その2

 そうと決まれば、私も出かける準備をしないと。


「……この杖を、また使う時が来るなんて」


 邪竜と戦った時に使った、聖なる樹から作られた杖。

 まさか、こんな形で再び手に持つとは思いもしなかったわ。


「え~と、それと魔力の衣は……うん、大丈夫ね」


 18年経っても虫食いも無ければ、色あせも無しで当時のままを維持されている。

 さすが魔力で込められた糸で織られているだけあるわね。

 後は、このまますんなり着れればいいけど……。


「……すんなり着られちゃった」


 良かった、体形は当時と変わっていないみたいね。

 ただ……個人的には胸がきつくなっているわ~とか言いたかったな。

 子供が生まれたら大きくなるって言われているのに、私の場合変わらず平坦なままなのは何故だろう?


「っと、いけないいけない。そんな事を考えてる場合じゃない、後は道具をいくつか……」


 けど、使えそうな物はローニがほとんど持っていっちゃっているし、透明化マントが1枚しかなかったのは辛いわね。ローニはそれで堂々と前に行けるけど、私はそうもいかない……。

 一応私自身の体を透明化させる魔法は使えるけど……これ、服までは消せないのが欠点なのよね。

 服を脱げばバレないけど、流石に見えないとはいえ全裸になるのは恥ずかしすぎる……これは奥の手と考えておこう。


「ない物を言っても仕方ない、残り物をかき集めて……後は、隠してあったヘソクリを持って……よしっと。さ~て、シオンとローニを追いかけますか!」


 また、冒険の始まりね。



「ぜぇ~ぜぇ~……」


 元々体力は無かった方だけど、ここ数年はまともに運動していないから、少し走っただけで息切れが……定期的に運動はしておくべきだったわ。

 シオンとローニはもう街に着いた頃かし――。


「――ら?」


 ん? 道の先で、木に寄りかかって座っている人が居る。こんな山奥に人が居るなんて珍しいわね……。

 でも丁度いいわ、あの人にシオンの事を聞いてみましょう、あの子は特徴的な髪だから聞いたらすぐわかるはず。

 そう、あの座っているい人と同じ様に金と銀の髪で……って、あれはシオンじゃない!

 まずい、このまま進むと見つかっちゃうからその辺りの木の陰に隠れないと!


「……まさか、まだこんな所で油を売っているとは思わなかったわ。疲れて休憩でもしているのかしら?」


「すぴ~すぴ~」


 あら、寝ちゃっている。

 休憩していたら寝ちゃったのかしら?

 ……いや、それならこの状況はおかしい。

 シオンにかかっている上着、あれは持って行った道具袋に入れていたのを私は見ている。

 寒くもないのに、休憩でわざわざ袋から出すなんて考えられない。

 それにシオンの傍に落ちている拳ぐらいの青い石……私の予想通りなら、近づくと危ないわね。

 となれば、この木の枝先を折って……この枝を投げる。


「……それっ」


 ――バチッ!


 シオンの手前で、木の枝が弾き飛ばされた。

 やはり、あれは使い捨ての強力な結界石のようね。

 あんな物は絶対にシオンは持っているはずがない……だとすると。


「これは、確実にローニの仕業ね……」


 ローニは睡眠魔法を使えない、眠り粉を撒いてシオンを眠らせたみたい。

 眠り粉も使い捨ての結界石も持続時間は約3時間くらいだから、このままにしておいても大丈夫だろうけど……なんでこんな事をしたのかしら?

 眠らせて連れ戻すとか? それだと、この状況になるわけがないか。

 そもそも、それをすれば親子の縁を切られちゃうし。

 だとすると……時間稼ぎ?


「……あっ! もしかして!」


 ローニがアスターに対して何かしでかしているのかもしれない!

 シオンには申し訳ないけど、私も先に行っているわね!



