星降りの日
今日は晴天、気分も絶好調。私は、ベッドで伸びを一つして寝台のそばに置いてあるベルに手を伸ばす。チリリンと、寝起きの脳にも優しい耳障りのない優しい音が鳴る。すると、ドアが徐にあき、「おはようございます。姫様。」と、私の側仕えが入室してくる。
「おはよう、ナレイシュ」
「おはようございます。お加減はいかがですか」
「晴天。絶好調」
「さすがでございます。今日は一日晴天だそうです」
ナレイシュは、寝台のカーテンを開け、私の手を取る。そのまま、ベッド近くのソファへと促してくれる。先程まで持っていた水差しは、そばに置いてある台の上に起き、彼は朝の支度を始める。私はそれを毎日、このソファから、見つめるのだ。
もう少しかかるかなと、少しネレイシュから目をそらし、チラリとカーテン見る。薄い黄色のカーテンの向こうは、晴れているに違いないと確信が持てるほどに、日光をほんのりと許していた。ソファの上から手を少し掲げる。右に、左にと手を払うのと同じ動作でカーテンが開かれた。
「姫様。お申し付け下されば、あけましたものを」
そういいながら、ナレイシュはいつもと変わらない優しい微笑みで私を嗜める。「そういう気分だったの」と言えば、「僕の仕事をとらないでください」と、困ったように微笑まれた。朝の紅茶が、目の前に用意され、私は一口飲む。目が覚めるような、カモミールの香りがスッと鼻腔をくすぐった。
朝の幸せをかみしめていると、ナレイシュが服を出してドレッサー近くに丁寧に、そして大切そうに掛ける。毎日服は変わらない。暖かな土の色のタイトドレス。そして、薄い、さもすれば透明にすら見える、レモン色のショールだ。
「姫様」と呼ばれ、ネレイシュの手を取りドレッサーまで移動し、着替える。そうして、椅子に座ると、彼がまた私の髪をといてくれた。
「姫様の髪は、本当に宵闇の美しい黒髪ですね。黒の双眸と合わせて本当に素晴らしいです。」
「私は、同じ黒髪ならあなたのような青みがかった色が良かったわ。」
同じ黒でも全く違う。ナレイシュは、青みがかった黒髪で、肩まで伸ばした髪をそとへ緩く流している。男なのだから、短髪にしたらいいのにというと「これぐらいの方が、男か女かわからないからちょうどういいのです」といつもいうのだ。
「姫様少し髪が伸びましたね。切りますか?」
「そうね。長すぎると座るときに不便なのよ。腰あたりで切りそろえて」
「では、また6の日に」
そうして、他愛もない話をしながら、朝のルーティン作業は終わる。「姫様お美しいですよ」とナレイシュに言われれば「当然でしょう」と、微笑んだ。
「パパもイケメンだもの。」
「えぇ、アーサー様に、姫様が似て、ナレイシュは嬉しく思います。」
そういって、差し出された虹色に光る石のブローチを手に取る。ちょうど胸のあたりにショールが落ちないように引っ掛ける。これだけは、自分でつけなければならない。準備万端の私を確認した彼は、再びドアを開ける。
「今日もまた、姫様にとって素晴らしい一日になりますように。マリーマイラ様へ祝福を」
ナレイシュは、右手を自身の左肩に置き、丁寧にお辞儀をした。
長い廊下を進み、父と母のいる中央へ向かう。私が住まいにしている月殿から転移陣を使って中央へ入る。それでも、朝食を取るための部屋までは、遠いのでその間を使いナレイシュに今日の予定を聞いた。
「今日は1の日ですので、”星降り”の日でございます。ご朝食を召し上がられたあとは、月殿にて、星降りを行い、ご昼食を取られたのち、星渡しを行います。」
「普段の1の日と変わらないわね」
つまらないわ。と思いながらも、今日は”つまらない”で終わらない気がする。小さくため息をつくと、少し後ろに下がって伴をしていたナレイシュも「今日は何か起こりそうな予感ですね」とニコリと微笑んだ。
大広間では、父と母が私を待っていた。そんなに遅れてはいないはず、と横の彼をみやるといつもの笑顔で返されたので、両親に「おはようございます。お父様。お母様。いかがですか」と朝の決まった挨拶を交わした。
