バスケと百合と、君の声。

星野星野@2作品書籍化作業中!

第1話 始まりのブザー


 私が決めないと……!

 敵のマークを掻い潜り、一瞬の隙を狙って飛び出した。

 その形は私たちが一番得意とする形だった。


新村しんむらァッッ!!」


 何百回と練習して実践も繰り返したこの裏へのサインプレーはこのラストピリオドでも見事に決まる。

 あとはシュートを決めるだけ。

 ジャンプから最高地点で放たれたシュートは美しく弧を描き、リングへと吸い込まれて行く。

 入れ……その言葉しか頭に浮かばなかった。

 真夏の体育館、沸騰しそうな脳を働かせながらリングを見つめた。

 98対99、私のチームの逆転はこのシュートに託された。

 残り1秒で放ったシュート……だが、夢を乗せたボールがブザービートと共にそのリングを通る事は……無かった。

 私の青春が幕を閉じた。


 ✳︎


 幼い頃から私は一人だった。

 他人ひとより発育が良かったからか、身長が周りの同級生よりダントツで高かったことが災いして周りから少し距離を置かれていたのだ。


「やーいのっぽー!」


 などと、男子からどやされる事は日常と化していた。

 逆に周りの女子は擁護してくれる、と思いきや現実は違った。

 誰も寄って来る気配すらない。

 いや、逆に私の方が自然と孤高のオーラを出してしまっていたのだと思う。

 でもある日、そんな私に声をかけてくれたのが彼女だった。


「ねー新村雪さん!」


 その少女は純粋無垢且つ無邪気な笑顔でわたしに話しかけてきた。


「な、なに?」


 仕方なくそう返すと、


「新村さん、一緒にバスケやらない?」

「ば、バスケ?」

「新村さんは身長が高いから、わたしは向いてると思います」


 癖のある言い回しと私の事を一々フルネームで呼ぶ彼女の名前は初峯木更。

 私の一生涯の恩人であり、いつでも隣にいてくれた相棒のような存在でもあった。

 木更のバスケの才能は群を抜いていたものの、周りより背が低い。

 しかし、彼女はそれを活かしたプレーが出来る天性のガードだった。


「新村さん、バスケはこうやってね」


 そう言って彼女がボールを地面に落とした瞬間、私は目を疑った。

 前で二回、股を通して後ろで二回のボールタッチを物凄いスピードで熟す俗に言う《スパイダー》。

 これを彼女は小学3年でマスターし、パフォーマンスとして披露していた。


「す、凄い」


 当時の私はその凄さがどれほどかわからなかったが、素人目に見てもズバ抜けて上手いのが伝わってきた。


「新村さん!ね、バスケって楽しいでしょ?」

「バスケ……私もやってみたい」


 そこから私の人生は間違いなく変わった。

 私の中で真っ白な雪が止んで、虹色の新世界が広がった。

 その後ミニバスで経験を積み、中学は女子バスケの名門、北川高校の附属中学への進学を決め、私と木更は1年からスタメンとして出場し、全中2連覇を達成、しかし、3連覇がかかった今年は最後の最後で私のシュートが外れてしまい準優勝に終わった。

 悔しかった。

 木更と一緒に有終の美を飾りたかった。


「木更……ごめん、ごめんッ!!」

「……雪ちゃん、泣かないで……わだじも、なみだが……!」


 その悔しさを晴らすため、私たちは

 高校の舞台で全国制覇を達成しようと誓った——筈だったのに。




 ——木更は交通事故で帰らぬ人となった。




 ✳︎

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