9


 パーティを組んだ僕は一般的な他の冒険者と同じように、大食堂で朝と夜を食べるようになった。以前は屋台だったり、宿の自室で黙々と食べていた。

 もちろん最初は奇異の視線を向けられたりもした。ヒイロと同じ新入りと勘違いされたこともある。実に五年もの間、周囲との交流を絶っていたのだから当然のことだ。

 けど、五年以上前からの古株、つまり〈風の王〉と呼ばれる以前の僕を知っている冒険者共が『あのヴィルがパーティを組んだ』という噂を聞きつけて絡んで来るようになったのをきっかけに、僕とヒイロはあっという間にギルドに馴染んだ。

 なんなら普通にしているだけでも「よおキング、元気か!」と声をかけられるようになった。「パーティに入れて欲しい」と言われることもあったけどメリーさんやヒイロ、シャリゼとお近づきになりたい下心満載の奴しかいなかったので追っ払った。

 目の回るような一ヶ月、僕はこの五年で一番楽しい期間だったと断言できる。

 けど、ヒイロにとってはこれまでの人生で最も辛い期間だったことだろう。

 きっかけはパーティでの初依頼に行く直前、メリーさんが言い放った言葉だ。

「思ったんだけど〜、ヒーちゃんがめでたく【勇者隊選抜】に行くことになっても、騎士になれる実力無かったら意味なくな〜い?」

 一理どころか百理ぐらいあるその意見に基づいて慎重に協議した結果、大量の依頼をこなす傍ら、メリーさんとヒューゴさんがヒイロを鍛えてくれることになった。

 明日から頑張ろうねと意気込むメリーさんにヒイロは元気よく頷き、「ししょーは一緒にしてくれないんですか?」と僕を見た。

 僕は穏やかな笑みを浮かべ、三つの回答をした。

 一、剣の才能が無さすぎて『棍棒を持った方がまだマシだよ』と師匠に言われたこと。

 二、それでも剣を握り続けたけど、ついぞ覚えられたのは師匠が故郷で習ったという型の一番目のみということ。

 三、単純に教えるのが下手くそ。

 ヒイロにはゴミを見るような目で「それでよくししょーになろうと思いましたね」なんて言われたけど、全部事実なんだから仕方がない。

 僕だってメリーさんとヒューゴさんに冒険者としての色々を教えてもらったんだ。その二人に習った方が確実だということを伝えると、ヒイロは渋々ながらも頷いてくれた。

 それにより、ヒイロの一日の行動は極めて単純なものになった。

 午前、太陽の昇らないうちに起きてみんなで速やかに依頼を遂行する。

 午後、日が沈むまでひたすら二人と修行を続ける。

 それだけの日々。

 二人が修行をつけてくれる間、僕は僕で自分のやるべきことをやっていたのでヒイロがどんな修行をつけてもらっていたのかわからない。

 けれど、あまりの厳しさにスパルタ並などと魔法有史以前の王の名が冠されるメリーさんの修行に弱音も吐かず耐えきったのは確かだ。僕は一度逃げ出して吊るされた。

 それでも最初の一週間は宿に戻る前から気絶していて、僕がヒイロをおぶってベッドに叩き込んだ。そうして泥のように眠り、夜明け前になると僕に起こされる。

「ヒイロ、それ自分が何食べてるか判別ついてるか?」

「ぁいひょ……ふへふ」

 一週間が経って、二週目の朝。

 昇天三秒前といった面持ちで朝食の(メリーさんが自分のをそっと皿に載せた)虫蒸しパンをかじるヒイロの姿を見て、メリーさんが僕にそっと耳打ちしてきた。

「ルー君の時と同じくらいでいいって言ったけど本当にだいじょぶ〜? ヒーちゃん身体はすっごく頑丈みたいだけど、選抜前に心が折れちゃったりしたら本末転倒だよ〜?」

「はは、魔法が使えないって分かった時に『魔獣なんか素手でぶっ倒してやる』って言った傑物ですよ。ヒイロのメンタルを気にするのは杞憂ってもんです」

「う〜でも〜……打てば打つだけ響いたクソガキならまだしも、純粋で可愛い子の苦しむ顔を見るのはちょっと辛いよ〜」

「いやアンタの気持ちの問題じゃねーか。……それに自分がクソガキだった自覚はありますけどヒイロも似たようなもんですからね。騙されないでくださいよ」

「ヒーちゃんがルー君と同じぃ〜? 寝言は寝て言いなよ〜」

「ホントなんですって! 天邪鬼って言葉はアイツのためにあるようなものですよ! 思春期の娘でも父親に対してあそこまで反抗的にならない!」

 とは言うものの、ヒイロは僕以外が相手だとお利口で可愛げのある年相応の娘になる。そこが一番可愛げない。力説する僕にメリーさんはふわふわと笑う。

「ん〜、喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ? それに、ヒーちゃんはルー君といる時が一番楽しそうだし。……もしかしたら、本当に家族みたいに思ってるのかも」

「……だとしたらいいんですけどね」

「んね〜。だからヒーちゃんに何かあったりしたらメリーは嫌だなぁ」

 もそもそともう一個の虫蒸しパンに手をつけるヒイロをどこか不安げに眺めるメリーさんに、僕は精一杯の笑顔を浮かべてみせる。

「そんなに心配しないでも大丈夫ですよ。アイツは凄いんです」

 そして、その言葉は真実となった。

 二週目。

 ヒイロは最初の方こそ僕におぶられていたが、日を追うにつれてだんだんと余裕を持つようになった。

 それだけでなく、戦闘時の動きも目に見えて良くなった。

 最初は魔猪の幼体に出くわしただけで自分も生まれたての子鹿のようになっていたヒイロだったけど、最終的には討伐系ハントでも臆することなく剣を振るい、自ら獲物を仕留めるまでになった。

