18.では、参りましょう

 ローザティアとセヴリールを載せた馬車が王都に入ったのは、学園で卒業式が行われる当日朝のことであった。彼らは王城ではなく、ガルガンダ公爵が王都に所有している別邸に入る。そちらのほうが学園から近く、手早く準備をすることができるからだ。


「学園長に先触れは出しておいたな?」

「はい。入構の際の手配は済んでおります」

「それで良い」


 ガルガンダ別邸には既に、ローザティアがパーティに出席するために必要なドレスや装飾具、そして使用人たちが揃っている。彼らによって既に準備されていた湯浴みを手早く済ませた王女は、この日のために準備されたドレスに着替えた。

 セヴリールは別室で湯を浴びた後、軍人としての正装に着替える。ローザティアの使用人が「殿下がお待ちでございます」と迎えに来るのを待って、王女の控室として用意された客間に出向いた。


「似合うか?」

「もちろん。とてもお似合いです」

「ふむ」


 くるり、と一回転してみせたローザティアの華やかなドレス姿に、セヴリールは目を細めた。

 白を基調とした軍服をまとう自身の前で、淡い淡い紫の布を多く重ねたドレスをまとうローザティアはにこり、と柔らかな笑みを浮かべる。その前に、セヴリールを案内してきた使用人がトレイを掲げた。その中には、色も形も様々な扇がずらりと並んでいる。


「扇はどちらを?」

「念のため、これを持っていこう」


 セヴリールの問いに答えながらトレイの中からローザティアが取り出したのは、ドレスの色よりも深い紫色の大柄な扇。手袋を装着した手のひらに叩きつけると、どんと鈍い音がした。


「一騒動ある、とお考えですか」

「実力行使という意味であれば、五分かな」

「……何がしかの騒ぎは起きる、と」

「愚弟はな、無駄な方向に行動力があるのだ」


 ローザティアがその扇を選んだ意味を即座に理解し、セヴリールは腰に帯びた細身の剣を確認する。ぽんぽんと手のひらを叩き続けながら王女は、一度だけ深くため息をついた。


「では、参りましょう」

「ああ」


 差し出された腹心の手を取った彼女の顔は、普段国民がよく見る怜悧な表情をたたえていた。




 ガルガンダ別邸から馬車を使い、警備が厳重な学園の正門ではなく裏の通用門をくぐる。

 そちらには、ローザティアを出迎えるために学園長が既に待機していた。卒業式を終え、パーティがそろそろ始まろうという時間である。


「殿下、ご足労いただきありがとうございます」

「学園長も、手数をかけている」


 セヴリールの手を借りて馬車から降りながら、ローザティアは学園長と短く挨拶を交わす。こちらも正門と同じく、兵士たちが周囲にくまなく視線を送っている。

 貴族の子女が多く通う学園の行事には、その関係者……つまり貴族たちが多く訪れる。彼らの身に危険が及ばぬよう、そのようなときは王城から警備のための人員が派遣されるのだ。今日のような卒業式の日などは、特に。


「ジェイミア先生は、パーティ会場にて警備の手伝いをしております」

「それは助かる。会場の外は」

「手配いただいた近衛兵の方々に固めていただいております。会場内からは、確認できないはずです」

「よろしい」


 パーティ会場への通路を足早に進みながらも、王女と学園長の会話は続く。どうやら教師ジェイミアは、そのまま残ってくれているらしい。ローザティアはほんの少しだけ、唇の端を引き上げた。


「私は普通に、来賓として入場するだけだな」

「……お手数をおかけしまして」

「学園長が悪いのは、ジェイミアとやらの本心を読みきれなかったことくらいであろう。その辺りの処罰は、管轄の大臣から追って沙汰があるはずだ」

「寛大なご措置、ありがたくお受けいたします」


 会場入口の前、学園長が深く頭を下げ衛兵たちが敬礼をする中ローザティアは、セヴリールに手を引かれ誘われる形で足を踏み出した。




「アルセイラ・フランネル。貴様との婚約、今この場で破棄させてもらう!」

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