「マリー。今日も一段と可愛いね。」
「元気そうで何よりだわ。」
両親は優しい。月殿で生活する私と、毎朝毎晩できるだけ一緒にご飯を食べようと食事をいつも私に合わせてくれる。「中央は特に仕事もやることもないから」という父のつぶやきを笑顔でかわすのにももう慣れた。
今日は、両親は二人で海に行くらしい。どちらの海へとたずねれば、メティスとアポロネスのと返ってきた。あちらの海なら、のんびりとした一日を過ごすのだろう。二人に「月神子のお仕事、星たちのために頑張るように」と言われ、満面の笑みで「はい。お父様。お母様」と可愛らしい私は返すのだった。
「姫様は、取り繕うのがお上手になってまいりましたね」
「向こうはわかってるでしょうけどね。」
ナレイシュは「姫様の成長が見られて嬉しくない身内などおりません」と言いながら私に過度に装飾されたマントコートを着せる。星降りのために一度月殿の私の部屋にもどり身支度をする。といっても、一枚羽織るだけである。星降りなどの儀式のときに着る簡易式服だ。簡易といっても、ひどく華美である。色は薄いレモンいろで、この月殿を象徴する色で、私だけが身につけるのを許されている色である。裾は、床につくかつかないかぐらいのスレスレであり、短いスカートとの差に目を引くものになっている。襟や裾には、各エリアを象徴するカラーの宝石が色とりどりに、そしてちりじりに施されていた。
メティスの緑。デメティウスの青。アティナスの赤。アポロネスの紫。
朝とは違い、ナレイシュに先導されながら、月殿の中央部。転移陣を控えている部屋に入室する。部屋と表現したが、部屋と表現するのが正しいのかいつも悩む。丸い転移陣から、二メートルぐらい大きく壁がそびえている。円形の部屋だ。上を見上げると、壁がどこまでも続き、途中から光の壁となり空が見える。初代の月神子が会いした夜空が常に見られるように作られているらしい。
壁は、何にでも映し出すが、私の気分で今日は真っ白い壁のままだ。
「姫様。月人様より連絡が参りました。転移陣の発動の許可を」
「えぇ」
ナレイシュはこの場にはいない。声だけが降り注いでくる。私の後ろにはふたりの星神子がしずしずとついてきている。
カツカツとヒールの音が響く。
私は、先代の顔を知らない。儀式は全て月人と呼ばれる彼女から教わった。
陣の中央から一メートルぐらい離れたところで立ち止まる。無駄な言葉や呪文はない。私は両の手を前へ突き出した。そうして、静かに顔を空へと向けた。それが合図であったかのように転移陣は12時の位置から順繰りに青白く光っていく。それを私は肌で感じながら星たちを静かに待った。
「初めまして。お名前は。」
「ま、まり…」
「そう、マリー。私と同じね」
目の前には、一人の女の子が立っていた。歳は10前後だろうか。ほんのりとオレンジがかった髪を耳の下でまとめた女の子は、可愛らしく守ってあげたくなるような雰囲気をまとっていた。私は、そんな気持ち一つもわかないけど。
「ナレイシュ」
そう声をかけると、彼は唯一の入口に現れる。私はナージャといった少女に視線で促し転移陣から出る。いままでほんのりと光っていた転移陣は私とナージャが、陣から出たのを確認したかのように光を閉ざした。
「どちらに」
そういいながら、ナレイシュは左肩に手を沿え、私とそして隣の少女に敬意をはらう。星降りで来た星たちに敬意を払う必要ないと何度言っても「月神子である姫様と月人である麗愛奈様の成したことですので」としか言わない。そう言われたときは悪い気はしないが、やはりこう直接みると、そのたびに「ぐぬぬ」という気持ちも持ってしまう。
「ディメティウスへ。星渡しはナタリエとマイクのところへするわ。昼食後へ月殿に来るように伝達を」
「かしこまりました」
そうして彼は再び深くお辞儀をするのだった。
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