 極めつけは、最後の討伐系依頼の帰り道でカヴァスの大群に出くわした時だ。

 依頼中の無駄な戦闘は極力避けるべき、というのが冒険者の常識として存在するが、四方を囲まれてしまった僕たちは戦うしかなかった。

 ひとりであれば全て吹き飛ばしてしまえるのになんて悪態を心の中でついた瞬間、僕の横を白い影が通り抜けてカヴァスの群れへと躍り出る。


 ――まるで、一つのショーを見ているかのようだった。

 白い影はカヴァスの《ソーマ》を的確に、そして立て続けに切り裂いては次々と薙ぎ倒していく。一匹、また一匹と仕留めていく度にその速度は上がっていき、純白の剣閃で以って緑の平原に赤い華を咲かせ続けた。


 結論を言うと、僕らは遂に三桁以上のカヴァスを捌ききってみせた。

 と言っても、四割近くはヒイロが倒しただろう。

 新手が来ないことを確認して安堵するように汗を拭う弟子の後ろ姿に、僕はその強さの理由を知っていても戦慄せざるを得なかった。

 帰り道、桜並木の坂を下りながら、ついさっきまで死闘を繰り広げていたとは思えない溌剌さで談笑するメリーさんとヒイロの姿を後ろからぼんやり眺めていると、隣を歩いていたヒューゴさんがふいに呟いた。

「知的好奇心旺盛で物覚えが良い。質実でありながら快活な様は周りの者を勇気付ける……ヒイロには戦士としての才能がある」

 頭一つ分以上の差があるため上から降ってきた声に一瞬困惑したが、「なぁヴィル」と同意を求められて僕は素直に頷いた。

〈赫刃の腕〉で僕がぶん殴られた日、シャリゼはヒイロの《イデア》に対して『剣を振る腕があったところで戦場に立つ勇気が無ければ意味がない』と言った。

 それは確かにその通りだ。でも、『戦場に立つ勇気は多少の腕を凌駕する』ということをヒイロはその身で以って示した。

「彼女は今、強くなろうとしている。そして強くなっている。つまり努力が実を結んでいる。素晴らしいことだ」

 ヒューゴさんは巌のような顔に微笑を浮かべてしみじみと言う。

 どうやらヒイロは気に入られたらしい。

 強者とまみえることが何よりの生き甲斐なのだ、と師匠にパーティ申し出の理由を尋ねられたとき、そう答えていたのを覚えている。修行をつけている相手ヒイロがみるみるうちに強くなっていくのはヒューゴさんにとってはさぞ心踊ることだろう。

「だが、それだけじゃないな。彼女自身も言っていたように身体は頑健そのものだが、いかんせん。歳にそぐわぬ剣捌きも才能で片付けられるものではない」

 ヒューゴさんは微笑みを消して鋭く目を眇める。

「ヴィル、ヒイロについて何か秘めているだろう。友を疑うなど不義理の極みだが、友に隠し事をするのもまた不義理。違うか」

 そう言って僕を見下ろすその眼差しは、前方でメリーさんと談笑しているヒイロのあどけない横顔に、何かを見出しているようだった。

 事実、その見識は正しい。

「知りたいのなら教えます。けど、ヒイロには伝えないで欲しい」

「何故……と質すのは流石に野暮か。分かった、この槌に誓おう」

 ゆっくりと頷いたヒューゴさんに、僕はヒイロの秘密を教えた。

「ヒイロは普通の状態が《イデア》なんです」

「……なんと」

 ヒューゴさんが驚愕に目を見開く。

 僕も気づいたのはつい最近のことだ。ヒイロ自身も気づいていないだろう。

「ヒイロの髪は本来なら黒いんです。ただ、僕がヒイロの黒髪を見たのは一度だけ。それ以外の時は寝ている間も白いまま。……ヒイロにはがある」

 実はその『何か』も見当が付いているのだけど、こればかりは誰にも明かせない。

 ……特に、ヒイロ自身には。

 ヒューゴさんは見開いた目を細め、微笑んだ。

「確かに今伝えては徒にヒイロの不安を煽るだけ……得体の知れないまま限り伝えないのは賢明な判断だ。だが、いつかは伝えるべきだ」

「僕もそう思います。伝えた方が最終的にはもっと強くなれる。でも、今じゃない」 

 今はただ、強くなるために奔走して欲しい。

「伝えても問題ないと判断した時か、本当にまずい状況になったら伝えます」

「うむ、それが良いだろう。しかし一ヶ月足らずで【勇者隊選抜】に向かうと聞いた時は竜でも堕とすつもりかと膝を叩きたくなったが……」

 関門に辿り着き、ご飯だと言って駆け出していくヒイロの小さな背中を見てヒューゴさんは笑う。

「彼女ならば、もしや」

 

 竜を堕とす――到底不可能なことをでっち上げること。

 また、不可能と思われた事柄を達成すること。

 

 そうして、怒涛の三週間が経った。

 

【依頼達成進捗】

 討伐系:6/6

 採集系:15/15

 壊滅級:0/1


 タイムリミット――残り三日。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る