第4話 部屋


 自分の部屋らしくなってきた感じがする。

 といっても普通のJKみたいなピンクに囲まれた部屋とは真逆の必要最低限のものしかないこじんまりとした部屋だけど。

 私はベッドに仰向けになって寝転ぶ。

 なんとなく疲れるような気はしていたけど、思った以上に疲れが溜まってる。

 でも海が綺麗で。

 目を閉じたら意識が段々と遠退いていった。

 おや……すみ。


「——あ、た!……っと、あんた!」


 声……?


「ちょっとあんた?」


 っ!

 目の前に覗き込むようにして誰かが私を呼んでいた。


「なに悠々と寝てんのよ、ご飯できたっておばあちゃんがさっきからめっちゃ呼んでるんですけど」

「……」


 き、金髪の……ギャル。


 流石に染めたのだとわかるくらいの金髪と、目つきが少し怖いけど、そんじょそこらのギャルとは比べ物にならないくらい美人でスタイルの良いギャルがそこに——。


「私のこの髪の色は地毛だし!」

「……え?」

「なにポカンとしてんのよ! い、いきなり美人とか、言われても何も出ないわよ!」

「私、じゃべってた……?」

「……ん? 何言ってんのあんた? 口に出てたわよ、はぁっきり、くぅっきりね。よくも人前で、人の容貌にとやかく言えるわね」

「な、何で」


 私は飛び起きて、その少女を置き去りにして階段を下った。


「ちょ、あんた! どこへ……っ」


 台所で茶碗にご飯をよそうおばあちゃんを見つけると、思い切って口を開いた。


「ど、どうしたんだい?そんなに焦って」


 「おばあちゃん、治ったよ」と、言おうと思ったんだけど。


「……っ」


 ポカンとしてしまい、言葉が出ない。

 出したいという焦燥感はあるものの、やはり言葉が出ることはなかった。


「よっぽどお腹が空いたんだねぇ。ほら、椅子に座って待ってなさいね」


 とりあえずコクリと頷くしかなかった。


 ✳︎


 私が肩を落として椅子に座っていると、2階から先ほどの金髪少女が降りてきて私の前の席に座った。


「あんた何年?」

「な、何年って……来週から高校1年だけど」

「へぇ……」


 あれ、会話が通じてる!

 ってことはやっぱり声が出て……。


「私と同い年だったのね」


 ひかりは平然と話している。

 声が出てる感覚は無いのに……もしかして久しぶり過ぎてそんな感覚すら忘れて声が出てるとか?


「私は西貝塚ひかり、あんたは?」

「し、新村、雪。えっと、よろしく」

「ふーん、まぁよろしく」


 ふーんって、何? 嫌味な感じだなぁ。


「あらぁひかりちゃん。もう雪ちゃんと仲良くなったの?」

「な、なってねーし!」

「っ……!」


 私も彼女と同じ反応をしようとしたが、やはり声は出なかった。

 その様子を見て、西貝塚さんはギロっとこちらを見てくる。


「あんたどうしたの?」

「……」

「あっ、そんなことよりね、ひかりちゃん。とにかくご飯にしましょう」


 おばあちゃんは上手く場を濁し、食事をどんどん並べ始めた。


「あのね雪ちゃん。ひかりちゃんはあなたの従兄弟なのよ」


 従兄弟……そうだったんだ。


「ひかりちゃんは一週間前に来たんだから、部屋の場所とかを雪ちゃんに色々と教えてあげなさいね」

「えぇー」


 先程から、少し反抗的なひかりに一言物申そうと思ったが、やっぱり声が出ない。

 どうしちゃったんだろう、ひかりと二人で話す時は話せるのに……何で?


「あ、そうだわ! 今日は町内会の春祭りがあるでしょ? 二人で行ってきなさいよ」

「こいつと、二人?」


 こちらを横目で見ながら露骨に嫌がるひかり。

 ふんっ、こっちから願い下げですよー。


「あんたはどうなの? 行きたいの? 行きたくないの?」

「あっ、ひかりちゃんその質問は」


 これって……私が答えないとだよね。

 私は……。


「あ、えっと、二人で行きなさいっ! これはこの家主であるおばあちゃんの命令です!」

「……ったく、仕方ないわね、行ってあげるわ」

「……」


 私は正直早く寝たいんだけど。

 でもまぁひかりも満更でもない感じだし……実は行きたかったのかな?

 その後はひかりとおばあちゃんが少し会話を交わしたくらいでその間に私は食べ終わり、二階に行って身軽な服に着替えてから、また一階へと戻った。

 玄関では既にひかりが靴を履いて待っており、


「ほ、ほら、早く行くわよ」


 と、ご機嫌斜め。


「う、うん」

「ったく」


 この時は自然と会話が成立した。

 やっぱり二人の時だけ……なのかな。


 ぼんやりとした月の光の薄暗い夜道を2人は歩く。


「その、町内会の春祭りってのはこの近くでやってるのかな?」


 なんか会話を、と苦し紛れで私はそう聞いた。

 ひかりは横目でこちらを睨んでいる。

 なんか怒らせたかな?


