第10話 U-02

「正直私としても余計な仕事を増やされたくもないのでね。一番良いのは君が何も見なかった事にして、以後関わり合いにならないでいてくれる。それがもっともお互いにとって良いのではないかな」


 声の主は意外な事を告げていた。


「拉致しといて言う台詞じゃないと思うが……」


 誠は苦笑を浮かべて、声の主へと声を漏らす。

 しかし彼女はやや間を置いてあきれた声で答えていた。


「ん。ああ、なんだ。君は誤解しているよ。私は拉致等していないし、君を今拘束しているのも純粋に危険を避けるために過ぎない。問題がないとわかればすぐにでも拘束は解くさ」

「危険? 危険って何だ。俺は別に何もしていないぞ」 

「ふむ。なるほど無自覚か。であれば検体とふれあっていた時間もさほど長く無かったかな」


 声の主は何かを考え始めるたのか、迷うような声で独りごちる。


「では一つ質問をしよう」


 急に思い立ったかのように声の主は告げる。とんとんとファイルを机の上で整理するような音が響くと、ぱらぱらと何かをめくるような音が続く。


「自分には超常的な力があると思う。イエスかノーで答えてくれ」

「は? なんだよその質問は」


 あまりにも唐突な質問に思わず声を漏らす。

 何を言っているのかもわからなかった。

 だが声の主はいたって真面目にもう一度同じ質問を繰り返す。


「自分には超常的な力があると思う。イエスかノーで答えてくれ」

「……ノーだ」


 声の主は答えるまでこの質問を繰り返しそうであったし、この質問に答えるしか誠には出来る事がなかった。


「では次の質問だ。最近力の加減が難しい。あるいは力を入れすぎて物を壊してしまった事がある。イエスかノーか」

「……ノー」


「よろしい。では最後の質問だ。君は超常的な存在を信じるかね。妖怪や妖精、あるいは幽霊……などだ」


 最後の質問は、少しだけ口調が強まっていたのを誠は聞き逃す事はなかった。

 特に幽霊の言葉が。

 何と答えるべきなのか、誠は息を飲み込む。

 少し前までであれば間違いなくノーだ。しかし今は優羽を見てしまっている。

 そしてこの質問が優羽の事をたずねている事は、おそらく間違いが無いだろう。

 おそらくは前二つの質問はフェイクで、本当に問いただしたい質問はこの問いだけだ。

 そしてさきほどの言葉を信じるなら、おそらく声の主が期待している答えは、はっきりとしていた。そう答えれば無かった事にする、そう告げているのだろう。

 何と答えるべきか。一瞬迷いを見せるも、誠はすぐに答えを返していた。


「イエス」

「ほう。なるほど。君は幽霊を信じる方か」


 声の主は表向きは変わらぬ声で、しかしわずかに堅い口調で答えていた。

 期待しいる答えではなかったために。


「信じると言うか、さっきまで隣にいたからな」


 少し後悔しつつも、誠には優羽の事を否定する事ができなかった。

 こう答える事でおそらく誠にとって悪い方向に進む。下手をすれば命を奪われるのかもしれない。拉致していないと声の主は告げていたが、それを信じるほど誠は抜けている訳ではない。

