第4話 言葉の裏で告げる想い

「え……」


 思わず言葉を失ってナイフにくぎづけになったアレクの前でバロンはこともなげにナイフを地面に放り投げると、両手を広げてうっとりとした表情を浮かべ、演説でもする政治家のように朗々と語り始めた。


「こいつは特注品でな。体に差し込むと刃が開いて内臓を切り開く。ついでに俺が細工した猛毒も仕込んであるから、刺されたら助かる可能性は……ゼロだ」


「取り押さえろ!」


 再び青年の号令がとどろき、今度こそバロンは数名の警備兵によって地面に押さえつけられた。だがバロンは顔を地面にこすりつけながらも、愉快そうな笑い声をあげ続けている。


「うそだ……ロイム……ロイム?」


 なんとも耳障りなバロンの笑い声が地下牢に響き渡る中、ロイムの背中に回したアレクの手がどろりとした何かで濡れる。どくどくと脈打ちながら絶え間なく指の間を流れていく生暖かい何か。


「う……うそ……」


「ア…レク……」


「ロイム!」


 耳元で聞こえた小さなかすれ声に心臓をわしづかみにされたような痛みを覚え、叫んだアレクの瞳から思わず涙がこぼれ落ちた。


 力を失ったロイムの体が大きくかたむき、がくりとひざが折れる。のしかかった重みに耐え切れずにアレクはロイムと共にその場に倒れ込み、冷たい地面の上に仰向けに転がったロイムを青ざめた顔で見つめる。


「ロイム……ロイム!」


 ロイムの元へ這うようにして進み、すがりついて、ぼろぼろと涙をこぼしながら名前を呼び続けるアレクにロイムはやわらかな視線を向けて小さく笑う。


 その口元からは一筋の鮮血がこぼれ落ちた。


「おまえが……無事で…よか…た」

 

「やだ……やだ…」


 首を横に振り続けるアレクの背中に、ロイムは震える手をまわす。横たわった体は沈むように重く、とても寒い。けれど寄り添うアレクを抱き寄せれば、心はとても穏やかで温かかった。


「ここでさよなら……みたいだな」


 泣きじゃくるアレクの背をぽんぽんと叩きながらロイムは目を細める。


 互いに囚われの身。求めるものは自由だ。そのための枷はすべてここに置いていけ。例えばそれがつらく悲しい言葉でも、おまえのためならなんだって言える。


 胸を切り裂く痛みに耐えながらロイムは言葉を紡ぎだす。


「アレク……俺のことは忘れろ。俺は……おまえのその目に魅入られただけだ。本当は……おまえのことなんか、好き…じゃない」


 苦しげに歪んだ表情でぽつりぽつりとそう言ったロイムを、アレクは涙でにじんだ瞳で見つめる。その瞳はアメジストの輝きを放つ紫色の瞳。


 その光を反射したように見つめ合うロイムの瞳もまた、時折紫色に輝いた。


 これがアレクにかけられた『バレリアの呪い』その瞳にとらわれた者は否応がなしに魅了され、恋焦がれる。


 これは呪いだ。アレクの瞳に魅了され、恋焦がれていると思いこんでいるだけ。


「おまえなんか……大嫌いだ」

 

 それはアレク自身、嫌というほど理解している。どんなに愛をささやき合っても、どんなに唇を重ねても、すべてはこの呪いの上に作られた偽物でしかない。


 だけど。


 頬に涙を伝わせながらそう告げたロイムの瞳は言葉と裏腹に優しさに満ち溢れたもので。


 口元に小さく笑みを浮かべたロイムの目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。


 好きで好きで仕方なくて。ずっと傍にいたかった。だけどもうそれは叶わないから。


 紡ぐ言葉は真逆のもの。


「だから、早くいっちまえ……」


 最後にぽんとアレクのあたまに手を置いたロイムの腕がするりと地面にすべり落ち、光を失った瞳がゆっくりと閉ざされる。


 ロイムの頬に震える指先を伸ばしてこぼれた涙をすくいとり、アレクは困ったように小さな笑みを浮かべる。


「うそつき」


 濡れた瞳を閉じて、アレクはそっとロイムの頬にキスを落とした。

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