「はひ……はひ……やっと……街が……見えた……」


 え~と……アスターは街の入り口に……あ、紅色で長髪のエルフが立っているわ。

 あれは間違いなくアスターね。

 良かった、とりあえずローニに何かされたって感じじゃないわね。

 早く説明をしに行かないと……。


「ふわー……シオン様、遅いな……何しているんだろ?」


「アッ……アス……ター~~~!!」


「ん? 今私の名を呼ぶ声が聞こえたような……へっ? アリシアお嬢様!? どうしてこんな所に居られるのですか!」


「ぜぇ~ぜぇ~……」


 あ~やっと、アスターの前まで来れた。

 足が痛いわ。


「はあ~はあ~……実は……ね……」




「と、いう訳なの……」


 アスターが呆れている顔をしているわ。

 まぁそうなる気持ちはよくわかる。


「なるほど……勇者殿もまた大胆な事を。しかし、私は勇者殿の姿を見ていませんし、何故そんな時間稼ぎを……あっもしかしたら、ギルドに居るかもしれませんよ」


「はっ!」


 そうか!

 大本に乗り込んでいった可能性は十分に考えられる!


「今からギルドに行ってみるわ!」


「はい、私はここでシオン様が来られるのを待ちますね」


 そうね、アスターがここに居ないと意味が無いし。

 数時間は待ってもらわないといけないけど……。


「お願いね、あ~後この事はシオンには……」


「わかっています、絶対に言いません」


 流石アスター、事情を呑み込んでくれている。


「ありがとう!」


 早くギルドに!

 もう今日は走ってばかりだから、絶対に明日は筋肉痛よ!


「これはまた、大変な事になったな。まっ私は私の役目を果たすのみか」



『――!!』


 アスターの予感は的中したみたい。

 ギルドの中から騒いでいる声が漏れて来ている。

 そんな騒いでいる奴は……。


「だーかーらー! もっと簡単な依頼は無いのか!?」


 あの受付カウンターの前で怒鳴っている金髪は、やっぱりローニだわ。


「ですから、これ以上簡単依頼は……」


 受付嬢さんが困った顔をしている。


「だったら、今すぐ別の依頼主を探してだな――」


 なるほど、時間稼ぎは簡単な依頼をシオンに回すように手回しをする為だったのね。

 にしても、ローニは一体どんな依頼で文句を言っているのかしら。


「どれどれ……逃げ出した犬を探して下さい……? ねぇこれのどこが駄目なのよ」


 すごく簡単に思るんだけど。


「どこがって、この犬が狂暴でシオンに噛みついたら大変じゃな……なっ? アリシア!? お前、なんでこんな所に!?」


 ローニったら、私の顔を見てかなり驚いている。

 私が追いかけて来る事を考えていなかったのかしら?


「それは、こっちの台詞よ」


「そうか! 俺を連れ戻しに来たのか! しかしだな、俺を――」


「いいえ、違うわ。妨害しに来たのよ」


「――連れ戻されようが……なんだって? 妨……害?」


 ローニが目を真ん丸にしている、訳がわからないって感じね。

 まぁ私が来る事すら考えていないから、そうなるのもあり前か。


「そうよ。あっ受付嬢さん、申し訳ありませんがこの事は無かった事にして下さい」


「なっ!? お前、何を勝手に!」


「後こいつは今から連れ出しますので……ほら、行くわよ」


「はあ、わかりました……ほっ」


 受付嬢さんが心底良かった~って顔をしている。

 色んな人に迷惑をかけてからに。


「……いででで! 耳を引っ張るな! 離せっ!」


 耳を引っ張っていた指が弾かれた。


「――おー痛……なるほど、妨害ね……つまり、アリシアは俺がやろうとしている事を、こんな感じで邪魔するって事か」


 私が追いかけて来る事は思っていなかったみたいだけど、妨害については理解してくれたようね。

 これ以上の説明いらずで助かるわ。


「そうよ。これに懲りたら、大人しく……」


「何、勝ち誇った顔をしているんだ! いいか、今回はお前がこんな事をするなんて思わなかったから油断していただけであって、俺は勇者だ! 本気を出せば、お前如きが手出し出来ると思うのか? ああん?」


 如きって、言ってくれるじゃない!

 しかも、完全に開き直っちゃっているし……この俺は勇者だドヤって感じのまぬけ顔がまた腹立つ!


「出来るわよ! 私はエルフ族随一の魔法使い! そして邪竜を倒した英雄一人です! あなた、ご! と! き! を止めるのは簡単よ!」


「上等だ! やってみせろ! 俺は負けん!」


「ええ! やってやりますとも! 私も負けませんから!」


「「ふん!!」」


「あの~……喧嘩なら、外でお願いします……他のお客様のご迷惑となりますので……」

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