 それでも何も見なかった事にしてしまえばもしかすれば解放されたのかもしれない。

 けれど誠にはそれは出来なかった。

 なぜと聞かれれば、おそらく誠自身も答える事は出来なかっただろう。はっきりとした理由がある訳ではない。ただそこにあるものを否定する事が出来なかっただけなのだから。


「君はあまり長生きできなそうなタイプだ」


 声の主はあからさまに息を吐き出すと、その後にカチャカチャと音を立てて何かを取り出しているのが見えた。

 わずかな視界の隙間に銀色に輝く何かが見える。

 それが刃物である事に気がつくのには時間は必要としなかった。

 ここで俺は死ぬのか。

 声には出さなかったが、そう思うと口の中が乾く。

 覚悟が出来ている訳ではなかった。恐怖がない訳でもなかった。

 ただ優羽の存在を否定出来なかった。

 出会って数日にしか過ぎない幽霊のために、何を馬鹿な事をしているのだろう。誠がそう考えている事もまた事実だ。

 それでも自分のそばで笑っていた彼女が、誰にも気がついてもらえなかった彼女が、誠の中からは消させなかった。


「……優羽はどうしてるんだ」


 答えてくれるかはわからなかったが、誠はかまわず問いかけていた。


「ゆう? ああ、U-02の事か。あれなら」


 声の主は答えを返す前に、刃物を誠の目の前へと掲げる。

 そしてそのまま誠の縛めを解いていた。


「君に答える事はできない。だがとにかく忘れる事だ」


 そしてそう告げたまま、部屋の扉を開けて外に向かっていた。

 誠は追いかけようと思うのだが、視界がひどく狭い。まぶしさのせいで、まともに歩く事すらままならない。

 そうして何とか目を開いて部屋の外に出られるようになった頃には、もはやそこには誰の姿も見えなかった。






 誠が縛り付けられていた場所は病室の一つだったようだ。

 ただ今は使われていないのか、他の患者や看護師の姿はない。

 しばらく辺りを歩き回ると、精神研究棟と書かれた文字と共に来月の日付が書き込まれている。

 どうやら新しい病棟のようで、まだ正式には使われていない場所のようだ。

 エレベーターホールまでたどり着くと、十階と書かれている文字が見える。

 この頃にはかなり視界も取り戻してはいたが、なぜ誠はこんなところにいるのかはわからなかった。そのためこのままエレベーターに乗って外に出て良いものかためらわれた。

 そしてもう一つ後ろ髪を引かれるのは、優羽の存在だった。

 誠のそばからは優羽の姿は見えなくなっていたから。

 誠にとりついて、そばからは離れられなくなったはずの優羽が、どこにも姿を見えない。どこにいったのかもわからなかった。

 幽霊であるために、もしかすると成仏したという可能性もある。

 だがこのタイミングでというのはあまりにも突拍子も過ぎる考えではある。素直に考えれば、優羽はさきほどの声の主、あるいはその関係者に捕らえられたと推測するのが妥当だと思われた。

 確証がある訳ではなかったがねあの声の主は優羽の事をU-02という記号で呼んでいた。つまり優羽は何かしら声の主らに管理されていた存在なのだろう。

 何かイレギュラーな事が発生して、誠のそばにくる事になった。そう考える他はない。

 だが逆に言えば優羽にとっては元の状態に戻ったという事なのかもしれない。

 優羽にとってそれが良い事か悪い事かはわからないが、誠にとってみれば元通りの生活に戻るチャンスだともいえた。

 声の主がわざわざ誠を解放したというのは、彼女の事を無かった事にすれば特に危害を加えるつもりはないという事なのだろう。そうであるからには、エレベーターに乗ってこのまま家に戻れば、それ以後は何も無かった事になる可能性が高い。

 優羽は知り合ったばかりの相手であり、誠にとって特別な存在という訳では無い。

 彼女のために厄介ごとに首を突っ込むのがいい事とは誠にも思えない。

 そうであれば、今すぐここから立ち去るのが賢い生き方というものなのだろう。

 だけど、ほんの少し前まで話していた相手をいなかった事にする。誠にはそれを選ぶ事は出来なかった。

 自分が馬鹿な事をしようとしているのはわかっていた。

 けれど始めみた時の優羽のあの物憂げな瞳は、確かに告げていたのだ。

『誰か、ここから助けて』

 と。

 勘違いなのかもしれない。優羽がそう告げた事は一度もない。

 けれど誠にはそう感じられた。

 そして誠は助けを求められた相手を見捨てる事は出来ない質だった。

 手がかりが何かある訳でも無かったが、少なくともこの病院に何かがある。それだけは確かだ。

 誠はエレベーターのボタンを押さずに、さらにこのフロアを歩き始めた。

 人の気配はまるで感じられなかった。話し声はもちろん物音すら聞こえない。

 途中見かけた部屋もごく普通の病室のようだ。基本個室以外の病室は扉すら存在していない。中をのぞいてみるとベッドがいくつかはあるものの、もちろん中には誰もいなかった。

 ナースセンターとおぼしき部屋にも中には人はいないようだ。

 そうなると後は個室や面談室といった扉の閉じる部屋をのぞいてみるしか方法はなかった。

 とりあえず一番奥の部屋の扉を開けてみる。鍵はかかってはいなかった。

 やはり特に変わったところは見受けられない。ベッドが一つあるだけのただの病室だ。

 トイレが付属しているが、そちらにも誰もいない。

 ただ単に使われていないフロアに過ぎず、たまたま都合が良いから誠はこのフロアに拘束されていただけなのだろうか。そうだとすればこのフロアを探索したところで、何も得られるものはない。

 早くも行き詰まりを感じていたが、誠にとれる方法は他には無い。次の部屋へと向かってみる。

 しかしそのどこにもおかしなところは見つからなかった。


「てがかりなし、か」


 口の中でつぶやくが、何も見つけられない以上はここに長居する意味もない。他のフロアを探してみるというのも出来なくは無いだろうが、逆に人がいるフロアを探索するのは怪しまれる事は間違いないだろう。場合によっては警察に突き出されるという事も考えられる。

 この病院には何かがある。それは確かだとは思うが、今の誠には何かの証拠がある訳ではない。部外者である誠の言い分を信じるものはいないだろうし、そもそも優羽の姿は他の誰にも見えないのだから、説明したところで良くて頭がおかしいと思われるだけだろう。むしろ誰もいないこのフロアだからこそ、こうして探索を続けていても誰にも怪しまれずに済んでいる訳でもある。

 しかし手かがりが無い以上、誠に出来る事はすでに他にない。

 初めはそう考えていた。しかし何度かフロアを行き来しているうちに、一つ違和感を覚える。

 何かがおかしい。そう思いフロア全体を見渡してみる。窓から軽く外を眺めてみた。

 そしてやっとその違和感の正体に気がついていた。

 一階とフロアの形が異なっているのだ。

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