第23話 アナスタシアの策略
ズドォーン ズドォーン
銃声が鳴り響く。
ピオラム森林地帯から離れ、広大な平原を行軍するアルカディア軍。後方からはヴェスティアノス軍が追撃の為に追いかけてくる。トルピーの引く荷台の歩兵達は獣人に向かって銃を放つが、不安定な場所からの射撃、士気の高い彼らには牽制にもならない。
「おい、迎撃部隊はまだなのか?」
「追いつかれるぞ。」
突如トルピー達は左右に避けていく。まるでサイレンを鳴らした緊急車両を通す為、通行中の車両が端によるように。
その空いたスペースより、アルカディア軍の装甲騎馬隊七千が姿を表した。先頭を担うのはアナスタシアの側近、『オルガ・メイレレス』。少将である。騎馬隊全員が薄らと白い光を纏っている。これは後方の魔道士部隊の身体強化魔法によるものであり、これなくして、人間は獣人の屈強な腕力と争うことはできない。
「オルガ少将、フラクトールを確認。」
「フラクトール……第六皇子だな。」
「ビニスとザルコも確認しました。」
日焼けした肌に右眼の傷が特徴的な大男、オルガは騎馬戦用の長槍をヴェスティアノス軍に構え、号令を出す。
「我が領土を侵犯した蛮族を叩きのめす! これはマテウス卿の弔い合戦でもある。アルカディアに栄光を!」
「「「アルカディアに栄光を!!!」」」
アルカディア装甲騎馬隊七千とヴェスティアノス軍一万が衝突する。両軍入り混じっての激戦。騎馬隊の勢いに屈した獣人の首が宙を舞い、大地に屍が横たわる。足を止めた騎馬兵は獣人に引き摺り下ろされ、一瞬にして肉塊へと変えられる。
アルカディア装甲騎馬隊、馬には兵士のような頑丈な鎧がつけられている。並の馬なら耐えられないが、彼らの乗る軍用馬は話が変わる。『キメラホース』……馬とイッカクサイというサイ型のモンスターを掛け合わせた人工の馬である。死ぬその間際まで突撃を行う鈍感さ、屈強な皮膚と筋肉を持つイッカクサイの特徴を引き継いだその馬は、獣人相手にも臆さず、多少の攻撃で倒れることはない。
因みに、多種族を掛け合わせる『キメラ生成』はその後、別の研究において事故を起こしている。その危険性から現在アルカディアにおいて、呪術と共に行うこと自体が厳罰に処せられる。
オルガはその屈強な腕力と巧みな槍術で獣人を倒していく。
「第六皇子のフラクトールだな。」
「貴様はあの小娘の側近……相手にとって不足はない!」
オルガとフラクトールは刃を交える。騎馬の周りを縦横無尽に移動するフラクトールをオルガは確実にいなしていく。
ガキン!ガキン!
二人の刃が交わり、激しい金属音が響く。
「もらったぁ!!」
オルガの槍がフラクトールの顔面を襲う。しかし、ヴェスティアノスの第六皇子は口で刃を噛み、屈強な顎で槍を破壊した。
「おいおいマジかよ。」
オルガは腰に帯刀していた太刀を抜く。
「流石は獣帝の息子だ。」
「ガルルルルルルルゥゥ、劣等種め、首をとって戦姫に叩きつけてやる。」
両者の刃が再び交わる。
ガキン!キン!ガキン!
拮抗する両者の闘いを止めたのは、オルガの副将であるケルン中佐であった。
「ガルルルルルルルゥゥ!」
「オルガ少将、そろそろ頃合いかと。」
「分かった! 撤退だ!」
「なっ!」
フラクトールが盛り上がってきたところで、オルガ率いる騎馬隊はヴェスティアノス軍に背を向け、撤退していく。
「ガルルルルルルルゥゥ! アルカディア軍め、逃すわけがなかろう。野郎ども、追撃だ!」
「「「ワォォォォォォォォォォン」」」
再び、逃げるアルカディア軍、追うヴェスティアノス軍の構図が完成した。そして、また先程同様、撤退するオルガ達とすれ違うように別のアルカディア装甲騎馬隊七千がヴェスティアノス軍に向かっていく。
この騎馬隊を率いるのは出っ歯が特徴的な『ルイズ・グラハム』。オルガ同様、アナスタシアの側近の一人である。彼ら二人はルミナスの双剣と言われ、代々ルミナス家に使える家系の者である。
「ルイズ少将、オルガ少将の後ということで敵軍、大分気が立っていますね。」
「全くだ。まともに相手をしようとするな。少しやり合ってすぐに引くぞ。……よし、お前ら! アルカディアに栄光を!」
「「「アルカディアに栄光を!!!」」」
アルカディア軍とヴェスティアノス軍が再び入り乱れる。ルイズはフラクトールとまともにやり合わない。一定の距離をとりつつ、獣人を薙ぎ払い、戦況を見つめ続ける。
面白くないのはフラクトールである。自身の昂りを発散するにはルイズの戦い方はとても不愉快であった。そして……
「よし、撤退だ! もう、歩兵達も大分下がれたはずだ。」
撤退するアルカディア軍。フラクトールの怒りがおさまらない。
「待てゴラァァァ!!」
「うん?」
鬼気迫る顔で追ってくるフラクトール。ルイズはぶつぶつと詠唱を唱える。するとフラクトールの周囲は硬かった地面から泥に変わった。そして、すぐに硬い地面に戻る。
「ほな、ばいなら。」
走り去っていくアルカディア軍。地面から足を抜いたフラクトールはすぐさま追撃の指示を出す。後方からはコルクス率いる三千の部隊が駆けつける。
彼らファルコンはウルフより移動速度が遅い。その為、『カルパス』と呼ばれる巨大なヤモリの様な生き物に乗って移動する。
「お待ちをフラクトール様!」
「なんだコルクス! 臆病者は下がっていろ!」
「どうみてもアルカディア軍の動きは怪しい。ここらで終わりと致しましょう。」
バキッ!
