第6話 差し込む光
ロナルドに教わった医療棟の個室へおもむいたマーリナスはドアをノックする。しばらくドアの前で待ってみたものの応答はない。
「第一警備隊隊長マーリナス・シュベルツァだ。入るぞ」
相変わらず返事はなかったが、マーリナスはドアノブを回し中へと足を踏み入れた。こじんまりとしたその部屋で、黒地の帯で目隠しをしたまま、静かにベッドサイドに腰かけている少年の姿が目に入る。
「寝ていなかったのか」
独り言のようにつぶやくと、少年と向かい合う形でマーリナスは椅子に腰を下ろした。人身売買にあい、男色家のもとでいたぶられた子供が心に抱える傷は大きい。
ショックのあまり話せなくなる者もいるし、気が狂って平常を保てない子供もいる。そんな中、この少年はまだ自我を保っているように見えた。
マーリナスは返事がないことに
「話したくないことは話さなくていい。だができるだけ質問に答えてほしい。どうだ、できそうか」
小さくうなずきを返した少年を確認して、マーリナスは安堵すると名前や年齢など簡単な質問から始めることにした。
アレク、十五歳。
声変わりをしていてもおかしくない年齢だが、それにしては声が高いし体つきはだいぶ華奢だな。そんなことを感じながら、マーリナスが次の質問を繰り出した時だった。
「出身は」
「言えません」
いままでと違いきっぱりと言い切ったアレクの言葉に、マーリナスの眉が神経質にぴくりと跳ね上がる。
人身売買にあったのなら、当然母国に帰りたいと思うのが人心というものだ。だがアレクはあえて口をつぐんでいる。
なぜ。当然その疑問があたまをよぎる。
だがおそらく、いま問いただしてもアレクは答えないだろう。マーリナスは即座にあたまを切り替え、次の質問を繰りだした。
いつごろバロンの元にきたのか。なぜそうなったのか。
それらの質問にアレクはよどみなく受け答えたが、あの亡くなった少年――ロイムのことをたずねたときは、ほぼ「わからない」と答えが返ってきた。
ぽつりぽつりと話してくれたアレクの話をまとめると、あの少年とは地下街で出会い、共に生活したのは数週間ほどだったという。
知っているのは名前だけで、年齢や出身などもわからない。身を寄せ合って暮らしていたある日、人攫いにあって売られたのがバロンの屋敷だった。
「では最後の質問だ。きみがバレリアの呪いにかけられているというのは真実か」
アレクはその問にしばし沈黙を守り、最後にこくりと首を縦に振った。
「……その呪いを誰にかけられた」
アレクの首が横に振られる。
術者の名を口にだせぬように術がかけられているのか、それともアレクの意思で答えを拒んでいるのか、マーリナスには判断がつかない。
だが、きゅっと口を結んだアレクの表情の一部から、おそらくこれは事実だとマーリナスは直感する。そもそもこの年齢の子供が、バレリアの呪いについて知っているはずがないのだ。
警戒心を強めながらも平静を保ち、マーリナスは再び口を開く。
「行く当てのない子供は、保護区で監視下に置かれることになっている。きみはバロンの屋敷では目隠しをしていなかったな。目隠しは不慣れだろう。だが保護区に輸送されれば、目隠しをしたまま大勢の子供たちと寝食を共にすることになるが、できるか」
その質問にアレクは押し黙った。
保護区にどれだけの子供がいるかわからないが、地下街には身寄りのない子供など溢れるほどいたのだ、きっと百や二百じゃきかないだろう。
この呪いは目をそらしてさえいれば相手に干渉しないが、いつどのタイミングで目が合ってしまうかわからない。
ロイムと出会った時は、防ぎようがなかった。
バロンは知った上でアレクの目を見た。
それが、もともとおかしな性癖を持ち合わせていたバロンに拍車をかけることになってしまった。頼めばやめてくれたかもしれないが、アレクはこの呪いを自分のために利用することを心底恐れていたのだ。
だがアレクが利用しなくとも呪いの干渉を受けた人間が、どんな行動にでるのかまでアレクには予想できない。そう、バロンがロイムを刺殺したように……
保護区ともなれば子供同士でそんな状況に陥る可能性だってある。あんな悲劇は二度とごめんだ。
アレクは静かに首を横に振った。
「そうだろうな」
マーリナスは初めから答えがわかっていたように、そう返した。
「だが、いつまでもきみに個室をあてがってやるわけにもいかない」
ではまた地下街に戻されるのだろうか。
黙ってマーリナスの言葉に耳を傾けるアレクの心に、大きな不安が黒い闇となって広がる。
だがそんなアレクの心に光が差し込んだ。
それは思いがけないところから唐突に。
「アレク。わたしと一緒に暮らす気はあるか」
その瞬間、目隠しの下でアレクの目が大きく見開かれた――
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