第83話 遠方からの使い


 両親の魂を大地に返したあの日から数日が経って……キャロラディッシュ達はいつもの日常へと戻っていた。


 まだまだ寒く、雪は深く……暖炉の間で一日のほとんどを過ごす日々。


 そんな中でキャロラディッシュ以外の面々は、キャロラディッシュが放つ気配が以前とは全くの別物というくらいに柔らかくなっていることを感じ取っていた。


 もはやあの事件は過去のこと、キャロラディッシュは誰にも怒ってはいないし、誰も恨んではいない。

 だがそれでも両親のことは心の何処かに残り続けていて、強い後悔が募り続けていて……そのことがキャロラディッシュを常に苛んでいたのだが……あの贈り物のおかげでその重みから解放されることになった。


 約五十年を経ての解放……気配が、その心持ちが柔らかくなるのは当然のことだろう。


 更にソフィアとマリィはキャロラディッシュの魔力が……心の大樹が脈動していることにも気付いていて、キャロラディッシュが更なる成長をし、次なる段階へと進むことを密かに予感していた。


 今の所、その事に気づいているのはソフィアとマリィだけ。

 キャロラディッシュ当人も、今はそれどころではないのか気付いておらず……持ち歩きやすいようにと手の平程の大きさで描かれた、両親の肖像画にばかり目が行っているようだ。


 今まで後悔の重さから見る事もできなかった両親の姿、両親の笑顔、在りし日の光景。


 暖炉の熱に当たりながらそれらに思いを馳せて……静かに微笑み日々を過ごす。


 そんなキャロラディッシュの様子を見てソフィアもマリィも、今はそっとしておこうと決めていて……そうして冬の日々は穏やかに流れていった。



 

 ユールが終われば新年となる。

 大陸の方では新たな年が来たことを盛大に祝うそうだが、この島では穏やかに静かに、雪の中で新年を迎えるのが常で……特別なことは何もせず、食事がいつもよりも少しだけ豪華になる程度のことでしかなかった。


 あえて言うなら新年最初の来客を歓迎し、その来客がどんな人物であるかで新たな年がどんな年になるのかを占ったりもするが……来客が来ようにも来られないキャロラディッシュの屋敷では、それすらも行われることはない。


 結界があるのは勿論のこと、今は屋敷への道が雪で完全なまでに閉ざされてしまっていて……こんな状態ではたとえビルであっても屋敷に辿り着くことは不可能だろう。


 精霊の来客が来る……という可能性も無くは無かったが、それらしい予兆はなく、クロムレックが姿を見せることもなく……新年になってから一日が過ぎて二日が過ぎて、一週間が過ぎても特にこれといった出来事は起こらなかった。


 そうして……寒さが少し緩み始めた頃。


 暖炉の間の窓を何者かがコンコンと叩く。


 ドアならばまだしも、窓をそんな風にして叩くとは一体何者がやってきたのかとキャロラディッシュが訝しがり……アルバートやロミィが警戒感を顕にする中、ヘンリーが何の警戒感もなくその窓へと近づいていって、これまた何の警戒感もなくばさりとカーテンを開く。


 するとそこには某かの布で作られた人形……というよりかはぬいぐるみの姿があり、赤く丸く、短い手足をつぶらな瞳を持つそれは、尚もコンコンと窓を叩いてくる。


「む……その人形は恐らくどこかの魔術師の使いだろう。

 ……人形を使っての使いなどと古臭い真似……いやはや、こうして目にするのは何十年振りだろうか」


 その姿を見るなり、キャロラディッシュがそう言って、ヘンリーはすぐさまに窓をあけて、同時に口を開く。


「そんな所で寒いだろう?

 ほらほら、早く入っておいで」


 するとぬいぐるみはスススと宙を浮きながら暖炉の間へと入り込んできて……恐らくは礼の仕草なのだろう、その短い手をもじもじとさせる。


『突然の来訪をお許し頂きたい。

 私は大陸北部、毛深き雄牛の一族の者です。

 キャロラディッシュ公と一度、重ね世界についての協議をしたいと……する必要があると考えて、使いを送らせていただきました。

 もしお許しいただけるのであれば、春が訪れる頃にそちらに直接足を運ばせていただきたい』


 尚も短い手をもじもじとさせながらぬいぐるみは、太く力強く響く、男性のものと思われる声でそんなことを言って来る。


 可愛らしいぬいぐるみから聞こえてきた突然の太い声に、ソフィア達が驚き、困惑する中……ソフィア達に向けて「術士の声をそのまま伝えているのだ」と小さく呟いたキャロラディシュは、髭を撫で……何度も撫でながら考え込む。


 毛深き雄牛の一族。

 聞き覚えのあるその名は大陸の北西部、この島よりも寒く雪深い極寒の地で暮らす者達のことだったはずだ。

 その者達は常に動物と共にあり、動物の傍に寄り添って暖を取り、動物の毛皮と肉と骨でもって日用品を作り出し、日々を送っているという。


 伝統と文化を何よりも重んじ、誇り高くもあり……その土地の厳しさから、邪教からの侵略を受けることなく独立を守っている。


「……貴殿らのことは聞き及んでおる。

 その生き方も魔術体系もとても興味深く、敬意を抱くものであるが……ただ協議をしたいというだけでは受け入れかねる。

 もういくばくかの事情……理由を明らかにしていただきたい。

 それが出来ないというのであれば、直接こちらではなくリンディにいるビルの下ヘ向かい、交渉をしていただきたい」


 髭を撫でながら考えに考え込んで……その上でキャロラディッシュがそう返すと、ぬいぐるみは少しの間沈黙し……そうしてから言葉を返してくる。


『分かりました、理由をお話いたしましょう。

 ……恐らくは公も薄々感じ取っておられることでしょうが、昨今重ね世界の影響を受けてか、優秀な……優秀過ぎる魔術師が生まれているのですが、どうもそれには例の集団、邪教が深く絡んでいるようなのです。

 我らの長老達は、このことに我らが気付いていると邪教徒共に気取られることなく、外の方々と協議をしたいと考えておりまして……。

 十分な知識と立場を有しており、邪教と戦い続けている上に、このようなぬいぐるみでなければ入れない程の多重結界の中に住まう、貴方であれば協議の相手として最適ではないかと思った次第です』


 その言葉を受けて……邪教が絡んでいるとの話を受けてキャロラディッシュは、どうやら無碍にはできないようだと小さなため息を吐き出してから、了承の意をぬいぐるみに伝えるのだった。

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