第67話 難関
「それじゃあ行ってくるよ、アレク」
「はい。お気をつけて」
窓から差す太陽の陽が茜色に染まり西に傾いたころ。手に大量の書類を抱え、ロナルドは夕日を背に席を立った。
ここ数日、ロナルドと共に仕事についていたアレクには今日もまたその時間がやってくることがわかっていた。
定時報告会議。
毎度決まって十六時半。本来ならば各部署のリーダーが隊長室に集まり、本日中にあった出来事を報告するのだが、入室の際に準備された魔道具はひとつしかない。そのためロナルドは場所を変えて報告を受けることにした。
猶予はおおよそ三十分。長いときは一時間近くかかるが、できるだけ迅速に行動しなくてはならない。
ロナルドが扉の奥へ姿を消し、アレクは万年筆をペン立てに戻すと席を立った。あれから自宅と隊長室の行き来しかしていないアレクだったが、道筋はしっかりと覚えている。
肩にかけたローブのフードを目深にかぶり、アレクは外に出た。身を小さくして通路の端を擦るようにして歩き、できるだけひとめにつかないように身を隠しながら歩みを進める。
そうしてアレクは無事に目的の場所へとたどりついた。
通路の影からのぞく先にはふたりの守衛の姿。アレクは小さく喉を鳴らすと意を決して足を踏み出した。
「お疲れ様です」
声が震える。
それはロナルドに対する背徳心からか、自分がこれからしようとしていることが怖いからか。だけど、そんなことは何度も考えたし、重ねた葛藤の末に自分を納得させて決めたことだ。迷ってはいけない。いまさら後には引けないのだから。
「ん? なんだおまえは」
「アレクです。ロナルド副隊長が定時報告会議でこちらにこられないので、代わりにきました」
訝しげな視線を向けた守衛に懐から身分証を差し出しながら、今度はハッキリと言葉を向ける。
すると傍らに立つもうひとりの守衛が思いだしたように声をかけてきた。
「ああ。この前副隊長と一緒にきていた者だな。それでなんの用だ」
この駐屯地でローブを身につけて歩く人間は目立つ。前回の記憶がしっかりと守衛の中に刻まれていたのだ。
「ホーキンスに関して重要な情報が手に入ったので、それを尋問官にいい伝えるようにと。きっと口を割るだろうと仰っていました」
「なに? ならばわたしから伝える。話すといい」
「いえ。大事なことですので尋問官以外には決して口外するなと申しつかっています」
「しかしな……」
「急を要することなのです。数分で済みますから。心配でしたら尋問室まで付いてきてくれても構いません」
前もって用意していた台詞を伝えると、守衛ふたりは困ったように顔を見合わせた。
提示された身分証には副隊長補佐官の名。そして当然、いまが定時報告会議の時間であることもふたりは理解していた。
うち片方にはアレクの記憶があり、最近副隊長が執務室に側近を抱えたという情報も手にしていたし、加えてゴドリュースの確保は王命であり最優先事項であるにも関わらず、事態になんの進展もないことが問題となっていることも理解していたのである。
このままでは警備隊の
「わたしが同行しよう。それと念のため、身体検査を行わせてもらう」
「身体検査……ですか」
フードの下でアレクは目を見開く。前回はそんなことをいわれなかった。
「ああ。刃物などの持ち込みは禁じられている。貴重な情報源を殺されてはたまらんからな。そのローブを脱いでもらおう」
そういわれてしまえば拒否することなどできない。おそらく前回はロナルドが同行していたから検査は省かれたのだろう。
「……わかりました」
アレクは緊張した面持ちでそう返した。
相手はアレクが呪いにかけられていることを知らない守衛ふたり。
視線を合わせなければ姿を見せるのは問題ない。そう理解していても、長いことひとめを避けて生きてきたアレクは恐れを感じずにいられない。
だが逃げることはできない。ここを通らなければ目的は果たせないのだから。
決意と裏腹に心臓の音が大きくアレクの耳を打つ。ドクドクと早まる鼓動など守衛の耳に届くはずもないのに、もしかしたら聞こえてしまっているのではないか。そんな不安が襲いかかる中、アレクはするりとフードを下ろし、目を伏せながら襟の留め金を外してローブを脱いだ。
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