「さぁね、でもあそこの神社でやってるっておばあちゃんが」


 ひかりが指差した方向は、ちょっぴり明るかったので、少しは賑わっているのだと一目でわかる。


「ここら辺、田舎だけど子供は多いから、子供達のために毎年春にも祭りをやるんだってさ」

「そうなんだ……あの、西貝塚さん、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「えっと、西貝塚さんは、その、従兄弟なんだよね?」

「さっきおばあちゃんも言ってたでしょ?」

「そう、なんだけど、私たちって前にも会ったりとかは」

「……それは無いんじゃない?」


 無い……よね。

 何でこんなこと聞いたのか自分でも分からないけど、従兄弟ならなんか、どこかで会っていても……。

 ……いや、無いかな。


「私、あんたみたいなノッポに今まで会ったことないし」

「えー、そんなに高くないよ」

「どこがよっ!どう考えても私の身長プラス二頭身くらいの高さはあるでしょ⁈」

「いやいや、2メートルちょっとは、バスケやってればザラにいるよ」

「……バスケ。はぁ、やっぱ間違ってなかった。あんたなのね」

「え?」

「2年前、そん時に付き合ってたカレシがバスケ大好きで、前住んでた街でバスケの全国大会が行われるから行こうって誘われたことがあって、それで観に行った時、あんた見かけたのよ」

「へぇ……2年前の全中、観てくれたんだ?」

「カレシがどうしてもって言うから。しょうがなくよ」


 カレシ……ねぇ。

 やっぱひかりはモテるほうだよね、かわいいし。


「あんた……凄いわね」

「え?」


 意外過ぎた。

 ツンツンだったひかりの口から正直な感想が飛んで来るとは。


「私はバスケやったことないけど、素人目でもあんたが凄いってこと、分かった」

「え、えーなんか、照れるなぁ」

「……ねぇ、私もあんたに一つ聞いていい?」


 横目でこちらを見ていたひかりが突然足を止めてこちらを向いた。


「バスケは……もうやってないの?」


 心臓がズキンと音を立てた。

 バスケ……もう辞めたのだと頻りに自分に言い聞かせていたが、何故自分は辞めたのだ?

 もう木更とプレー出来ないから?

 違う。

 木更が居ないチームだと周りと上手くいかないから?

 それも違う。

 確かに木更は私がバスケをするにあたって欠かせられない存在、チームメイトとも馴染ませてくれたし、相棒としてチームの得点源でもあった。

 でも、そういう問題じゃない。


「わ、わたしはもう」


 ……正直になろう。

 そう、私は……木更が好きだったからだ。

 笑う木更が、怒る木更が、優しい木更が……バスケをする木更が、好きだったからだ。

 彼女のその姿をただ、ずっと見ていたかっただけだった。

 バスケでどんな結果であろうと、どんなプレーであろうと、木更を見ていられれば、一緒に居られればバスケだろうと何だろうと私はしていたのだ。

 でも……もう。

 スッと我に帰ると、ひかりを見つめた。


「私には、やる意味がないから」

「何で?あんたは才能に恵まれてるって……会場中のみんなが言ってたし、観てればわかる」

「……私は」

「……もしかして、最後の大会が準優勝だったから?」

「何で、最後の大会のこと」

「あ、あんたの、事が……初めて見た時からちょっとだけだけど、気になってたから。別に深い意味はないし!」


 最後の大会……か。

 あの情景がリフレインされそうになった途端、私は脳内スクリーンの停止ボタンを押した。

 思い出すわけにはいかない。

 その記憶にはもう鍵をかけたのだから。


「……ま、まぁ、それが原因って事にしといて。私は最後の最後で負けちゃった、それも私の所為で。もういいでしょ?」

「……なんか、悪りぃ事聞いちゃった?」

「大した事じゃないけど、ちょっと……揺れたかも」

「……そ」


 そう言ってひかりは再び前を向いて横目でこちらを伺いながら歩き出した。


「そういえば、西貝塚さんは身長何センチあるの?」

「は、はぁ?それ聞く必要ないよね?イヤミ?」

「べーつにー。でも、高かろうが低かろうが関係ないと私は思うけどなぁ」

「……ひゃ、ひゃくごじゅうさん」

「あ、教えてくれるんだ」

「あんたが教えてって言うからでしょ⁈」


 ひかりはリンゴみたいに頰を赤らめる。


「可愛いなぁ、ひかりは」

「は、はぁ⁈バカ言ってんじゃないわよ!ほ、ほら、もうそこだから」


 色々と話しているうちに神社に着いた。

 そして私はいつのまにかひかりのことを『ひかり』と下の名前で呼んでいた。


 ✳︎

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