フラクトールはコルクスの顔面を殴り飛ばした。
「終わりだと? ふざけるな! これだけコケにされて見逃すだと? ガルルルルルルルゥゥ、奴らを皆殺しにせねば、気がおさまらんのだ!」
「で、ですが!」
フラクトールはコルクスの諫言に耳を貸さずに、ルイズ達アルカディア軍を追いかける。
少しして、ヴェスティアノス軍は起伏のある見通しの悪い場所を走っていた。少佐であるビニスが周囲の地形に警戒心を保つ。
「フラクトール様、この地形は……」
「なんだビニス、お前も怖気づい……なっ!」
九時の方向の丘には弓を構えたアルカディア軍がいた。老将ガノンが剣を空高く構える。
「もう遅いわい、獣ども。放てぇぇぇぇぇぇ!!!」
空を覆うほどの矢がヴェスティアノス軍に向けて放たれた。獣人達は腕につけている盾を構えるが、多くの兵士が倒れていく。この一斉射撃でビニス少佐は戦死した。
生き残ったヴェスティアノス軍は反対側と後方から迫るアルカディア軍に気づくも時すでに遅し。怒りのあまり、周囲の警戒を怠ったフラクトール達は完全に包囲されていた。
第六皇子の正面にはアナスタシア率いる一万五千の軍団が姿を表した。左には老将ガノン率いる一万の軍団。右にはフリューゲル中将率いる一万の軍団。後方からはスコット、ハムシクの両大佐が率いるそれぞれ五千の軍団。ヴェスティアノス軍七千に対し、アルカディア軍四万五千の包囲網である。
その時、大地に女性の声が響いた。
「ヴェスティアノス軍、貴様らを完全に包囲した。武器を捨てて投降せよ。」
現れたのは聖騎士アナスタシア・ルミナスであった。
「戦姫だ……」
「アルカディアの聖騎士……」
彼女の姿を見て、怖気付く獣人達。その中でフラクトールだけは咆哮を上げた。
「ワォォォォォォォォォォン!!」
辺りが静まり返る。
「あの小娘の首を取れば我々の勝利よ! 全軍、突撃ぃぃぃ!」
「「「ワォォォォォォォォォン!!!」」」
「……愚かな。奴らを殲滅せよ!」
正面のアナスタシア率いる軍団に突撃するフラクトール。アナスタシアは軍を率いて迎え撃つ。
「ガルルルルルルルゥゥ、アルカディアの聖騎士がぁ!」
アナスタシアに突撃するフラクトール。戦姫は空高く舞うと第六皇子の背後に回った。
勝負は一瞬だった。宙を舞うフラクトールの首。第六皇子が振り返る瞬間にはアナスタシアの光り輝く剣は敵皇子の首を捉えていた。
「そんな、フラクトール様が……」
「ば、化け物だ……」
数的不利な上、陣頭指揮を取っていたフラクトールの死によって、統率が取れなくなるヴェスティアノス軍。全滅は時間の問題であった。
老将ガノンはピオラム方面の包囲網に違和感を感じた。それはヴェスティアノス軍の援軍であった。コルクスの率いる部隊は一点突破でアルカディア軍の包囲網の一部を崩した。
「我らが同志を救出しろ!」
コルクス率いる援軍にはファルコンのみならず、ウルフやアルミラージ(ウサギ顔の獣人)など多様な顔ぶれである。
「助かるぞ、全軍撤退だ!」
フラクトール亡き後、崩れてゆくヴェスティアノス軍を指揮していた中佐ザルコの決断に迷いはなかった。
「ルミナス卿、敵の増援です。このままでは逃げられてしまいます。」
「あぁ、分かっている。敵の増援ごと殲滅せよ!」
戦の様相は先程とは逆、逃げるヴェスティアノス軍、追うアルカディア軍の構図である。
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