だけでも取り換えてくれ! じゃないとその子は眠れないんだ! 後この件はその娘と仲間には絶対に言わない様にお願いします!』と言って、大金と枕を押し付けて去っていったんですよ」


 おい、それ私に言っていいのかい。

 それにしても枕……? あっもしかして、その枕ってシオンが普段使っている枕なんじゃ?

 はああああ!? 馬鹿じゃないの! わざわざ枕を持って来ていたわけ!?


「さすがに怪しいと思い、その枕を徹底的に調べましたが手作りの普通の枕でした」


 でしょうよ。

 だって、その枕を作ったのは私ですから。


「押し付けられたとはいえ、お金も受け取ってしまいましたし。枕が違うので眠れないというのが本当ならお気の毒だと思い、枕位ならと先ほど交換したんですよ」


「へっへぇ~変わった人もいますねぇ~あははははは……」


 引くわ~この件に関しては引くわ~……。

 流石に、枕を持って来ているだなんて思いもしなかった。

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