第89話 春が近づく中で


 晴れの日が多くなり、雪が次第に緩んでいって……土肌が顔を出し、草花が力強く芽を出し始めて。


 じわりじわりと春の足音が聞こえて来た頃、キャロラディッシュはビルを経由して届いた報告書を暖炉の間で確認し……そしてその内容に驚いていた。


 その報告書は戦地の現状を伝えるもので……キャロラディッシュが懸賞金を上げたことをきっかけに、戦況が大きくこちら側の有利へと傾いたことが記されていたのだ。


 最近になって戦士を派遣しはじめた毛深い雄牛の一族はもちろんのこと、東の果ての国の剣士や、西の大陸の呪術師や、南の勇者達に、平原の騎兵達までが参戦。


 ありとあらゆる地域から集まった戦士達が、勇士達が懸賞金目当てに暴れに暴れて大暴れをし……邪教達を圧倒し、邪教達の拠点が次々と壊滅しているらしい。


 元々戦況は邪教にとって不利なもので、大陸の隅へと追いやられているような状況だったのだが、そこから更に悪化し……邪教達が聖地と崇める地域へと侵入することに成功。


 邪教徒達が必死の思いで維持していた防衛線はあっさりと崩壊し……今や出来の悪い塗り絵のようにでたらめに邪教の聖地を蚕食しているのだそうで……邪教達の最後の砦、大神殿が陥落するのも時間の問題とのことだ。


「……長年望まれた終戦が、平和がいよいよそこまでやってきているという訳か……」


 正直な所を言うと、そこまでの効果があるとは思ってはおらず……ちょっとした景気づけになれば良い程度に考えていたキャロラディッシュは、そんなことを呟きながら、読み終えた報告書を丁寧に畳んでいく。


「平和になったら大陸に旅行に行けるかもしれませんね!

 マリィの故郷とか、砂漠というのも見てみたいですし……海の向こうの世界がどうなっているのか、とても興味があります」


 そんなキャロラディッシュの独り言を聞きつけてか、暖炉の前でゆったりと過ごしていたソフィアがそう声を上げてくる。


「終戦したからといってすぐに行けるものでもないだろうがな。

 終戦し戦後処理が終わり……邪教徒達を誰がどう管理していくのかという話し合いが行われて……何年かしたら、もしかしたら平和な旅行を楽しめる時代が来るかもしれん。

 ……もしかしたらその頃にはまた別の、邪教とは全く関係ない理由での戦争が起きているのかもしれんが、な」


 キャロラディッシュがそう言葉を……思ったままの通りの言葉を返すと、ソフィアは首を傾げながら言葉を返してくる。


「邪教徒を管理、ですか?」


「うむ、その魔術でもって色々とやらかし、今も尚世界の崩壊を企んでおる連中だ。

 終戦したとなってもそのままにはしておけんだろう。

 誰かが管理し、監視し……平和な、誰かを否定せずに済む生き方が出来るように導いてやる必要があるだろうな」


「……あ、そっか。

 戦争が終わっても、邪教がなくなる訳でも、邪教徒がいなくなる訳でもないんですね」


 もう何年……何十年、何百年続いているのか。


 人類史と共にあったと言っても良いその戦いはすっかりと日常の一部となってしまっていて……終戦というものがどういったものであるのか、どういう終戦の仕方をするのか、終戦後の世界がどうなっていくのかなど考えたこともないのだろう、ソフィアはそう言って眉をひそめながら考え込む。


「邪教の教えもまた一つの大事な宗教であり、文化であり……戦争なんて馬鹿なことをやらかさないのであれば、それはそれで尊重されるべきものの一つではあるからな。

 他者を否定し、攻撃し、破壊し、果ては世界まで破壊しようとした邪教……それは確かに責められることではあるのだろうが、だからといってその宗教を、文化を、ましてやそれらを信じる人を根絶するなど、あってはならんことだ。

 それをやってしまえば、儂らは連中と全く変わらぬ……愚かな存在と成り果ててしまうことだろう」


 ソフィアが考え込む中、キャロラディッシュがそう続けると……考え込んでいるソフィアではなく、その側で静かに話を聞いていたマリィが、おそるおそるといった様子で声を上げる。


「……あの、キャロット様。

 邪教を誰が管理するとか、どう罰するとか、今後どうしていくのかとか、そういうことは……その、どこの誰がお決めになるんですか?」


「それは当然、邪教と戦った各国で話し合って決めることになるだろう。

 何処の誰という訳ではなく、皆で話し合い……読み合い化かし合い騙し合い、お互いの利権を守るために、権謀術数の限りを尽くしてやり合うに違いない。

 この島国は邪教共の本拠からは遠く、やれ利権だの土地問題などには関わらないだろうが……大陸の各国、邪教の本拠に近く、古来より土地を取った取り返されたを繰り返してきた国々としては、むしろ話し合いが始まってからが『本番』なのかもしれんな。

 国境などない時代から争い合っていたとなると……何処にどう国境を引くのか、何処がどの土地をどれだけ確保するのか……そう簡単には決着せんだろうな」


 マリィの問いにそう返してからキャロラディッシュは、自らの髭を撫でてから頭の中に簡単な世界地図を思い浮かべる。

 

 今は大陸の隅に追いやられた邪教だが、以前は大陸の半分以上を支配していたこともあり、長年あちこちの国に手を出してきたこともあり……そのことによる利害関係や怨嗟は、各地に深く根ざし、今も尚影響を与え続けている。


 それら全てが影響し、それら全てを考慮しなければならない戦後の話し合いは……他の貴族達が王宮でやりあっている、政争ごっことは比べ物にならない程の厄介な代物、難物となるはずで……。


 頭の中に浮かべた世界地図の隣に、そんな交渉に参加することになるだろう我らが女王陛下の顔を思い浮かべたキャロラディッシュは……この時初めて彼女に対し、同情的な想いを抱くことになるのだった。

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